胡散臭い事のあとにはお約束が待っている

 「なんのつもりだ?」


 コティッシュ・ガーナンと店を出て、帰りの汽車の中にいる。問いただしているのは先ほどまでいた店の件だ。


 「いい店だっただろう? たまにはこんな息抜きも必要じゃないか?」


 あの店は俺たちみたいな下士官クラスの行きつけでな……と白々しい話を始めようとするのを、ギロリッと一瞥いちべつして黙らせる。


 「何かをさせたければ命じれば良い。何かを聞き出したければ聞けば良い。俺はゴシマカスの敵、カノン・ボリバルだ。遠慮なく俺の命を使い潰せ」


 言いたい事はそれだけだと、暫く目の前に座るヤツの目を見据えて黙っているとコティッシュはガシガシと頭を掻きながら、コレだから……と零す。



 暫く口をモゴモゴさせていたが

 「なぁ、俺の第二空挺に入らないか?」と切り出して来た。


 「何の遠慮が要る? 勧誘など必要ない。ただ俺の配属が決まったと告げれば良い。だが、それとは違うやらせたい事があるんだろう? こんな事をしなければ裏切りを心配しなくてはならないほどの」

 重ねて聞きながら見据えた目線は外さない。


 「明日、空軍省の第二会議室を空けておく。そこで話そう。それからこれだけは信じて欲しいんだ。俺はお前が気に入っている。つまり味方だ」

 だから……。と、両手の人差し指を突き立て、俺の両目を指す。


 「そんな目で俺を見るな。今までどれだけ裏切られて来たのかは知らないが、俺は決して仲間を裏切らない」

 頬の刀疵を歪ませてニヤッと笑った。



 ◇◇



 翌日指定の時間に会議室で待っていると、コティッシュが何やら書類の束を抱えてやってきた。 

 昨日と違いキチンと制服を着込んでいる。


 「遅れてすまんな。説明しやすいように資料を集めてきた」



 俺(カノン・ボリバル)はものも言わず、ドサドサと机の上に広げる書類をヒョイと取り上げ目を通す。


 「ま、待て。待った方が良いぞ。おまえが承諾してからの方が話が早い」

 

 「既に昨日承諾した」


 「……そうか? これから話す事情を聞いてから、やっぱり辞めるなんて言うなよ?」


 コティッシュの語り始めた事情とは、実にくだらない軍閥の勢力争いだった。


 「簡単に言え。もとより俺のわからん話だ。後から恨言なぞ言わん」そう言いつつ、机の上の資料を読み進めていく。


 要約すると、俺(カノン・ボリバル)はフィデル・アルハン議長の盟友であり、彼になんらかの縁故があると勘違いされているらしい。


 そのありもしない縁故を使って、フィデル・アルハン議長に取り入ろうと軍と言わず、共和党の党員すら様子を伺っていたと言うのだ。


 「フィデル・アルハンへ有利に働きかけて欲しい連中はゴマンといる」

 

 だから金、権力、女をダシに使って俺に近づく輩も多いってワケか?



 「カノン。お前は自分の事をどう思っているかは知らん。だが『敗軍の』とはいえあの扱いにくい獣人を四千も率いたんだ。扱いとしては将軍に等しい」


 だが……。と、コティッシュは続ける。


 「俺はお前が気に入った。俺の部隊に来てもらえれば、何千ものゴシマカスほふる事が出来る」


 それでは他の連中と大差無いのでは?

 皮肉な俺(カノン・ボリバル)の薄笑いを見て、慌ててコティッシュが付け加える。


 「他の連中は出世しか頭に無い。俺の場合はこの国のために命をかけている。俺たちの空挺部隊がこれまでの戦術や戦闘を変える事が出来る」


 その為の特別任務をフィデルから受けている。っと俺(カノン・ボリバル)に資料を押しやる。


 「だから、俺は陰ながら身辺を警護してやっていた」

 真摯な目で俺を見ている。


 「例の店も警護の一環か?」 

 皮肉な笑みを浮かべて見返してやる。


 「女に溺れる奴は墓穴を掘る。その様子見だった。もっとも、俺はそこのところは上手くやるのだがね」

 眉から顎にかけての刀疵を歪ませて、ニヤリッと笑った。

 

 「ともかく、お前を試したのは悪かった。謝るっ」

 机に両手をついてガバッと頭を下げる。


 (俺に任せたい仕事とは、スパイなのか? 空挺部隊とは極秘任務も担当すると、聞いた事もあったが……)



 「それで及第点はもらえそうか? 失格なら飛んだ買い被りをさせてしまったな」



 「カノン。それは俺の空挺部隊に参加するって事で良いんだな?」

 あまりにサバサバした返事にちょっと肩透かしを食らった顔をする。


 「本当に良いのか? 陸軍なんぞは将軍職まで準備しているって言うぞ? 俺のところは小隊で、小ぶりな分だけ軍曹クラスしか準備出来ないんだが……」


 「それで充分だ。むしろ一兵卒で構わない」

 一から出直すんだ。当たり前だろう? と、言い放つとそっからかよ……っと呆れた顔をする。


 「まさか全てを諦めているんじゃ無いだろうな?」

 と、怪訝な顔をする。


 「喧嘩を売っているのか?」

 俺の目が細く窄まって薄笑いが消えると、コティッシュは笑い出した。


 「上等だ。これから契約書類にサインしてもらう。役職は軍曹からだが文句はナシだぜ。当然俺が上官だ。敬うようにな」ツン、と顎を突き出して威厳を装い笑い出した。



◇◇



 「……で、これがフィデル・アルハン議長からの依頼なのか?」



 資料の上にクリップで止めてある写真に見入る。

 先端が膨らんで宝石が埋め込まれてある杖だ。長さはおよそ六十センチくらいだろうか?

 部隊にいた魔導師が使っていた魔杖と大差ない気がするが……?


 「ああ。通称『ドラゴンズ・アイ』だ」

 コティッシュが、もう一つの資料をこちらに押しやる。


 その名が記憶に引っかかった。

 確か、救出直後の会見でフィデル・アルハン議長から聞かれた名だ。


 「カノン。『世界の半分の生物が死滅する』と言われる超古代の最終兵器だよ。学者によっては『生物に福音をもたらす神器』とも言うがね」

 この杖は二つで一対だ、と補足しながらもう一枚の写真を見せる。


 「一つは我がヒューゼン共和国が古代遺跡から掘り出した」そしてもう一つは……。



 写真が止められていた資料の最終ページから、折り畳まれた地図を引き出す。


 「ゴシマカス王国の財団博物館にある。これを奪取し我らが保護すること今回の任務だ」

 地図で博物館の位置を示しながら、あの国はもう危ない。と報告書の束を押しやって来る。


 『白の騎士団』が国王を囲い込んで議会が混乱しているとある。

 現地の新聞が伝えた小さな記事が時系列で整理され、表からは見えづらい王宮の様子を炙り出していた。


 「国王が暴走を始めた。これの所在が知れたら、我が国を狙うのは必至だ」


 「だからヒューゼン共和国が保護するのか? これをカードに力関係を変えたいの間違いだろう?」


 「それをどう使うかは指導部の仕事だ。我々は見えている未来の災いを払う先兵に過ぎない」


 そうか……。と曖昧に相槌を打ちながら、資料再び目を通していく。



 「わかった。引き受けよう」

 資料から顔を上げると俺(カノン・ボリバル)はニヤッと笑った。

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