覚醒

 ドォンッ! と言う音と共に、塀と鉄の扉が吹き飛ばされた。もうもうと立ち登る土埃が収まると、さっきまでそこにいた獣人たちが薙ぎ払われ呻き声をあげた。

 カノン・ボリバルは飛行船で逃亡するつもりだ。

 この先にヤツはいる。


 「「「う、ううっ」」」

 呻く獣人を尻目に、スタスタと鉄の扉があった場所を通り抜けて行く。


 (あれ? 俺ってこんな事出来たっけ?)

 ふと疑問が浮かんだが、すぐに消えた。


 ◇◇


 扉を抜けると、学校のグランドほどの発着場があった。発着場と言っても、あちこちに岩が転がったままで急造した感がありありだ。

 日は傾いて凸凹した印影をことさらに強調し、発着場を紅く染めている。


 その一番奥に体育館ほどの大きさの、鉄骨に板を打ちつけた粗末な倉庫。

 その倉庫から、飛行船に恐らくガスボンベと燃料らしきドラム缶が引きださられ、積み込まれているのが見えた。

五、六人の整備士と積み込みに人影が走り回っていた。闇に紛れて、逃げるつもりだろう。


 「急げ! ここは一旦捨て置く。同盟国『ヒューゼン』へ亡命し、そこで再起を図る。我々の戦いはこれからだッ」

 こちらに背を向け、盛んに鼓舞している長身の男。長い髪を編み込んで天頂に、巻きつけている。あのしゃがれ声は、そうーーー。

 カノン・ボリバルだ。


 亡命? もう詰んでるよ。おまえ。


 トコトコ走り出す。やがて全力で走り出すと、『亀、縮地ッ!』と念じた。

 目の前の景色の一番奥にいたアイツ。そのアイツまで景色は一気に近づく。「よっ!」と、縮んだ空間に身を滑り込ませた。カノン・ボリバルの背後に躍り出る。


 「ようーーー。逃げるのか?」


 まるで今日の天気を尋ねる様に、カノン・ボリバルに話しかけた。


 「いや、あくまで戦術的撤退ーーー。なッ?!」

 振り向いたカノン・ボリバルは目を見開いた。飛び退くと同時に剣を抜いて身構えたのはさすがだ。 


 「なぜ索敵にかからない? 気配すらしなかった......」

 ジリジリと下がりながら、あたりを見回す。包囲されていると思ったのだろう。

 目線を戻して、俺の顔を探る様にうかがう。


 「早速だがーーー死ねッ」


 スッと左足を滑らせて、腹部に剣を突き出す。カノンは揺らめくように体をずらすと、キンッと剣を弾いた。

 

 「怒りに駆られ、一人で乗り込んできたのか?」


 油断なく俺を見ながら、周りの獣人たちに『囲めッ!』と合図する。

 俺の周りをグルリと獣人が取り囲んだ。それを見て少し安心したのか、整備士の獣人に何やら合図を送る。


 「それとも俺を逃すまいと、愚かにも味方を置き去りに来たか?」


 俺に向き直ると、挑発して俺の表情から情報を読み取ろうと探って来た。あたりを包囲した獣人は、牙を剥き出し剣をチラつかせながら「「「ウウウッ!」」」ッと低い声で威嚇してくる。


 あたりは日が落ち、薄明はくめいの明かりに包まれていた。時折り吹く風が、ヒューっと髪をなぶる。


 「どちらでも無いよーーーー」

 物憂げに答えると、周りをグルリと見回した。


 「てめぇを......」剣をまっすぐ突き出す。

 「てめぇをーーー」

 突き出したミスリルの剣に闘気をまとわせると、ビィーーーンッと細かく振動し始めた。


 「フンッ!」水平に一閃、素早く後ろに振り向き更に一閃、剣を振り抜く。

 ドカンッ! と爆音が響き、俺を囲んでいた獣人が吹き飛ばされた。


 「てめぇを始末しに来ただけだッ!」


 俺はそう吠えるとカノンに飛びかかった。クルリッと剣を旋回させると、唐竹割に斬りつける。

 流石に剣で受けるのは不味いと思ったのだろう。

 身を翻して飛び退くと左手を腰に回して、金属の黒い筒を取り出した。小型の火山弾ボルガニックを発射する火筒だ。


 パンッ、パンッと火花が散った。

 シールドを展開する。目の前で火山弾が弾けて、オレンジ色の火花が散った。

 「シッ!」

 短い気合いと共に、シュッと剣を突き入れ、流れる様に引き足を取ると一呼吸の間にタン、タン、ターンッと三連突きを被せて行く。 

 右左に体を揺らしながら、カノンは後ずさった。


 体が伸び切ったな?! と思う頃合いで「フンッ!」と右袈裟に一閃、更に返す反動でバチーンッと左に切り上げた。

 カノンは剣と体の間に自らの剣をねじ込み、剣先を逸らすと後ろに飛んで転がる。

 容赦はしない。そのまま引き足を取ると、転がるカノンに剣を叩きつけた。

  

 「グォッ!」呻き声を上げた。

 叩きつけた剣が肩当てを切り裂き、傷つけた様だ。


 更にもう一閃! と剣を振り上げた時、不意に左手が上がった。バン、バンッ! と左手(海亀)に火花が散り、嫌な痺れが走る。

 「新手か?」

 衝撃が来たをサッとうかがうと、すっかり暗くなったあたりの空気に紛れる様に、何かが高速で近づいていた。


 俺が闘気をまとって、五感が三倍に引き上げられているのに気配が感じられない。索敵にもなんの反応も無かった。

 ああ。ーーーアイツだ。以前嫌になるほど付け狙って来たヒューガだ。


 「ヒューガか?」

 呼びかけに反応が有れば、それを頼りに斬るつもりだ。

 「......」

 返事とばかりに、バン、バンッ! と火花が飛んで来た。シールドで弾きながら、火花の軌道に飛びかかった。

 「フンッ!」

 横薙ぎに一閃。あたりの空気まで斬り裂き、カマイタチが発生する。バァンッと派手な音を立てて何かが転がった。

 (やったか?)

 暗くなったせいで転がった物も確認しづらい。

 目を凝らすと、転がっていたのはライオットシールドだった。

 「おとり......?! って事は当然ーーー?!」

 クルリッと身を翻すと、背後にいた何かを切り裂いた。

 バチャッ! と斬り裂く手応えがあった。


 「ギャァァッ!」

 大袈裟な悲鳴をあげて、ドサリッと倒れる音がする。


 「な、なぜ俺の異能『隠密』が? おまえ、や、闇夜に弱い筈なのに......」

 痙攣しながら、目を見開くヒューガが倒れていた。


 「なぜかって? 知るかッそんなもんッ」

 剣を振り上げ、ピュンッと振るった。バシュ!と弾ける音とともにヒューガの影が二つになった。


 (なぜ? あっさり『隠密』を見抜けた?)

 ふと浮かんだ疑問はすぐに霧散した。


 「あとは、てめぇの始末だな? カノン・ボリバル」

 そう言うと、肩を庇ってうずくまるアイツに「フンッ」と顎を突き出した。

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