託された願い

 「災禍は間引きするためじゃない。進化を引き出すため。進化するのは『やるべき事』で、それによって災禍の後の世界が生き延びるためなの」


 イレーナは微笑む。

 まるで母が我が子に語りかけるようにゆっくりと噛み砕いて続ける。


 「そうやって魔法は産まれた」

 と、今度はコウを見て微笑んだ。


 「災禍の前の人は魔法を使えなかったの。

 一部のドラゴンの様な超絶生物が操る程度。災禍の後この世界に魔素が充満し、それを取り込み身体を強化していったのが魔獣たち」


 イレーナは立ち上がると系統樹に近すぎ、太く枝分かれした一筋の経路の大元を揺らす。


 「災禍を生き延びた人系は魔法を使える体に進化した」


 それが前回の災禍がもたらした『福音』? 

 でもいきなり魔法が使える様になりましたってワケがないだろ? 

 『災禍』を乗り越えるために『魔法』が発現したって思う方が自然だよな?


 うーむ。と首を捻る俺をみてイレーナが少し笑った。

 もう少し昔話を教えてあげる、と今度はコウに向き直る。


 「その魔法が使えるように最初に進化したのがリーンと言う少女」


 ドラゴンとの縁が彼女に魔法の発現を促した。と、枝分かれの大きな系統樹の幹を揺らす。


 「それによって多くの人々が災禍を乗り越えて救われた」コウをじっと見つめる。



 「コウ……。貴女は生まれ変わりよ。貴女の魂はリーンと言う少女と共にある」


 な・ん・で・す・と……?


 「魂は肉体が朽ちたらまた、次の世代へ命を移し変える」


 ちょっと待って欲しい。

 輪廻転生なら聞いた事がある。だが俺たちは地球からこの異世界に召喚された。

 世界を跨いで生まれ変わるってアリなのか?


 その問いにイレーナは微笑み首を振るばかりだ。

 答えられないと言う意味か?


 「魂の色でわかったのよ。リーンは貴女に生まれ変わったの。この世界を再び滅びの危機から救う為に。以前リーンがそうしたようにね」


 言われた方のコウは? といえば感覚的に腑に落ちるところがあったのだろうか? 頷いている。



 「時々夢に出て来たから……」


 なんとなくわかるのだろうか?


 「リーンは私に何かを話かけてきた。だけど私には彼女が何を語りかけているのかわからなかった」


 「言葉が五百年前とは違うもの。でも何を伝えたかったのかはわかるでしょう?」

 イレーナはコウの側まで近づいて呟くように告げた。



 「生き残れと伝えたかったのよ」



 ふぅ……。それは祈りなのか願いなのかはわからない。

 だが、そうせざるを得ないくらいの『災禍=変節期』がやって来るワケか?


 「恐らくこの世界の半分の命は絶える。生き残れるかどうかは私たちが『進化』出来るのかにかかっている」

 コウが背負い込んだものを吐き出すように告げる。


 「そうよ。リーンがかつてそうしたようにね。この世界に魔法が産まれたのは、生き残る為に『進化』した為」


 そして……。今度はナナミを見て告げた。


 「貴女たちの様な”これからの人”は、次の世代に『進化』してつないで行くべきなの。これからも繰り返される『災禍=変節期』に耐えるためにね」


 私に言えるのはここまで。と、席を立つ。


 「何もかも私が教えてしまえば、進化する前に逃げ出すわ。そうしない人を選んだつもり。ここにいる全員が『耐えられる個体』か? かどうかはゴーレムで試させてもらったわ」



 竜石まで案内する。っと立ち上がる。

 全員着いてきてとゼスチャーすると歩き出した。


 「ま、少し待って欲しい。ドラゴンズ・アイは『災禍』を招く『魔の鍵』と言われた。だが、そのドラゴンズ・アイは今、王宮が管理している。我らが管理している以上は『災禍』は訪れないのではないか?」


 イレーナはフンッ、と鼻でわらった。

 「ドラゴンズ・アイは二つある。知らなかったの?

 一つは『導きの杖』もう一つは『召喚の杖』。『導きの杖』は召喚する災禍を選択し、『召喚の杖』は災禍を発現させる。王宮が手にしているのは『召喚』の方よ」


 「もう一つは別の場所にある」

 どこにあるかは知らないけど……。と続ける。

 「そしてその二本を操る事が出来たらなら……」


 一息ふぅ、とため息をつく。


 「……と考える馬鹿者は常に“人”から現れる」



 オキナを見つめて冷たく笑った。


 ◇◇◇


 「こっちよ」


 導かれるままに宮殿の廊下を渡ると、コの字を九十度回して立てた様な鳥居がいくつも連なっていた。




 「こんなところまでそっくりなんてね」


 コウがこちらを見て微笑む。

 俺たちが召喚された宮殿も似たような作りになっている。


 「なんーか、胡散臭いな……」


 「何が?」


 「こんな宮殿、いくつもあるのおかしくない?」


 有無も言わさず召喚されて、やっと生き延びたと思ったら人類滅亡の危機だ。


 そんな時にまた召喚の宮殿が出て来た。

 そして今、俺らが召喚された時に一緒に出て来たドラゴンズ・アイに振り回されている。

 いくらなんでもトラブルありすぎだろ?



 「偶然よ。と言うより運命って言った方が良いのかな?  私たちに出来る事は、それを受け止めて乗り越える事だけ」


 って言ってもなぁ……。となんか腑に落ちない顔をしてる俺を見てイレーナが笑った。



 「召喚の宮殿はこことゴシマカスだけじゃない。あちこちにあるわよ。その時代、時代で滅亡の危機が迫った時その時代の権力者が作ったもの」


 召喚の儀式は受け継がれ、当然成功した召喚の宮殿を真似てまた新しく召喚の宮殿が作られる。

 それで似たような宮殿があちこちにできたそうだ。



 「召喚されたのは俺たちだけじゃないって事だな」


 それってスゲェ他力本願じゃね?

 


 「最後の希望なのかも知れないわね。当事者にしてみれば。既にやり尽くしたしても回避できない時に限って召喚は成功している。

 その仕組みや神々の意図はわからないけど……」




 話をしている間に宮殿の中の召喚の間に着いた。

 六角形の支柱にその時々の勇者や魔道士たちのレリーフが刻まれ、天井にはその時行われた戦いの模様が描かれている。


 一番奥に女神アテーナイのレリーフが浮かし彫りにされた壁が広がり、そこにバックリと口を開けた山頂へ続く階段があった。


 山頂まで登ると、いつかコウが夢で見たと語った苔むした巨大な竜石が鎮座している。

 パリパリと音がした。表面にひび割れが起こり張り付いた苔と共に岩切が崩れ落ちると、薄い膜に覆われた巨大な卵状のものが姿を表す。

 

 卵の中がぼんやりと光を放ち、ゴポリッ、と竜石の中に透けて見える影が動いた。

 手招きをして喜んでいるように見える。



 『やぁ、久しぶりだね。リーン』



 飛び込んできた念話に驚き辺りを見回す。

 どうやらあの薄く透けて見えるドラゴンからの念話らしい。



 『そしてコイチ……』

 


 ん? 誰だそれ……?

 確かコウの見た夢の中で、リーンって子の弟だったヤツかい? 

 探索の前に聞かされたリーンとドラゴンの話に少しだけ出てきた気がする。



 『君だよ。……今はコウヤって言うのかい?』


 「ええぇぇーーーっ?」


 俺って生まれ変ちゃってたワケ?

 

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