『赤の一号』

 さて、行きがけの駄賃だ。

 ワイヤーを振り回しながら左手を翳し、俺はシールドを展開した。


 辺りはなんの障害物も無い草原だ。

 列車以外に身を隠す物が無いから流れ弾が乗客に当たる可能性がある。だから転がす。

 転がすならワイヤーが最適解だ。


 冒険者の使用するワイヤーは特殊な加工が施してある。先端の輪っかになっていて、獲物が掛かると輪っかが絞られ捕縛する。

 ワイヤーの反対側にはフックが付いており引っ掛けられるようになっている。

 力負けして引き摺られない為だ。


 「リョウッ、準備は良いか?」

 リョウは客車の連結器にフックを引っ掛け

 「いいっすよッ」と手を上げる。

 さて、おいたの激しいミノタウルス君。

 お仕置きタイムだよ。


 機動車を背にミノタウルスと向かい合う。

「お、おいっ、君っ、危険だからさがって!」

警備の隊長が叫んでいる。

 俺はそちらに顔を向けて、大丈夫だと手をヒラヒラさせた。


 「ブモォォ!」


 俺の舐めた態度か癇に障ったのか、雄叫びを上げる。早速、長盾に身を沈めて突撃の構えだ。


 「ブモォォ!」

 黒い弾丸となって奴は突っ込んできた。

 ヒラリと躱す。


 「チッ、早えな?!」


 「ブモォォッ、ブモォォ!」

 素早く反転するとこちらに向き直った。


 目を真っ赤にして口から泡を拭いてやがる!


 「ブモォォッ、ブモォォ!」


 ズンーーッ ズドンッと長盾を翳して突っ込んで来た。ちょっとしたトラックに追い回されている気持ちになる。さっきよりスピードが増した。


 (まだだ。もうちょい!)

 仕掛けるタイミングを測りながら、ヒラリッと身を躱す。


 また反転すると、首を捻り角を振り回した。なかなか当たらないので苛ついている。

 いい頃合いか......?!


 「ブモォォーッ」

 ドドドッと地響きを立てて突進してきた。


 「おりゃ!」


 手にしたワイヤーの輪っかを引っ掛ける。

機動車に引っ掛けたワイヤーの端が、ピンッと張ってドウッと派手に転けやがった。

 長盾ごと体にかけたので、腕を畳んでもがいている。


 「さてっ、一丁上がりっとぉ」

 俺はミスリルの剣を引き抜くと、近づいていった。


 バタバタ暴れるミノタウルスを蹴飛ばし、ひっくり返すと背中を踏みつけて剣を振り下ろした。


 ガスッと音を立てて剣が止まる。鎧の隙間を狙って突き刺したのだが剣が通らない。鎖帷子くさりかたびらでも着込んでいるのか? 

 ならばと、後頭部目掛けて振り下ろした。これで目を回す筈だ。


 「ブモォォ!」

 途端に暴れ出した。って痛いで済むのかよ。どんだけ頑丈なんだ?!


 ガンッ、ガンッ、ガンッ、と大人しくなるまで叩きつける。


 「ふぅ、頑丈なヤロウだよッ」


 やっと大人しくなったミノタウルスから離れた。クタクタだ。

 辺りを見回すと警備隊とリョウが近づいて来た。

 「お見事です! 師匠っ。早速 さばきますんで」


 「え? 食べるの?」


 「なんすか? 食べないんすか?」


 お互い顔を見合わせる。

 「いや、ミノタウルス食べちゃダメでしょう」

 「結構、 美味いらしいッスよ」

 「......誰か食った事あるのか?」


 そんな俺たちを見て、警備隊の隊長が声をかけて来た。

 「イヤお見事! お見事です。あとは我々が処理しますので客車にお戻りください」

 ニコニコ人懐こい顔で握手をすると、客車へ誘導してくれた。


 パパンッ、パパン、パンッ! 乾いたクラッカーの様な音がした。

 そこら中で泥水を跳ねる雨の様に光のライトニングが降り注ぐ。俺は慌ててその場に伏せあたりを見回した。


 (新手か? どこから撃って来た?)


 機動車からだ。そこからクロスボウが突き出され、光のライトニングが降り注いでくる。


 左手でシールドを大きく展開し、迎撃の体勢を取ると走り出した。客車から離れて出来るだけ乗客に被害を出させない為だ。

 バチバチと光のライトニングが着弾し、弾け飛んだ。


 (リョウは? リョウは無事か?)


 見ると倒れた警備兵のライオットシールドを翳し身を潜めている。


 (よしっ! 反撃開始だっ)


 「なぁぁぁぁぁぁ! 」

 奇声を上げて機動車に走り出す。

 パンッ、パパパパンッ! と前方に展開したシールドに光のライトニングが着弾し閃光と振動を振り撒いて揺れる。


 このまま突っ込んで、引き摺り出してやる。

 走り寄せると、ガチャンッと連結器の外れる音がした。


 ドサリッ! と運転士らしき男が放り出される。 四車輌を切り離し、客車を一車輌だけにした機動車が動き出した。


 (列車ジャックか?)


 思う間も無く、ブィーンーーーーッと音を立てて列車は加速して行く。


 「ま、まてっ、止まれぇーーーっ」大声を上げながら、警備兵と傭兵が慌てて追いかけ始めた。

 パパパパンッと、機動車から光のライトニングがされて、慌てて飛びのいている。


 「クソッ」歯歪みして睨みつけるその先に、「ブモォォッ」っといつの間にか意識を取り戻したミノタウルスが猛然と走り出した。

 あっという間に俺たちを置き去りにして列車に飛び乗ってしまう。


 運転士の車窓が開き、ヒョウの顔をした獣人が中指をおっ立てて笑ってやがる。


 「あ・ば・よ」と口が動いているのがわかった。

 小憎らしい真似を......ッ! 

 追いかけるにも、加速を始めた列車は見る見る小さくなって行く。

 呆然と立ちすくむ俺たちを残して列車は走り去って行った。


 『赤の一号』

 列車のプレートに刻んであった名前だ。

 赤か......危険なサインってフラグかよ!


 チクショウッ、と足元の小石を蹴飛ばした。


次回 会議は目で脅す。反対したら殺す!

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