厄介事は呼んでもいないのにやって来る

 『君だよ。……今はコウヤって言うのかい?』


 「ええぇぇぇぇーーーっ?」


 俺って生まれ変ちゃってたワケ?

 召喚の間で出会ったドラゴン(スンナと言うらしい)から前世? の名前を聞いた。


 『今は気にしなくて良いよ。時がくれば発動する』

 ドラゴンのスンナから伝わる念話に固まる。


 ……転生したって言ってもなぁ。

 ここにも転移したワケだし、どんだけ彷徨さまよってんの? 俺の魂。

 

 「スンナ殿……でよかろうか?」

 オキナが慎重に声をかける。

 ドラゴンとの会話なんぞ、した人は今生にいないだろうから慎重になるのは当然だ。


 「君がコウをよんだのか? それは『変節期=災禍』が来るからなのか? 君は彼女に何をさせたいんだ?」


 ドラゴンの影は首を振り『僕が呼んだ……。約束を守るためだ』とだけ告げるとコウを手招きするように前足を振る。


 『リーン。あれはイレーナが預かっている。受け取ってよ』


 イレーナがにこやかに頷くと、そばにある巨大な岩の一部に触れた。

 そこに刻まれた文字盤が光り、ガラガラと音を立てて崩れ落ちると、床から十五センチほど宙に浮いたまま近づいて来る台座がある。


 イレーナはその台座にかけられている薄いシートを剥がすと、中から軽自動車ほどもある流線型の物体が現れた。

 全体的に茶色で卵を縦に半分に切った様な形だ。


 上半分は戦闘機のコクピットに似ており透明なシェードに覆われて、下半分は丁度小学生の背負うランドセルの様に肩紐が巻き込まれている。


 「なんだ?」


 好奇心に駆られ、オキナが近づいていく。

 俺やみんなも彼に釣られる様に、流線型の透明な窓に近かずき中を覗き込んだ。


 「こりゃあ……。コクピットじゃねぇか」

 思わず口に出てしまう。


 「コクピットとは?」


 オキナの問いにコウと顔を見合わせた。

 「私たちの世界には“飛行機”があった。人が空を飛ぶ道具ね。それの操縦席よ」

 コウが頭の上に?マークを浮かべる連中にコツコツと透明なシェードを叩きながら説明する。


 「飛行機とは? 人が空を飛ぶというのか?」


 ノサダがコレはコレは……っと額に手を当てて驚いている。他のみんなも同じような顔だ。


 「最初は『空を飛ぶ』ためだけの機械だった……」

 続けるコウにオキナが目を輝かせて被せてきた。

  

 「それが戦争に利用され始めたワケだろう? 水平の展開に縦の変化をつけられる。偵察や地形の把握、そして地図の作成にも有効な筈だ……」


 思いついた様に息を飲む。

 「戦術の概念がまるで変わってしまう」


 コウは哀しそうに笑い、その唇を人差し指で塞いだ。


 「そうよ。すぐに軍事利用され始めた。コレに爆弾を積んで落としたり、上空から機銃を掃射したり。

 そしてより大きく、重いものが運べるようになった時に人類を滅亡させるほどの爆弾が、装着されて……」


 悲しそうに目を閉じる。

 顔を上げるともちろんそれだけでは終わらなかったけれどね。と続ける。

 平和的に使われた方が大きかったけれど。とも付け加える。


 ……でも、と続ける。

 「どうやらコレは飛行機とは違う様ね。翼もないし……」


 飛行機と言うより、流線型のランドセルといった方が近い。

 イレーナはちょっと後ろに下がって。と声をかけ、全員下がらせるとコクピットの後ろにある突起を引き下げた。


 バシャーンッ、とランドセルの肩紐の様な部分が競り上がり、車輪のないキャタピラーのようになる。


 「古代技術ロストテクノロジーの飛行鞍よ。これ自体は飛べない。コレをワイバーンやドラゴンに取り付けて、古代の人々は兵器とした」


 『リーン……、いやコウだったね。以前の[災禍』の時はボクはキミと大空を駆けまわり『大空の希望』と呼ばれた。二人で力を合わせて『災禍』を払ったのさ』

 

 竜石に包まれた影が、ブルンッと身震いした。


 『そして五百年の時を超えて再び『災禍』を打ち払う。その為にキミを呼んだんだ。前回はキミとボクの大切な人たちを守るために。

 今回はキミとの約束を守るために……』


 消え入りそうになる念話に、オキナが慌てて声を上げる。


 「今しばしっ、待って欲しい。次に来る『災禍』とはなんなのだ?! それだけでも良いっ。教えてくれないかっ。リーンの盟友殿よっ」


 必死なオキナの声も虚しくついに念話は細くなり途切れた。


 『時が来たら会いに行く……』とだけ言い残して。


 一同言葉を失っている。

 イレーナが少し時間が足りなかった様ね。と笑うとオキナに向き直った。


 「今回訪れる『災禍』はドラゴンズ・アイの『導きの杖』によってもたらされる。それがいつ起こるのかは『召喚の杖』が発動した時……。以前の災禍は自分たちで調べた方が良いわ」


 曖昧すぎて分からん。

 こんな時は思い切って聞いて見るもんだ。

 コトワザにもあっただろ? 『聞くはタダ』だよな?


 イレーナさん。と声をかけて聞いてみる。


 「せめて前回はどれくらいの規模だったとか、どれくらいの被害が出たくらいは教えてくれて良いんじゃねぇか?

 イレーナさん。だから耐えられる個体かどうかを試したんだろう?」

 

 「面白い男ね。いいのかしら?」


 「ああ。その為に俺らはここに来たんだ」


 そう答えると、イレーナは頷いて真顔になる。

 「人類の半分が亡くなった。

 時空軸はねじ曲がり『魔人の国 ノースコア』とこちらの世界が繋がり、そしてそれまで存在した大国が滅亡した」


 全員あっけに取られて黙り込んでいる。


 「そして……。その時魔王オモダルは産まれた」


 全員に衝撃が走る。

 ここにいる全員が『災禍』とは魔王オモダルの事だと思っていた節があった。

 そして今回の災禍もその復活だと。


 それを引き起こしたって事は、それ以上の事態が起きようとしている。

 イレーナの最後の言葉がトドメとなり、もう誰も口を開こうとする者はいなかった。

 

 「ふふふ。だから自分で調べた方が良かったでしょう? ここにいる全員が知ってしまったわよ」

 イレーナは悪戯っぽく笑い、俺に向き直る。

 

 「少しオマケして上げる」


 ここまで来てくれたご褒美にね。と笑うと、「アイアンゴーレムが死力を尽くして守ろうとした物……。なんだと思う? あそこの石を持ち帰りなさい」

 それだけ告げるとその姿は二重写しになり、幻のように消えた。


 消えた先の壁には女神アテーナイのレリーフがある。


 「あれ……? イレーナさんに似てない?」

 呟くナナミの声にギョッとしてそのレリーフに見入る。

 全員が無言になる。


 「と……すればだ」


 オキナがレリーフの前に進み出て膝をついた。

 「女神アテーナイよ。貴方に感謝します。我らは必ずこの災禍を乗り越えて見せます」


 全員が、黙祷を捧げ顔を上げるとオキナは荘厳な口調で告げた。


 「これは神の啓示だ。そして国家存亡に関わる機密事項でもある。他言無用……。分かるね。私たちはこれから王都に至急戻り対応を練る」


 念を押されるまでもない。

 こんな話、誰が信じるって言うんだ? せいぜい気が触れたと同情されるくらいだろ?

 とにかく、また厄介なことに巻き込まれちまった。


 ナナミと目が合うと俺は肩をすくめた。

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