第2話 転移



   ■



「もう少しか……」


 腕時計を確認しながら、人気の無い路地裏に来ていた。

その更に奥にある、目的地である廃ビルに着いた。

裏口のドアの真ん前に来る。今の時間は………っと。


「午後2時47分か………」


ドアに向かって、声を掛ける。


「お~い!着いたぞ~」


勿論、返事は無かった。


「まだなのか?30分前行動しとけっつたのに……」


独りで愚痴をこぼす。

無論、声だけが跳ね返ってくる。


「今は…52分か……」


「あとちょっとだ」と自分に言い聞かせる。

あと8分もすれば、《扉》が開くハズ。

8分………か。


「微妙に長い………」


 意識すれば、するほど長く感じる。

いや、こんなのは今までに比べると一瞬に過ぎない。

今思えば、7歳の時に、ここに連れて来られてから、色々とあった。

幼馴染と呼べるのか分からないが、いつも一緒にいる友逹だって出来た。

幼い頃は、よくいたずらなんかをしていた。

が、もうそれも終わる。

自分にとって、いい事だったのか悪い事だったのか

どちらとも言えない事だったのか解らない。


「59分か………すぐだったな」


 考え事をしていると、いつも時間を忘れそうになる。

おかげで、長く感じることがなかった。

腕時計の針が、カチッと音をたてた。

時計が、3時を刻んだ。


「時間か……」


瞬間、ドアの奥から光が漏れた。

ほんの数秒、光が続いた。

これで……………


「この世界とも、お別れか………」


最後ぐらい、アイツに挨拶ぐらいしとけば、よかった。

と、後悔した。


「お~い!着いたぞ~」


もう一度、言ってみた。

分かっている。今度は《声》が返ってくる。


「はっ!只今お開け致します!」


 一つの、聞き覚えのある声が聞こえた。

透き通るような、落ち着いた声。

少し、安堵を覚えた。


「いいよ。自分で開ける」


その《声》は、


「か、畏まりました」


と返した。

ガチャっと、ドアを開ける。

消えたはずの光が、出迎えてくれる。

白色の中、僕は進む。


「またここを通るなんてな」


こんな事を言いながら………



   ★



「ここは………?」


 ケーキ屋に入ったハズ。

……が、

何も無い………

比喩表現とかではなく、ホントに何も無い。

あるのは、ただただ、白い空間と………


「にょぉ?」


………一つだけ、何かがある………


「なんだあれ?」


近寄ってみると………それは、


「鏡?」


 そこには、身長は高校生の平均ぐらいの男が立っていた。

その細身の男は、眼鏡の奥で黒く光る目でこっちを見つめていた。

鏡の時点で解っていた。


「少し、痩せたか?」


鏡の前で、マッスルポーズだったりと、色々ポーズを取る。


「ふっ!ほっぉ!ふぅ~」


次は、髪の毛をいじくる。


「髪………切ろうかな……」


前髪が、目にかかりそうだった。

長い事、髪を切ったり運動したりと、体に変化を与えていなかった。

分かっている。一人だからこんなにも、自由にできるのだと。


「ご満足いただけましたか?」


知らないが、声が聞こえた。


「ちがっ!」


恥ずかしくて、咄嗟に振り返って否定してしまった。

そこには、THEキャリアウーマンと言わんばかりの人が

腰まであるこげ茶色の髪を揺らしながら、


「どうかなさいましたか?」


と聞いてきた。

どうもしてないけど………

けど、だけど………

この声………知らないハズなのに。

何処かで聞いた事が、遠い昔に聞いたことがある………気がする。

気がする………だけ……なのに、何処か懐かしい。

とりあえず、聞いてみる。

何を、だって?

………色々と、だよ………まず。


「誰?」


と聞くと、衝撃的な返事が返ってきた。


「私には、《個体名》はありません。従って、その質問にお答えする事が出来ません。」


「は?」


余りにも、意味が解らなかった。

頭の理解が、追いつかなかった。

人には、名前があるのがの事だと思って生きてきたから。

例外は無い、そう思い込んでいたから。


「ない?名前が?」


「はい。仕事に支障も無いので……」


何?この人(?)ナンカコワイ。

コワイヨコノ人(?)。

アタマヨ、レイ静ニなれ!


「ふぅ~~~」


よし!これで大丈夫。

どんな答えが、来ても冷静でいられる。

多分。

ま、まぁいいや。いやよくないけど……


「仕事って何ですか?それと女の子、来ませんでした?茶髪で、ツインテールの」


「一つずつ答えさせて頂きます」


女性は一拍置いて、答え出した。


「仕事については、機密事項ですのでお答えできません」


又もや、意味が解らない。

答えるっつったじゃねーかよ!

僕のそんな思いを無視して、女性は続ける。


「次に、女の子とはよう様の事でしょうか?」


知っている、と言う事は………

僕の頭が、急激に回転しだす。

同時に、物凄く冷静になる。


「ここに来て、何をしてた?」


「貴方が、今からする事です」


「つまり、用が済んでここにはいないと……」


「その通りでございます」


「これから、僕がする事って何?」


すると女性は、「それでは、始めます」と言って僕を指した。


「貴方は、これから異世界に行って貰います」


「は!?」


僕の驚きを、よそに淡々と続ける。

何度も、そうしてきたかのように指で軽く手のひらサイズの円を描く。

円は瞬時に幾何学的な模様が描かれ、魔法陣に変わった。


「貴方の些細な望みを一つだけ叶えます」


何なんだこれ?状況が飲み込めない。

取り敢えず、願いを言えばいいのか?

じゃぁ……と間をおいて、


「視力の回復をしてくれ」


女性は、驚いたのか少し戸惑って、「分かりました」と言った。

瞬く間に、眼鏡のピントが合わなくなってくる。

眼鏡を取ってみると、よく見える。


「でき……た……のか?」


その問いに、女性は笑顔で。


「はい!完了致しました!響弥きょうや様!」


「は?なんで………知って…る」


僕は、女性に押されてドアの前まで来た。

女性に、「お開けください」と言われた。

ドアを開ける。

そこには、見たことも無い景色が映っていた。


「これが………異世界………」


僕が感動していると、後ろからドンッと押された。

衝撃でこけそうになると、


「いってらっしゃいませ!響弥きょうや様!」


と聞こえた。


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