第11話  中二病女子中学生

 俺は、自分という生き物が嫌いになった。


(……先輩の邪魔をしてしまった)


 俺は、どちらかというと平和主義側の人間だ。目の前に困っている人がいれば迷わず助けるし、目の前にいなくても、できる限り、その人の手を取りたいと思う。


 だが、それが悪い方向へ空振りすると、どうしようもなく自分が嫌いになる。


 と、俺は先輩にたわらを持つように担がれながら、思った。


 俺は先輩を一瞥した。先輩は俺を守りながら、侵略者の攻撃を避けていた。


 俺はこれ以上、先輩に迷惑をかけるわけにはいかないと思い、あるジェスチャーをした。


 実咲は手を上に持っていき、そのまま、投げるような素振りを見せる。そして図書室の入り口を指差した。


 懐愛は頷いた。そして、思う。


(本当に、そんな事して大丈夫なの?)


 私は、実咲の目を見た。実咲の目から、覚悟が伝わった。


 懐愛はリオンに攻撃を加える。そしてリオンが怯んだと同時に——実咲を投げた。


 実咲は聞こえないまま、言う。


「うアァァァァァ!!!!!」


 ゴンッと音を立て、実咲はドアにぶつかった。


 実咲は思う。


(……痛いっ。脇腹にドアノブが当たった)


 そんな事を考えながら、実咲は脇腹を抑え、ドアを抜ける。

 

 そして、実咲は走った。


 無音が空間を支配する。実咲は耳の大切さを、思い知った。その時だった。


 実咲の体力の限界を迎えたのは。


 どちらかというとインドア派な実咲。筋トレもランニングはせず、家で済ますタイプ。そんな実咲だ。体力なんてものは、もうとっくに、尽きていた。


 アドレナリン。それが彼を守っていた。


 意識、視覚、嗅覚、当然、耳さえも、実咲を見捨てた。実咲の意識は途絶え、バタンと言う音だけが、その場に残った。実咲にそれは、聞こえない。


「……」


 足音が、無音であった空間に現れる。


 その正体である、少女は実咲に触れて言う。


「……あの!」


「ぶはっ!!」


 実咲は少女のし、まるで体に入った水を強引に外に出したかのような声を出した。


「がっはっ!!」


 激痛が、実咲を襲う。


「ああああっ。がああああああ!!!!」


 実咲は痛みを逃すように、床を転がる。


「痛い痛い痛い痛い……」


 そして、激痛はピークに達する。


「あああああ!!!!……あれ?」


 実咲は困惑する。少女は決めポーズを優雅に決め、言う。


「大丈夫か? お主、耳から血が出ていたが」


 少女は時代にあっていない、平安貴族のような喋り方で実咲にいた。


 実咲は言う。


「ああ。大丈夫。それよりも、おかしいくらい、無事だよ」


 実咲は少女を見て言う。


「なんで、おれ、耳が聞こえてるんだ?」


 俺は知らない少女を見た。その子の容姿は、俺と同じ、どこにでもいるような女の子だった。その子は波田親乱中学校はだしんらんちゅうがっこうの制服を着ていた。俺の高校、波田高校は中高一貫の学校だ。つまり、この子は俺の後輩に当たる。


 身長は中学生の平均くらいだった。


 そして特筆すべきなのが、この子は目に眼帯をつけており、頭には、アニメとコラボしたピンが付いていた。そしてバックには大量のぬいぐるみがあった。


 なら毎度のことながら、一言言わせてもらおう。


「……誰?」


 俺がそう問うと、少女は決めポーズを決め、我名わがを名乗る!


「——ふっふっふー。わらわはこの世に生を受けた、古代の最強魔法使い! 剛毅果断ごうきかだん! 唯我独尊ゆいがどくそん!! この世を統べる王になる女! その名も成未実流黒なるみみるく! 漆黒の服を纏し我が今、援軍に来てやったぞ!」


 俺は頭にハテナを浮かべ、訊く。


「どうしてここに?」


「先程、わらわに予言がおりたのじゃ」


「……と、いうと?」


「さっきそこで占い師に聞いた」


 と実流黒みるくは言うと、汗を垂らし、言う。


「……さっきそこで、専属占い師に聞いたのじゃ」


「……はあ」


 俺は疑問に思ったことを訊く。これには決して悪意はない。あるとすれば、いたずら心のみだ。


「その喋り方は……キャラ?」


 俺がそう問うと、成未実流黒なるみみるくは焦ったように言う。


「べっ、別にキャラじゃないですうー!」


 そして、またも、焦る実流黒。


「あっ、じゃなくて……。キャラでは無いわ! 愚民が!」


 俺はニヤニヤした。


「やっぱり、キャラだー」


 実咲がそう言うと、実流黒は怒りを抑えられないようで、言った。


「……もういい。それより、わらわに感謝せぬか! その傷は、


 俺は、目を丸くした。


「……そうだったの?」


「そうじゃ! だから感謝するのじゃ!」


 実流黒はそう言って、回り、決めポーズをとる。


「……そうだったんだ。治してくれてありがとう」


 実流黒はそっぽを向く。


「礼はいい。恩を返しただけである」


(……恩? 何かした覚えはないけど)


「俺、何かしたっけ?」


 実流黒は言う。


「あなたは、私の……あっ、違がっ! ゴホン! わらわの父上を助けたであろう!」


 実流黒は小声で続ける。


「それと、怖い人から助けてくれた……」


 実流黒は実咲を見る。そして、大声で言った。


「その恩返しである!」


 実咲は訊く。


「父親……あの優しかった男?」


「そうだ!」


 実咲は思う。

 

(面影無し!)


 だが、これとそれは別だ。


「よかったね。お父さん、助かって」


 実咲は思う。

(成未ちゃんの口ぶりから、多分、お父さんは助かったんだろう)


 実流黒は言う。


「何を人ごとみたいに……でも、ありがとうございます」


 一瞬現れた実流黒の本当の姿。実咲は少し、好奇心に駆られた。


 そして、気づく。


「……先輩!」


 実咲は思う。


(俺は何をしているんだ! 楽しく雑談してる場合じゃないだろ! 耳が治ったのなら、速く戻らないと……だけど、何か対抗策を用意しないと、また、アレにやられる)


 実咲は顎に手を持っていき、考える。


 それを見た実流黒は訊く。


「先輩って? あと、あなたの名前は?」


 実流黒は聞く権利はあるはず! と言わんばかりの顔で実咲を見た。


 実咲は言う。


「俺は酉乃実咲とりのみさき。酉は普通の鳥じゃなくて西に似てる方の酉。先輩っていうのは、俺の大切な人のこと」


 実流黒は正直に答える。


「へー、変な名前」


 実咲は呼吸を置かずに反論した。


「ひっど! 初対面の人に言うこと!?」


 実流黒は実咲の圧に負け、肩を落とした。そのまま体育館座りをした。西日本では三角座りと言われているらしい。


 体育館座りのまま、実流黒は言う。


「ごめん……」


 実咲はどこか弱いものイジメをしたような気分になったが、(俺は悪くない!)と目を逸らした。


 実咲は打って変わり、侵略者の事を考える。


(この世界にくる侵略者はまるで動物をコピーしたかような見た目をしている。そしてコピー元と同じ性質を持っている。ならば、ライオンの弱点はあいつの弱点にもなりえる)


 だがあいにく、俺にライオンの知識はない。


 どうするべきか悩んでいると、成未ちゃんが口を開いた。それも余裕が無い声で。


「……酉乃。あれ何?」


 俺は成未ちゃんが指さす方向を見た。そこには、


「なんだ?」


 ドロドロで形を保てていない。不気味な何かがいた。

 

 それが少しずつ、全貌ぜんぼうを明かす。

 

 バシーンッッッッ!と音を立て、まるで寄生虫のような一本の糸が現れた。その黒い生き物は俺たちを見つめている。


 まるで明鏡止めいきょうし——。


「ぶっ!」


(腹が……)


「ガハッ!」


 黒い寄生虫のような何かは、実咲の腹めがけて突進した。そして実咲は壁にぶつかる。


(……痛い! なんで今日は、腹ばかり。それに、背中も痛い)


 俺は、成未ちゃんに注意喚起を促した。


「成未ちゃん! こいつ侵略者だ。気をつけて!」


「分かってます!」


 実流黒は自分のキャラを忘れ、目の前の敵に、制服のそでの中に隠していた機械を向けた。


 実流黒の腕から魔法陣が現れる。実流黒は言う。決めポーズを決めて。


「お前の罪はただ一つ。わらわに喧嘩を売ったことである!」


 魔法陣が回りながら、侵略者めがけて進む。そしてそれは速く、侵略者に簡単に当たった。魔法陣は侵略者を壁に押し潰そうとする。実流黒は微笑する。その笑顔はまるで、自分の絵を親に自慢する子供のような、自信に満ちた笑顔だった。


 俺はその光景を見て、つい、ツッコんでしまった。


「てっ! そこ魔法出すわけじゃないんかーい!」


 幸か不幸か、癖の強い援軍が来たようだ。



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