夢のあと
「おいっ、カノン・ボリバルッ。ちょっと水を差されたけどなッ、まだやるか? 決着を付けようか?」
コイツもこのままでは収まらないだろう。
これで最後にしてやる。
カノン・ボリバルが白い牙を剥き出した。
「ああーーー。最後まで意地は張り通すさ。夢の後始末と行こうじゃないか?」
俺がミスリルの剣を抜刀すると、カノンも腰の剣を引き抜いた。大振りの両手剣を正眼に構え、ゆらゆらと揺らめく様に立っている。
隙がないのは流石だ。
俺は左手(海亀)を少し前に翳すと、右手を隠す様に左半身に構えた。
あたりは月明かりに冴え冴えと照らされて、静まり返っている。
視界の悪い今の状況だと、暗視の効く獣人相手にはちょっと不利だが、闘気を纏えばマシになる筈だ。
「コウヤ、ちょっと待って」
コウがポーチから魔光石を取り出すと、四方に投げた。バシュ! と発光してあたりを照らしだす。
「すまねぇ」
軽く剣をあげて、礼を言った。
四方から照らされて、カノン・ボリバルが浮かび上がった。いつもは長い髪を三つ編みにして天頂に巻き付けている髪型も、解けてザンバラになっている。ヒューッと吹く風に、その長い髪がなぶられた。
「フンッ!」と闘気を全身に巡らす。
足元の地面がドンッ、と沈んだ。
カノン・ボリバルは風にそよぐ柳の様に静かに立っている。ユラリッとカノン・ボリバルが揺れた。
スゥーッ、と剣が喉元に突き出される。カッ、と左手(海亀)で跳ねあげ、引き足を引くと同時に右手のミスリルの剣を突き出した。
フワリと避けられてしまう。
突き出した腕を折り畳むと、斬撃に切り替える。こちらの方が、連撃には向いている。
「シッ!」短い気合いと共に、右袈裟、左切り上げを放つ。キンッ、キンッ、と互いの剣が火花を放ち、三撃目に放った横薙ぎの剣は空を切った。
カノン・ボリバルがスイッと後ろに飛び、距離を取られてしまう。
「フゥ、フゥ、フゥ……。スゥーッ、フッ!」
腰を落とした俺は、矢の様に飛び出した。
突撃から突き出した剣を、クルリッと手首を返し足元へ。カノンが剣を下段に回して受けたのを確認すると、左膝の力を抜き前に倒れ込む要領で、右脚を前にスイッチする。
体を捻りながら剣を左脇に引き戻すと、腰を中心に体を回転させて右胴腹へ振り抜いた。
「ぬぁぁぁぁぁぁッ」
裂帛の気合いと共に、叩きつけた剣はガチンッ、とカノン・ボリバルの両手剣の鍔元に阻まれ青白い火花を散らす。
「どぉしたよ? 防戦一方じゃねぇか?」
呟く様にカノン・ボリバルへ言うと、相手の目線を追う。どこを狙っている?
剣の真下あたりまでスッと腰を近づけて行き、受け止められた片刃の背を左手の海亀で押し込みながら、ジリジリと体重をかけて行った。離れ際が勝負だ。
「貴様の剣など、ライガに比べたらそよ風の様だよ」
不敵に笑うカノン・ボリバルの体が膨らんだ。筋肉が盛り上がって行く。
「ヌンッ!」カノン・ボリバルは腰を落とすと、体を打ち付ける様に俺を弾き飛ばした。
ドンッ、と衝撃が走り二、三メートル宙に浮く。
「くそッ」
受け身を取ると、追撃を避けようと左手に転がって立ち上がった。
「そぉああっ!」殺気が襲って来る。
案の定一気に距離を詰めて、剣を振り下ろして来た。
半円を描く様に、横薙ぎに弾き逸らすと重心を前にグッと寄せた。そのままクルリッと剣を回すと、左こめかみ目掛けて振り抜く。
カノンは、サッと腰を落とすと体を左に沈めながら俺の右胴を抜きに来た。
ガスッと左手(海亀)で受け止める。
開き切った右脇あたりにカノンがいる。そのまま右脇を引き絞る様に、ヤツの後頭部目掛けて剣を振り下ろす。
スイッ、と左手に流れて行く。振り下ろした俺の剣はそのままビュンッと空を切った。
トンッと飛び退き、距離を取る。
「調子が出てきた様じゃねぇか?」
ヘヘヘッと、俺が笑う。
「無用な気遣いだ」
カノンは表情を凍らせたまま、両手剣を振り上げた。
魔光石の青白い光に照らされて、ヤツの冷たい殺気が満ちてくる。ビュゥッ、と冷たい風が吹き抜けていった。
「それに......。あまり時は、残されておらぬ様だ」
そう呟くと、ギリリッと剣を引き絞った。
遠くから、ガチャ、ガチャと金属を擦り合わす音が聞こえた。「目標捕捉っ、十二時の方向、総員ッ駆け足で進めッ」サンガ中尉の声がする。後詰の部隊が到着した様だ。
「どうやら、観客も到着した様だぜ。お前の最後に、お
ふぅ、と息を吐く。闘気が満ちて来た。
スッと鼻から息を吸い込むと、溶岩が噴き出す火口の様な熱く燃えたぎる咆哮が
「「キェェェッ!」ぬぁぁぁぁぁぁッ!」
ドンッ、と地を穿ち、二振りの閃光が交差しバァンッ、と硬いものが衝突する音が響き渡った。
黒い塊りが弾け飛び、ダンッと地面に叩きつけられる。やがて黒い塊の片方が起き上がり、もう一方に近づいて行った。
「ぬぉぉっ......」呻き声を上げて横たわるカノン・ボリバルを、俺は見下ろしていた。
閃光の様に振り下ろされて来るカノンの剣を、俺はすり抜け、右胴を打ち抜いていた。鎖帷子に守られて斬られたのは表面だけだが、内臓の一つくらいイカれてもおかしくない衝撃にカノンは蹲り、ゴロンと横になった。
「どうだい? 気は済んだかい?」
口からゴボッ、と血を吹き出すカノン・ボリバルに剣を突き付けて尋ねる。
「こ、コハッ……。ほ、本懐果たせずとも、悔い無しだ......」
そう言ってブルブル震えながら、腹に巻かれている鎖帷子を胸までたくし上げた。
「こ、殺せーーー。」そう言って、俺の目を見た。
苦悶の表情を浮かべている。
俺が剣を振り上げたその時、「コウヤ、そこまでだ」ピシリと声が飛んだ。
コウが近づいて来る。
「彼は軍事裁判にかける。
ムゥッと呻く口をこじ開けて、口輪を押し込むとそこからもポーションを流し込んだ。
ツッと立ち上がると、ブワンッとシールドを張る。
辺りを見渡すと、到着した後詰の部隊が同じ様に獣人を次々と拘束していた。
「コウヤ、お疲れ様」
コウはそう言うと、微笑んでくれた。
「お? おぅ、コウもな。お疲れ様」
ミスリルの剣をしまうと、手を差し出した。
がっちり握手しようとした時、コウが急に振り向くとブワンッとシールドを張った。後詰の部隊ごと大きくシールドが展開する。
「ギョェェッ!」闇を切り裂く怪物の咆哮と、真っ白い閃光が俺たちを包んだ。
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