第12話  出会い

 俺は起き上がり、腹を慰めた。


(痛い。とても痛い。……しかし、さっきの攻撃が致命傷になってなければいいけど)


 もし骨が折れていたら……と青ざめてしまう実咲。


 そんな実咲を気にも留めず、実流黒みるくは言う。


「わらわの勝ちー」


 実咲はお爺ちゃんのように腰をポンポンと叩きながら言う。


「倒したの?」


「もちのろん!」


 実咲はため息を吐きながら思う。


(よかったよかった。これにて一件落着かな?)


 だけど、何故が虫の何所いどころが悪い。

 

 これが、第六感ってやつなのか?


 ……まさか! 俺にも特別な能力が!?


「——ゆ」


「……?」


 突然聞こえた知らない声。


 二人は戸惑う。


実流黒みるくちゃん?」


「いや、私じゃないです」


 またも、キャラを忘れる実流黒。だがそんなことを気にしている場合ではなかった。


 ゴソゴソと音がする。その方向は先程侵略者を押し潰したはずの壁からだった。


 実咲と実流黒。二人は同じくして、背筋を凍らせた。


「——憂愁ゆうしゅう


「……誰だ?」

 

 実咲が口を開いたその時。侵略者は言った。


憂愁ゆうしゅうぅ。恐怖。消える虚空こくう。何故消える。何故消えるああぁぁぁぁあ!」


「……耳が!」


 実咲と実流黒、二人は同じ感想を抱く。


(耳が痛い——!!)


 鼓膜を破壊する音に悶える実流黒。実流黒は耳を押さえて膝を落とした。


「あぐぅ……痛い、痛いよお」


 死を感じた実流黒。だが、実咲はたった一人、侵略者を見ていた。


(痛い、痛いけど! あいつライオン似の侵略者程じゃない!)


 実咲は歩いた。


 少しずつ、侵略者に近づくように。


「……!」


 その時、音が止んだ。そして、暗闇がまた、この場を支配した。


(……これは、あの時の!)


 実咲は、図書館に入ったばかりの頃を思い出した。入った時に襲われた謎の暗闇。


 それがまた、現れたのだ。


 だが、前とは違う点があった。一瞬で暗闇が晴れたのだ。


「——あれ? 鳴きやんだ?」


 実流黒は少し遅れて理解した。


 だが、実咲は黙ったまま。


「……」


 かちっ……かちっ……かちっ……かちっ……かちっ……かちっ…かち。と、時計の音だけが鳴り響く。


 実流黒は恐怖からか、つい怒鳴ってしまった。


「酉乃! わらわが聞いてんだから、妾の方を向きなさい!」


 ぐらぐら……と人形のように動く酉乃実咲とりのみさき


 呆れたように実流黒は言った。


「……あの、大丈夫ですか?」


「……」


 またも、酉乃実咲は喋らない。


「……あの!」


 相槌を打つ酉乃実咲?


「っ! だから、なんで何も言わないんですか! きれますよ!」


 無音が続く。

 それを破るように成未なるみが一言。


「あの!……………え?」


 目と目があう二人……。


 成未美流黒なるみみるく本当に理解していたのだろうか?


 否。成未実流黒なるみみるくはまったく理解していなかった。


 こいつが、


「あなた……だれ……?」


 その問に答えるように仮称酉乃実咲が一言。


「お……れは……とり……ののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののの?……みぃさぁ…みぃさぁ……みぃさぁ! きぃぃぃぃぃぃ!」


 まるで、壊れたCDのように、仮称酉乃実咲は不気味に言う。


 顔は笑っていた。


「——お前を……侵略する」


 かちっ……かちっ……かちっ……かちっ……かちっ……かちっ……かちっ…かち。時計の長針が、動いた。


 それに呼応したかのように、実流黒は叫ぶ。


「いや、助けて……たすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 実流黒は逃げるようにして走った。


 そしてまた、時計の音が。


 かちっ……かちっ……かちっ……かちっ……かちっ……かちっ……かちっ…かち。


 鳴り響いている……。


 □◼︎□◼︎□


 実咲は目を開く。


「ここは?」


 つい、呟いてしまった。


 ……何が起きた? 俺は確か、侵略者に向かって歩いた後、あの暗闇が現れて、それで……。


 思い出せない。


 ふと、後ろを見ると、エレベーターによくあるボタンがあった。


 実咲は理解した。


「……ここは、エレベーターなのか?」


 実咲はそう呟いた後、目を見開いた。


(このエレベーターってまさか、来る途中に見たあの……)


 実咲は青ざめていた。


「そうだよ。ここはエレベーター。あなたが悩みを抱えているから、ここへ来たの」


「——え?」


 実咲は聞き覚えのある声に絶句した。


 実咲は恐る恐る後ろを向くとそこには、寄生虫のような侵略者がいた。


 侵略者は言う。


「——わたぁしが! あなたの悩みを解決してあげぇるぅ。だから私を受け入れて!」


 実咲が抵抗する暇すら与えず、侵略者は実咲の中に入った。


 それは物理的なのもではなく、神秘的なものであった。


 侵略者の本能。実咲はこんな時に、授業で教わった事を思い出していた。


(……確か、侵略者って、人間の思考を奪うんだっ……け……?)


 実咲の抵抗はそこで途絶え、侵略者は悠々と実咲の腹に現れた光る穴に入って行く。


 侵略者の魂のようなものが実咲を包む。

 

 実咲は少しずつ、侵略者と一体化していく。体だけではなく、心までも。


(……このままコイツを受け入れたら楽になるのだろうか?)


 実咲はふと、そんな事を考えた。


(先輩には迷惑をかけて、外の大人には嘘をついた。これが終わればたらふく怒られるだろう)


 その時の風景を考えると、不思議と逃げたくなる。


 ……あれ? なんで俺、ここにいるんだろう?


「……」


 実咲は微笑した。


(そうだよ……このまま逃げれば、あの秘密も…あの罪も……消えるなら、このまま…………)


「……!」


 実咲の脳裏に、懐愛なつめがよぎる。


「てっ、だめだろ!」


 実咲は腹に空いた光る穴から侵略者を引っ張り出す。


 だが、抵抗する侵略者。


 実咲は言い聞かせるように言う。


「俺には俺の信条しんじょうがあるんだ! なのに人の心にズケズケと入ってくるなよ!!」


 ズボッと音を立てて、侵略者は外に出た。


 侵略者は恐れているかのように、実咲を威嚇する。


 実咲は離れた侵略者に近づきながら、言う。


「悩みがある? 当たり前だよ。悩みなんていくらでもあるさ! だけどな他人に全てを任せるだけじゃダメなんだ!」


 綺麗事かもしれない。だけど俺は、信じているから!


「自分だけじゃない! 全ての人と手を取り合って生きていく! それが俺の信条だ! それを理解できないのに俺を助ける? 無理に決まってるだろ!」


 実咲は怖さを紛らわせるかのように、大声で侵略者に言った。


 そして思う。


(……悪いとは思っている。ここまでのストレスを全てこの侵略者にぶつけているのは悪いことだ)


 ……だけど! 誰彼構わず侵略しようとする奴にはお説教が必要だ!


 だから!


「なあ侵略者、お前はどうして人を乗っ取ろうとするんだ?」

 

 侵略者は少しずつ、糸のような体で人体を模していく。


「ごちゃごちゃうるさい。それ以上喋るな」


 侵略者は、頭を押さえる。


 それを見た実咲は言う。


「喋ってほしくなけりゃ、殴ってくればいい。だけどお前にその意思がないって言うのなら——俺はお前を信じる」


「信じる?」


「そうだ。人と手を取り合って生きていく!それが俺の信条だから!」


(自分でもバカな案だって思う。だけどこれしか無いから)


「こいよ、侵略者」


 実咲は微笑する。


「俺を、侵略者してみろよ!!」


 空気が揺れた。それほどまでに、実咲の熱は上がっていた。


 だが、侵略者はその真逆の反応を見せる。


「はぁはぁ……何故私は……侵略をしているんだ?」


「……?」


「何故私は! 人間を襲っているんだ? 教えてよ!!」


「がぁ!」


 少しずつ、感情のようなものが生まれたかのように喋っていた侵略者だったが、混乱の末か、実咲の首を掴んだ。


「うっ……な、なあ! 俺はお前と争いたくないんだ、だから」


(俺は知ってしまったから! コイツの気持ちを! 一体化した時に!)


「なあ! 落ち着けよ!」


「うっ、うがあ!! 何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故?」


 侵略者は息を深く吸う。


「ああ、そうだ……私は侵略者だから……ああ! そうだ! そうなんだ!」


「……やばい」


 意識が薄れていく。


「——あなたを、侵略する」


 侵略者はそう言って、実咲を投げた。


「痛っ!」


 侵略者は俺の腹に光る穴を作る。


 俺は不思議と、笑っていた。


「……こいよ、絶対に和解してやる!」


 □◼︎□◼︎□


 一方その頃、エレベーター前では。


「開いて開いて、あいてぇぇぇ!」


 ドンドンドンドン! と実流黒はエレベーターのドアを叩く。だが、現実は非常なり。


「侵略! 侵略! しんりゃくぅぅぅぅ!」


「いやぁぁぁぁあ!」


 実流黒は開かないドアを叩き続ける。


 後ろの鬼神達に気づかないまま。

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