コウの召喚
◇◆コウ目線◆◇
「オネェちゃん」「チビママッ!」
クスクス笑いながら近づいてくる子供の声がした。これは下の妹の茜と、末っ子の秀一朗の声だな?
「なぁに? ご飯はもうちょっと待ってって言ったでしょ?」ちょっと怒っているフリをしながら、私は振り向く。
なんだろう? 夢を見てるんだろうか?
私ーーー島崎コウは、深夜まで溜まり溜まった山積みの仕事を片付けていた。一段落したから「ふぅーーーっ」とため息をついて......。
あ?! そのまま眠ってしまったのか? ソファに腰掛けたのが良くなかった。そのまま眠ってしまったらしい。「んーーーっ」と大きく伸びをした。
◇◇
入社以来、馬車馬の様に働いて、
メンバーにも恵まれて、業績は好調。
社長賞も二回ほどいただいた。そして昨日『チャレンジ一億』と立ち上げたプロジェクトが成約となり、みんなで打ち上げをやろうと騒いでいた時のことだ。
キキーッっと甲高いブレーキ音と、それに続くバァンッと何かがぶつかる音がして道路側の窓まで走り寄った。
「なにあれ?」
所員の女の子が怯えた様に指を指す。
まさか
「すみません、事故ですか?」と見ている人に尋ねても、スマホの動画を撮影するのに忙しいらしく「たまたま通りかかっただけで......」と首を振るばかりだ。
「すみません」「すみませーん」と言いながら野次馬を掻き分けて行くと、前面が少し凹んだトラックと運転手が見えた。運転手の足元には男の人の靴が見える。
人が撥ねられたんだ。うちの社員じゃなきゃ良いんだけど……っと不謹慎な考えが頭をよぎる。
運転手のおじさんは真っ青な顔をして転がった靴を見ていた。ブルブル震えながら、何かを呟いている。
「消えちまった……。消えちまった……なんで?」
おじさんは目を見開いて、あたりをキョロキョロ見回していた。様子がおかしかったので「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」と声をかける。
「消えちまったんだよ……。撥ねたと思ってすぐ119番と110番に連絡したんだ。嘘じゃないっ、でも俺の目の前で光ったと思ったら消えちまった」
動転しておかしくなってしまったのだろうか? 下手に関わってしまうとマズイかもしれない。
少し怖くなって、私は後ずさった。
「本当なんだよっ。信じてくれよッ」
おじさんは、少し涙目になって訴えてくる。そのまま逃げてしまわないだけ、悪い人ではないのだろう。
だが、うちの社員が犠牲者かどうかわからない今、これ以上深入りする理由もない。
◇◇◇
厄介なことに、消えた犠牲者はうちの社員で営業二課の
みんなに、コウヤと呼ばれて人気者だったらしい。
私の印象はやたら調子の良い先輩って事と、うちの女子社員を口説いて振られたと聞いた程度だ。
身内には違わないが、胸を痛める時間は無い。それより片付けなければならない仕事が山ほどあった。
一課のスタッフ全員でかき集めた資料を見ながら、ライバル会社の出方と、獲得できそうな利益、売り込み先の欲しがる内容を予測しながらプランを煮詰めて行く。
「……課長ッ、島崎課長っ!」
「えっ?」
部下からの声で思考の深淵から引き戻された。
「もう十時回ってますよ。終電に間に合わないんで、僕ら先に失礼します。課長もあまり、根を詰めないで下さいね」
そう言って扉から声をかける部下に「遅くなってごめんね。気をつけて帰ってね」
と手をヒラヒラさせて、笑顔を作る。
ーーーで、缶コーヒーを買ってちょっと休憩っとソファに腰掛けたのがいけなかった。気がつけば冒頭の夢の中ってわけ。
スマホを取り出して、宿泊予約のサイトから予約を入れる。もう、こんな日が一週間も続いている。
「出費も馬鹿にならないし、体に悪いって事はわかっているんですけどねぇ」
それでも手を抜けないのは仕事で得られる充実感だけが私の隙間を埋めてくれるから。
「すっかりワーカーホリックじゃないですか? 島崎コウさん」ちょっと自嘲気味の笑いが浮かんだ。
「帰るか……」
ホテルに向かう道すがら、さっき見た夢を思い返す。
あれはいつの頃だろう?
まだ茜と秀一朗が七歳と五歳の頃かな? なら、私がまだ小6の頃だ。ちょうどその頃私たちのパパは亡くなった。
単身赴任から車で帰省する時に、玉突き事故に巻き込まれてあっという間に逝ってしまった。
「これからはね。みんなで力を合わせて生きていくのよ。ママは働く事にしたの。コウ、あなたは一番お姉ちゃんなんだから、茜と秀一朗の面倒は見れるわね」
ママを少しでも助けたくて、うんっと頷く。
「偉いねコウ。茜、秀ちゃんもお姉ちゃんの言うことを良く聞いて困らせちゃダメよ」
としゃがみ込んで、目を見つめながら言い聞かせる。
「分かりましたか?」って聞くとまだ五歳だった秀一朗が、グズグズ泣きだした。
「ママ、いっしょじゃなきゃやだ」
七歳の茜も唇を噛み締めて、じっと泣くのを我慢している。
私はママまで泣きそうになっているのを見て
「茜っ、秀ちゃんっ、私がママになってあげる。ちいさいママだから、チビママになってあげるっ。大丈夫っ、きっと私が守ってあげるッ」
と宣言していた。なんだか誇らしい。だって、初めてママになるんだもの。
茜が「チビママっだって?! へーんなの。オネェでチビママッ!」って笑いだす。
秀一朗も「ママとチビママっ、ママチビーーーッ」
耳たぶを引っ張ってイーーッてするから、みんな笑い出した。
悲しくて微笑ましい思い出だ。
あれから十四年か……。
必死になって家事を覚え、時にはアルバイトをしながら家を支えた。
「ふぅ、もう少し青春したかったけどな」
もう生きるのに精一杯で、青春してる暇はなかったし恋も出来なかった。後悔はしていないが、時々ポッカリ胸の奥に穴が空いたように寂しくなる。
(あの角を曲がると、素敵な人がぶつかって来て……って無いからッ。乙女か、私はっ)
ハハハッと妄想を笑い、角を曲がるとドンッと何かにぶつかった。
ガシャンッと自転車が倒れる音がして、歩道から車道に突き飛ばされた。
キキーッと甲高いブレーキ音と、視界一杯に広がる車のヘッドライト。
悲鳴をあげる間も無く、私の意識は飛んだ。気がつけば音も感覚もない世界に私はいた。
「え......? どこ? ここは?」
私は死んでしまったのだろうか? 気がつけば目の前に紐がぶら下がっている。
「一、二、三......十一? 何これ?」
引っ張って見る。
「SS魔導師? 何これ?」
途端に私はグルグルと巻き取られ赤い玉になった。
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