第9話 シン‥‥‥音のない世界。

 シン‥‥‥音のない世界。


 微かに自分の呼吸の音と、空気の流れる音。視界には澄んだ空と、眼下に雲海が広がる。


 すっかり髭面になり、余計な肉を削ぎ落とされたコウヤがいた。


 何日ここにいるのか忘れた。しばらく水と塩しかとっていない気がする。


 ただ鼻から息を吸い、口からゆっくりと吐く。


 頭のてっぺん(天中)から気を取り込み、へそした十五cmの丹田に落とす。

 気が溜まったら全身にそれを流し込んでゆく。

 それの繰り返し。

 ヒリヒリとした魔素を全身の皮膚に感じる。


 そのヒリヒリをまた、鼻から吸い込み口から吐く。丹田に魔素が溜まったら、全身に流し込んでゆく。


 軽く帯電した感覚になる。コウヤの体がボウッと発光を始める。

 光が増してきた。

 下腹から全身に力が流れ込んでゆく。


 スーッと息を吸い込むと、魔法詠唱を始めた。


「集え。集え。わが盟友たちよ。その力を我が身と我が剣に与えたまえ。

 我が身は金剛。我が剣はイカズチ。我が名は‥‥‥軍神アトラス」


 コウヤは金色の光に包まれる。

 我が身を媒介にして、勇者の力と軍神アトラスを憑依させる究極の魔術だ。


 (軍神アトラス 憑依!)


 天中から丹田まで一気に霊気が流れ込んできた。

 スェットの上下が弾け飛び全身が光に包まれる。白銀のアーマーを装着した軍神アトラスが出現した。


 軽く地を蹴り二階建の建物ほど飛び上がる。


 軍神アトラスはミスリル製の剣を引き抜き、ピュン! と空間を切る。


 眼下の雲海が驚いたように、大きくうごめいた。また体が発光すると、元のコウヤに戻ってしまう。


 「だぁぁぁぁぁっ」


 ハアハア肩で息をしながらへたり込んだ。

 『ひゃ、100メートル全力で10本走った感覚だな!? コリャ!)


 あたりの風景が、【時の間】の見慣れた武闘訓練所に変わる。


 擬似空間の中で憑依の訓練を繰り返していた。

 断食も感覚を研ぎ澄ますためらしく、以前のコウヤなら断固として断る! と言っていたはずだ。



 「一分持ったな。大した進歩だ! どうした? 根性なし!? えらいがんばったじゃないか?」後ろから声が聞こえた。


 「ほれ! 飯だ。かゆにしてある。ゆっくり食え! 急に流し込むと吐くぞ」

 勇者タガだ。笑いながら近づいてきた。


 「それとこれ着ろ。男の素っ裸なんざこっちが気持ち悪いから」


 コウヤは ヘっ! と軽く笑った。

 違いねぇや。


 ここ何日かでコウヤは変わった。

 ありえない走り込みと低酸素、高重力でのトレーニングで贅肉は削ぎ落とされ、休む間もなく魔力と霊気のトレーニングをしている。


 (だが、まだまだ足りない)


 耐久性に優れた訓練服に着替えると、かゆを掻きこみ高重力ルームへ向かう。


 勇者タガはニヤリと笑うと背中を叩いた。

 (ーーー付き合ってやるか?!)


 「白銀の荒鷲」

 この勇者のパーティーを人はこう呼ぶ。神速の勇者タガは、魔王オモダルと直接戦ったこのパーティーの数少ない1人だ。


 結果は全員死亡。

 前回魔王オモダルの戦いで、全員死亡していた。


 女神アテーナイの神力で、【時の間】にはこのパーティーのメンバーが召集されている。次の勇者にその技術とその経験を引き継ぐまで、この世に存在を許された。

 ちなみに、魔導師カミーラもこのパーティーの一員だ。


 四天王、魔王オモダルと直接対峙したことのある貴重な体験を、戦略に変える大事な役割も担っていた。


 「魔王オモダルは、火と光の魔法を使う。ライトニング光の矢、火山弾とファイア・ボム。

 これが主な武器だ。そして何より恐ろしいのは光の矢だ。ほぼ無限に、信じられない間隔で放って来る。

 そこで軍神アトラス憑依から、シールドを展開し光矢ライトニングを、ほぼ自動で防御する殺防御で光の矢を防ぎ、光速で剣技を振るう神速フラッシュ・ソードでトドメを刺す」


 「俺は光矢ライトニングでやられたがな」

 フっと自嘲気味に笑い、当時の映像を見せてくれた。


 勇者タガの視界で再現された記憶の映像だ。


 ヒューッ、ヒューッ、んぐっ……ヒューッ、と呼吸するたびに押しつぶされた喉笛が音を立てる。

 

 唾を飲み込もうにも一滴の水分も口の中には残っていない。

 目の前の光景にシンクロしたように勇者タガの感覚まで伝わってくる。


 「魔王オモダルッ。こ、これが貴様の最後だ」最後の力を振り絞って、詠唱をする。


 「軍神アトラス憑依!」勇者タガは光に包まれた。


 「シッ!」


 魔王オモダルの高速で振るわれた剣が、軍神アトラスを斬撃し吹き飛ばす。

 光の魔法が弾け飛び、憑依も解けて勇者タガは愕然とした表情を浮かべた。


 残酷に笑う魔王オモダル。

 「なんだもうガス切れか?」

 左手を悠々と掲げ、魔素を吸収すると火の魔法を発動した。

 「ポルカニック・ボムッ、火山弾!」

 無数の燃え盛る火山弾が降り注ぐ。


「さらに、ファイヤーボム!」

 ボムッ! と、シールドが易々と突破されあたり一面が燃え上がる。


「ア、アイスシールド!」

 不安定な視界の片隅に魔導師カミーラが映る。

 カミーラもまた全身傷だらけで、疲労からかやっと立っている感じだ。

 炎と氷の魔法がぶつかり相殺されてしまう。


 クックック、と魔王オモダルが肩を震わせた。まるで無力な足掻きをしている哀れな二人を嘲けるように。


 「健気よの。だがわが魔国ノース・コアを汚した罪を思い知るがいいーーーライトニング!」

 翳した手のひらから光の矢が放たれた。


 シュ......ッ、シュタタターーンッ。


 残酷な閃光と空気を切り裂くライトニングに串刺しになる勇者タガ。

 倒れゆく視界で、魔導師カミーラの串刺しになった姿が最後に映った。


 「カミーラ......」


 そこで映像は途切れた。


 「あまり気持ちの良いものではないがな。自分のラストシーンなんざ」フンと自嘲する。


 「魔力切れだ。二人とも何万という魔王軍を突破してきたんだ。たどり着いた時にはガス欠さ。もちろん味方が、魔王の間まで道を切り開いてくれたから辿り着けた訳だがーーー。

 魔王オモダルと対峙した時は、もうほとんど戦う魔力は残されていなかった」


 「だから‥‥‥」悔しそうに唇を歪める。


 「ここにたどり着くまでの、多くの同胞の命も無駄にしてしまった。だからこそだ! コウヤ‥‥‥おまえにはこんな思いはさせたくない。まずは魔力と体力、スタミナを鍛え上げる」

 勇者タガは一つずつ指を折って確認する。


 「二つ目は防御だ。基本のシールドを強化する。三つ目は剣術だ。攻防一致の『光陰流』を伝授する。魔力強化は魔導師カミーラに頼んである。まずは魔力を練り上げるところから‥‥‥」


 んーーー?


「おい?」


 コウヤは残像を残して消えていた。


 次回コウヤは魔導師カミーラにいいように

されながら次のステージに進む

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