第15話  侵略者の心の中

 何もない世界。誰からも求められない世界。他人に知られたくないことを存分に出来る世界。

 

(の、はずだったんだが)


 実咲は球体を目にして、ため息をついた。緊張とほんの少しの恐怖が混ざった吐息だった。


 俺は周囲を見回した。不思議と、目指す場所は球体だと分かった。


 先程の禊の影響だろうか? と考えてみたが、答えは分かりそうにないので保留する。


 恐怖心も、まるで母のお腹の中にいるように、少なかった。


 俺は球体を再び見つめて言った。


「少し、怖いな。……だけど、ここで動かなきゃ男としての名折れだよな」


(今は先輩のことは忘れよう。目の前のことに集中するんだ)


「よし!」


 俺はバンッと頬を叩いてみた。そして意気揚々とこう叫ぶ。


「ワンチャンを掴めよ! オレ!」


 足に力を入れ、俺は跳ぶ。まるで、水中にいるかのように、ゆっくり高くまで跳べた。


 頭が球体に入ると、貧血の時のような目眩を感じた。


 気持ちが悪いので急いで目線を戻し、周囲を見た。


 知らない場所だった。いや、正確には、見たこともない場所だった。


「なんだ、ここ……?」


 そこらじゅうに糸のような物が渦を巻くように泳いでいる。


 それらは少しずつくっつき、パイプほどの大きさに成長する。


 だが不思議と、気持ち悪さはなかった。それどころか、神聖なもの特有の神々しさまで感じるしまつだ。


 俺は驚きつつも、この場所を観察した。


 全体的に青白く、ところどころにシャボンが浮いていた。構造は、神殿を小さくしたようなつくりだった。


 中央にはただ一つ、光るたまがあった。


 俺はそれに魅せられたように見つめた。


「——え?」


 ガクッと膝が落ちる。目眩がひどくなり、嘔吐にまで襲われそうになった。


「うっ……!」


 俺は急いでそれを押さえる。遅いくらいだが、やっと理解した。あの球こそが、この目眩の正体なのだと。


「……!」


 球を見ないようにと目を背けていると、声が聞こえ始めた。


 それは励ましの言葉でも、叱る言葉でもない。


 これは俺がよく知っている言葉だった。


「死にたい」

「助けて」

「逃げたい」

「死にたい……?」

「あ、あえ? 何故、ココニイル?」


(また、この声だ。気分が悪くなる)


 俺は阿鼻叫喚あびきょうかんの嵐を体に浴びながら、ボソッと呟いた。


「まあ、わからなくわないけど」


 その一言が呼応したのか、ポトっと音がした。


 実咲は振り向いて、その後の方向を見た。


「……水?」


 水が、溢れている。


 俺はそのどこから現れているのかわからない水を触りに、一歩踏み出した。


 その時だった。アイスを割った時のような音が響き、糸が集合する。


 なんだろう? と俺が思っていると、糸はあの気持ちの悪い球に集まり、一つの黒い球となる。白から黒へ、糸は変色した。


 俺は不思議と近づいた。


 初めて球を見た時と同じ。魅せられたのだ。


 だが、今回は途中で意識を戻した。その黒い球体が勢いよく空へ飛ぶ。


「え?……っ、な!?」


 俺は目を丸くした。


「あれは……」


 その糸の集合体が、まるで龍のように見えたから。


 俺の体は動かなかった。


 龍は空中で急降下を始める。その着弾地点は、やはり俺だった。


「おい、おい、おい!!!」


 障害物なんてお構いなし、龍は神殿を壊しながらこちらへ向かう。

 

 俺はつい、手を上にあげた。まるで、銃を突きつけられた人間のように。


「降参、降参! 降参だってーっ!!」


 パクッ。


 咀嚼音はしなかった。だが一つだけ、その後に響いた音がある。


 ゴックン!


 龍は実咲を乗せ、空を舞った。


 神殿らしく、静寂がその場を支配する。そして、何もなかったかのように神殿は自分勝手に修復する。






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