しょっぱいラムネ男爵の話


 「貴様たちか?」


 ソイツはノックもせずいきなり入って来た。

 「このラムネ男爵様に頼み事があるってヤツらは?!」 


 いかにもな『貴族様』が、ここ『グレン商会』の当主テイルに付き添われて仁王立ちしている。


 「平民ごときの頼み事なんぞ、このテイルからの頼みでなくば聞く気にもならん所だったが……」

 テイルを顎でしゃくり、ツンッ、と尊大に顎を突き出す。


 ここは『グレン商会』の応接間。

 表向きは貴族からのの依頼を冒険者へ伝える場と称して集まっている。


 貴族からの指名依頼の場合、冒険者ギルドを通しさえすれば、直接依頼内容を伝える事はままある事だった。

 例えば浮気の証拠揉み消しから始まり、政敵への嫌がらせ、表向き出しづらい内容が殆どだ。


 今回の場合、俺(カノン・ボリバル)からの依頼をラムネ男爵へするわけだが。


 通されたラムネ男爵が、ドッカとソファに腰を下ろす。

 以前見た資料にある通り、小心者であるが故に尊大な態度を取っている貴族のガキだ。


 「聞いてやらなくも無い。貴様らがわきまえているのならな」人を嘲弄するような薄笑いを浮かべてこちらを見下してくる。 


 「おいっ、」 


 指を刺すのも面倒なのか俺(カノン・ボリバル)と『盗賊シーパーのエモン』へ顎をしゃくった。


 「獣人の癖に貴族の俺様を見下すつもりか?」 


 勝手にドカドカと上がり込んでソファを占領したのに、見下すつもりか? と因縁をつける。

 俺たちは席に腰も降ろせず、立ったまま話を聞くしかなかった。


 「ひざまずけっ。俺はわきまえないヤツは好かん」

 ギロリと白目がちな目で睨みつける。

 身長は百七十センチくらい。細身で色白。大きな目に挟まれた数字の1にしか見えない鼻筋。

 薄情そうな薄い唇に小馬鹿にする様な薄笑いを浮かべている。

 細い眉が神経質にヒクヒクと動き、「早くしろっ」と甲高い声で命じてくる。


 俺たちはチラリと視線を交錯させると跪いた。


 「これはこれは飛んだご無礼を」


 まるで子供の遊びだ。貴族ごっこに付き合うつもりで跪く。


 「この度は遠方よりご足労頂き……」謝意を伝えるつもりで口を開くと、

 「黙れっ! 誰が話しても良いと言った?!」

 と遮って来る。


 「内容はテイルから聞いている。博物館の特別展示を見たいから随同ずいどうして欲しいと言うのであろう?」

 得意げに俺を見下し、鼻でフフンッと笑う。


 「難しい内容だな……。盗みの下見でもしようと考えているのじゃないか?」


 ほう……? たかるつもりか?


 テイルか手のひらをヒラヒラ震わせて「と、とんでもございませんっ」と割って入って来た。


 「今回のお願いはから来られるやんごとなき方がお忍びで……」


 「その前準備か? どこの国の誰だ?」


 「それは……」


 テイルが唇を噛み締めている。

 こちらから情報を引き出して、金を強請ゆするつもりだろう。


 「貴様、王宮貴族を舐めておるのか? 各国のお偉方が動けば俺の寄親(貴族)が勘付かない筈はない。例えお忍びでも、何らかの噂が立つんだよ」

 ヒヒッ、と下卑た笑いを浮かべると、フフンッと小鼻を膨らませた。


 「貴様ら、俺への”礼”が足りんのじゃないのか? ここに来た段階で”お足代”くらい懐に入れるもんだ。話を聞くのはそれからだ」


 既にここに入る前にテイルが渡している筈だ。相場にして金貨二十枚。庶民が一か月は遊んで暮らせる金だ。

 足りないとでも言いたいのか……? 俺たち獣人からすれば、三ヶ月分の収入に等しい。


 「一袋(金貨二十枚)でこの男爵が庶民の館まで足を運ぶと思っていたのか? これだから庶民は……」

 鼻の端に皺を作り、白い歯を見せる。


 「あーあ、疲れた。脚を揉め」


 ドカッ、と応接机に脚を投げ出した。



 「もういい。男爵様は我らの無礼が許せぬそうだ。他の方を当たろう」

 俺(カノン・ボリバル)が、膝の埃を払いながら立ち上がった。この手の奴は信用できない。


 「やんごとなき方にはお忍びを諦めてもらうだけだ。俺の首を差し出せば事なきを得るかも知れん」


 ただ……。と呟く。


 「どうせ無くなる命だ。好きにさせてもらーーー」

 言い切る前に帯刀した剣を横薙ぎに振るった。

 ピュンッ、と風を切る音と共に、ラムネ男爵の前髪がサラサラと落ちる。

 「ーーーうつもりだが、構わんのだろう? これが俺たち獣人の礼儀だ。舐めるなら命をもらう」


 ラムネ男爵は何が起こったのか理解出来ずにいた。


 (コイツ、何を言っている?)と顔が語っている。


 ハラハラと落ちた髪の毛が、自分の物とわかった時顔色が変わった。


 「ま、待てっ。待てと言っておろう?! ほんの戯言だ。これだから田舎者は……」

 

 俺の剣が再び横に払われる。

 ピュンッという音と共に、今度は天頂の髪がハラハラと落ちる。


 「田舎者には間違い無いが、冗談は通じない相手と思って貰おう」

 言うが早いか燭台を下紛れに斬り刻む。


 「貴様なぞこれより容易たやすなますに出来る」

 どうする? と小首を傾けてラムネ男爵を見下す。


 「もとより一人で来たのが間違いだ」と耳元で囁いた。


 「俺たちを舐めるなよ。少しでも妙な噂が立てば、地の果てでも獣人は復讐する。例え十年経とうとな」

 解ったのか? と顎を顔まで引き寄せると目を覗き込む。


 引き受けるつもりはあるか? と耳元で囁くと、壊れた人形の様にカクカクと首を揺らせた。



◇◇



 深い闇が辺りを包んでいた。


 あれから急に素直になったラムネ男爵を連れて、下見を終えると計画を実行に移した。

 黒装束に身を包んだ俺(カノン・ボリバル)とメンバーは博物館の前にいる。

 侵入、脱出の経路の下見を繰り返し新月の今日。闇に乗じて金庫を襲う。


 『入り口に歩哨が一人、周辺に巡回が一人』

 人差し指を突き立て、一人。クルリと回して一人。

 ほぼ手話で会話をこなす。

 全員暗視の効くガスマスクを覆面代わりに被っている。


 『了解』と親指を突き立てた。


 『盗賊シーパーのエモン』は風向きを確かめると、『ガスを撒く。酸素ボンベのコックを開け』

とネジを巻く仕草をする。

 腹に巻いたボンベのコックを捻ると、プシュッと乾いた音を立てた。



 『盗賊シーパーのエモン』が腰に刺した発煙筒の様な筒を取り出し蓋を取ると、筒の先端とキャップをシュッと擦り合わせる。


 無臭透明な煙が歩哨のところまで漂っていく。

 歩哨が何かに気づいたように辺りを見回し始め、腰にした剣に手をかけた。


 ガスに気づかれたか? と、思う間も無くドサリッと倒れ落ち、暫くモゾモゾ動いていたが静かになる。


 『眠っただけだ。目覚める前に行こう』


 『盗賊シーパーのエモン』が身振りで先を指し示す。彼が毒ガスを選ばなかったのは、死に際して助けを呼ばれたくはなかったからだそうだ。

 人は死が近づくと信じられない力を発揮する。『どんな猛毒でも無音で殺すのは無理だ』と語っていた。


 『気づいたら盗まれてるってのがプロの仕事さ』と言って笑う。


 歩哨の詰所を過ぎて門の内側に回り込む。

 闇は俺たちの味方だ。


 巡回のもう一人も背後から襲いかかって無力化して、魔眼に映り込まない様植木の隙間へ押し込む。

 これから交替する三時までが勝負の時間だ。

 残り二時間と少し。


 「急げっ! ここからが本番だ」


 地下の金庫室へ向かう俺(カノン・ボリバル)と『盗賊シーパーのエモン』、魔眼を監視する守衛室を制圧する『大太刀のソ・ランデ』と『爆裂のシド』の二手に分かれて別の方向へ密やかに駆け出した。

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