鬼神

 Hit and Away (一撃撤退)


 私(コウ)は狙撃を終えると、次のポイントに移動を開始した。教会の鐘楼しょうろうが爆発したせいで、足を負傷したが、ポーションと回復魔法ヒールで処置をする。


 「行くぞッ」


 グルグルと魔法陣を描くと、光の滝が逆さまに吹き出した。「よっとぉ!」一気にその光の滝に身を躍らせた。

 その時コウヤが、一匹の鬼と化している事も知らずに。


 ◇◇コウヤ目線です◇◇


 広場に戻ると、ロン少尉が声をかけて来た。

 「コウヤ殿、コウヤーーー?!」

 息を飲んみ言葉を失う。

 あたりに禍々しい空気を振りまいて、血の涙を流す俺を見たからだ。


 「ロンさんよ。今からカノン、ボリバルを始末してくるわーーー。カノン・ボリバルの逃げて行った方向はわかるかい?」うつろな声だ。ゾッとするほど乾いていて、生気が無いのはわかっている。


 「狙撃箇所は、教会左手のあの建物です。正面の入り口からの目撃はないので、おそらく裏の勝手口から裏路地に紛れ込んだかとーーー」

 軽く手を上げて、感謝の意を伝えるとクルリと踵を返して教えてもらった方に歩き出した。


 片手をかざす。全方位に展開した索敵を、扇状に切り替えて絞り込んで行く。

 いたーーー。カノン・ボリバルなのか、他の獣人なのかまでは分からないがボヤッとした輪郭が浮かび上がった。

 以前ならビリビリとした感覚だけだったのが、建物の奥、恐らく勝手口のところだろう。ウロウロとうろついて建物の入り口を伺っている様子までわかる。


 「踏み込んでいったところを一撃ってところかい? それとも囮になって足止めする気かい?」 

 フッと冷たい笑いが浮かぶ。笑止ーーー。 

 抜刀したままカノンが狙撃に使った建物に侵入し、そのままズンズン勝手口まで歩いていく。そのままドカンッと蹴破った。


 「うわぁぁッ!」

 開けた扉の陰から獣人が躍り出ると手にした山刀マチェットを振り下ろして来た。

 身をひるがえす事もなくバチンッ! と、ただ横薙よこなぎに振われた剣は、持ち手ごと吹き飛ばした。刺客は呆気あっけに取られた顔をしてしびれた手と俺を交互に見ている。


 「どこに行った? カノン・ボリバルは?」

 じっと目をのぞき込む。

 「ひっ!」目を見開き、きびすを返して逃げようとする獣人の襟髪えりがみを、剣を落として右手でつか捕まえ引き倒す。喉が渇いていた。カラカラになった口に唾を飲み込んで、もう一度尋ねる。


 「どっちに行ったんだ? カノン・ボリバルは?」

 かすれてカサカサの声だ。唾を飲み込む。震えているだけで、口をモゴモゴ動かす相手につい声が荒くなる。

 「どこだぁッ!」

 掴んだ襟髪えりがみを引き寄せ、地面に叩きつけた。


 「グエッ!」


 「......次は腕を切り落とす」


 襟髪えりがみを引き寄せ顔をのぞき込んだ。

 なんの感情も浮かばない。殺そうと奇襲して来た敵だ。それなりの覚悟があったんだろ? それとも、自分だけは無傷で済むと思ったのか? ダンマリを決め込んで、タダで済むとでも思っているのか?


 「ーーーわかった」

 そう言うと襟髪えりがみを掴んでねじ伏せ、右膝で背中を固定した。近くに落ちていた剣を拾い上げると、左手(海亀)で肩甲骨を押さえつけた。



 「ひ、飛行船の発着場だ、発着場だよッ。もう、もう勘弁してくれよぉーーー」ズビズビと鼻をすすりながら「勘弁してくれ、勘弁ーーー」と繰り返す獣人に、胸糞むなくそが悪くなった。

 「雷撃スタン!」

 バチンッ! 火花がと弾けて、首筋に落ちる。

 ブルッ、と体を仰け反らすと獣人はうつ伏せのまま静かになった。


 (あれ? 俺こんな魔法、使えたっけ?!)


 フッと浮かんだ疑問はすぐに霧散した。今はカノン・ボリバルが先決だ。


 勝手口から東へと続く裏路地。人が一人通れたら良い方だ。昼間でも薄暗いその裏路地を駆けて行く。

 ビリビリッ! と痺れる様な感覚が襲ってきた。

 「来るーーー」

 予感の様なものだ。

 ステップを切り、脇道に身を踊らせた。


 道の両脇の建物から、油がぶち巻かれた。鼻の奥を刺激する揮発性の高いヤツだ。

 ヒョイッと、火のついた布を差し込んだ瓶が落ちて来て、ぶち巻かれた油の上で破裂した。

 ゴォッ! という音をたてて、紅蓮の炎があたりを包み込んだ。あのまま突っ込んでいれば、火だるまだった。


 左手を掲げると、シールドを展開し轟々と燃え盛る業火に近づいて行く。

 「熱いなーーー」ちょっと眉をしかめる。

 右手のミスリルの剣を掲げると「フンッ!」と気合いと共に打ち下ろした。一瞬、あたりが真空になる。

 パァンッ! と空気を断ち切り火炎ごと吹き飛ばした。

 

 (あれ? 俺、空気まで、断ち切ったよな?! こんな事出来たか?)


 疑問が、浮かびすぐまた霧散した。


 ピンッ! と閃光が目の端に映る。その都度、ステップを切って走り続ける。ガチャン、ガチャンッ! と立ち並ぶ建物の二階から物が落ちてくる。

 構わず走り続けると、おかしな事に気がついた。まるで、何年も住んでいる様にどこに向かえば飛行船の発着場があるかわかるのだ。


 (なぜだーーー?)


 ふと湧き起こる疑問も、すぐに霧散した。

 もうーーー。カノン・ボリバルにを叩き斬る以外になんの興味もなくなった。目の前の流れる光景でさえ、モノクロに見える。

 

 裏路地から抜けると、目の前が開けた。

 正面には背の高さほどの塀と、鉄の扉が見える。恐らくこの向こうが、飛行船の発着場に続く道だ。

 鉄の扉の前には十五、六人の獣人が待ち受けていた。

 いずれも黒い鎧で、手には手槍で武装している。


 面倒くさいなーーー。


 ひどく現実感がない。

 相手はちょっとした小隊クラスだ。普通これだけの獣人を相手に、無策で飛び込むなど自殺行為に等しい。


 「退けよーーー」ボソリと呟く。

 

 「ハッ?! たったひとりか?」


 先頭の獣人が、目を見開き歯を剥き出して威嚇する。その割には、俺の背後が気になる様だ。

 後詰の金属兵を心配していたのだろう。


 「カノン・ボリバルはそこの向こうにいるのか?」

 ぼんやりした口調で尋ねる。


 「テメーはここでくたばるんだ。知る必要は無い」


 「なんだ。いるんじゃねぇか」薄く笑った。


 ああーーー。面倒くさいな。

 「もう、君たちは良いから。邪魔だから、そこを退け」


 「ふざけてるのか? カノン様は俺たちの希望だッ! 死ぬのはテメーだよ!」

 いきり立った獣人が、ビュッ!っと手槍を投擲して来た。


 「フンッ!」

 ミスリルの剣を、クルリッと回すと手槍を叩き落とし、獣人を睨みつけた。


 「邪魔だっ、言うてんじゃねぇかッ!」

 横薙ぎに一閃。

 ドォンッ! と言う音と共に、塀と鉄の扉が吹き飛ばされた。もうもうと立ち登る土埃が収まると、さっきまでそこにいた獣人たちが薙ぎ払われ呻いている。


 「「「う、ううっ」」」

 呻き声を上げる獣人を尻目に、スタスタと鉄の扉があった場所を通り抜けて行く。


 (あれ? 俺ってこんな事出来たっけ?)

 ふと疑問が浮かんだが、すぐに消えた。

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