第10話  懐愛の過去

 今、図書室で決闘が始まろうとしていた。


亜衣坂懐愛あいさかなつめか。いい名前じゃねーか」


「それはどうもありがとう! だけど、あなたに言われてもあんまり嬉しくないわね」


 懐愛なつめはっきりそう答える。そして、思う。


(それにしても、どうして今、こんな事を思い出してしまうんだろう)


 あの時、私が中学生時代の話。


 □◼︎□◼︎□

 

「私は……」

 

(頑張れ! 頑張って私!)


 私は自分を鼓舞する。その理由は単純明快。私の目の前にいる子、酉乃実咲とりのみさきという男の子が、好みの顔だから。


「私の名前は……」

 

(頑張れ、頑張れ! こんなところで乙女見せないでよ)


 私は勇気を絞る。


「私の名前は、亜衣坂懐愛あいさかなつめ。あなたより一学年上だけど、よろしく」

 

 感無量。私はそっと胸を下ろした。


 そして、酉乃実咲は言う。


「……よろしくお願いします。それにしても、いい名前ですね。かわいいです」


 と、酉乃実咲は笑いながら言った。私はなんとも不思議な気持ちになった。


「そう? ありがとう」


 私は、そっけなく返した。


 これが初恋の始まりだった。


 □◼︎□◼︎□


 私は、微笑した。そして、ふと、思う。


(懐かしいな)


 私は、今一度、侵略者を見る。思い出に浸っている場合じゃない。


 懐愛は言った。


「私は名乗った。あんたは?」


 静かに目を瞑り、侵略者は答える。


「俺の名は、リオン。それだけさ」


 侵略者の熱きまなこが亜衣坂懐愛を襲う。


 懐愛はそれを受け取る。


「いい名前ね」

「お前に言われてもうれしかねぇな」


 二人は会話を終わらし、静かに間合いをとる。


 明鏡止水。そう呼ぶにふさわしい瞬間だった。


 ジリジリと二人は間合いを詰める。


 そして今! それは始まった。


「絶対! 負けないから!」

「それはこっちのセリフだっっぜ!」


 双方、床を蹴り上げる。たった一回のジャンプで、お互いの距離を詰め、ゴッッッッッ! と骨がぶつかる音を立てる。二人の拳が交わる。


 懐愛なつめは笑い、リオンは驚いた。


「マジかよ……がっっっ!」


 ドンッッッッ! と音を立てて、リオンは図書室の端まで弾き飛ばされた。


 懐愛は、己の手を見る。


 手は真っ赤に染まっており、皮があちこち剥げていた。


「……痛いわね」


 懐愛は思う。


(殴り慣れているはずなのに。私ってここまで軟弱だったの?)


 懐愛はそんな事を考えながら、リオンを飛ばした方向を見る。


 リオンの姿は見えなかった。私は呟いた。


「とりあえず、確実にDelete消去しに行こう」


 懐愛の頭に、またも思い出がよぎる。


(なんで今日は、こんなにも、実咲のことを思い出すんだろう。不思議だわ)


 □◼︎□◼︎□


 中学の頃、私は実咲に、こんな事を聞いた。


「酉乃」


「何ですか? 先輩」


「なんでもない」


「え?」


 私は、恋人のようなやりとりに、心がほっこりしていた。


 「あ、そういえば先輩! 対侵略者組織に入るって本当ですか?」


 酉乃が私に質問してきた。私は嬉しさのあまり、キャラに似合わない高い声で言った。


「そうだよ! すごいでしょ」


 我ながら、恥ずかしいほど胸を張った。もう少しで、「えっへーん」とまで言ってしまいそうだった。


 そんな私とは裏腹に、酉乃は言った。


「いや、そんなに意気揚々と答えないでくださいよ! わかってるんですか? それに入ると毎日のように侵略者と戦わされるんですよ!」


 たしかに、酉乃の言う通りだ。私はそう思ったが。


 だけど、侵略者を倒す事が、私の夢だから。そこは、諦めきれない。


 だから私は言った。


「酉乃、ごめんね。対侵略者組織に入るのは

 私の夢だから」


 私がそう言うと、酉乃は分かってくれたみたいで、こう言ってくれた。


「夢か……夢なんだったら、止めるわけにはいきませんね。頑張ってください! 応援してます、先輩!」


 私は笑顔で言った。


「ありがとう、酉乃!」


 そして、私は侵略者と戦い始めた。


 □◼︎□◼︎□

 

 私は、リオンを探す。


(……確か、この辺に飛ばしたはず)


 なのに、あたりを見回しても、リオンはいなかった。私は暗いせいかもと思い、カーテンを開けようと近づいた。

 

 その時、気づいた。


「っ!?」


 後ろの気配に。リオンは言う。


「よう、やっと来たか。遅かったな。懐愛なつめ


 懐愛は絶句する。そして思う。


(嘘……あれは私の全力なのよ。今まで戦ってきた奴だって、あの一撃で勝てたのに。……いや違う、一回だけ、効かない奴がいたっけ。まさか、そいつと戦った時のように……!)


 怯えている懐愛を無視し、リオンは微笑しながら言う。


「おいおい、何だんまりしてんだ?……懐愛なつめ、黙ってるならこっちからいくぜ!」


 リオンは傷ついた拳で亜衣坂懐愛あいさかなつめを襲う。


 懐愛はそれを咄嗟とっさに受け止めた。


 バンッッッッと音が鳴り、懐愛の体は少し後ろへ動いた。


「それでこそ」

 とリオンが言った。


 懐愛は敵を睨み、言う。


「全力でダメなら、もっと全力を出せばいい——よね!」


 懐愛は拳を握る。


 懐愛はリオンの拳を受けた右手でリオンの手を掴み、左足でリオンの足をはらう。体制を崩したリオンの頭を、容赦なく左手で殴った。


 だが、リオンはそれに合わせて、懐愛の脇腹わきばらを強引に殴る。


「ぐっ……うっ」


 懐愛は手を離し、後ろへ引く。そして、持ち前の能力を使い、身体能力をさらに飛躍させた。


 まるでピンボールのように、四方八方から殴っては逃げるを繰り返す。


 だがリオンは、仁王立ちを続けた。


 懐愛は飛び、天井を腕で押す。その勢いを残しながら、両足でリオンの頭にドロップキックをり出した。


 リオンはそれを受け、膝をつく。懐愛は一度後ろへ下がる。


 リオンは頃合いかのように、言う。


「今度は、こっちの番だぜ……」


 リオンは懐愛へ向けて飛び、拳を振る。


「レオ、ボンバーダ!!」


 リオンはそう叫ぶと、右手に力を込め、懐愛を殴った。


 懐愛はそれを左腕で受ける。


「はぐっ……!」


 懐愛は壁にぶつかる。


 だが、意識は残っていた。懐愛は体勢たいせいを急いで取り直し、左腕を確認する。


(嘘……真っ青になってる。——だけど、腕は動く。折れてはいないみたいね)


 そんな事を考えているのも束の間、リオンが現れ、懐愛に攻撃を加える。


「レオ、キトープグヌス!」


「うっ……!」


 先程とは打って変わり、力でなくスピードを重視した拳を、リオンは懐愛にぶつける。


 行き着く暇もなく、リオンはそれを連続で繰り出す。


「セクンド!!」


 骨同士が当たる音が、続く。無防備だった懐愛も、途中から拳を振る。


 拳同士が当たり、お互いの熱が上がる。


 身体能力が元々高いリオン。身体能力強化という能力が使える亜衣坂懐愛あいさかなつめ。一見すると同じ二人でも、本質は違う。


 その戦いは常人には理解できないほど早く、そしてお互いの欲望がぶつかり合っていた。


 一人は獰猛どうもうな本能からの戦闘欲求。もう一人は復讐と怒りの戦闘欲求。


 お互いの戦いは激化し、いつかは……どちらかの体力が尽きる。それは刻一刻こくいっこくと、近づいていた。


「——強ぇな。さすがだ。でもここまでだぜ、懐愛なつめ!」


「くっ!」


 懐愛はリオンを睨む。そして考える。


(私は負けない……。全力で拳を振るうのよ、勝つために!)


「うぁぁぁぁぁあ」


 ラッシュを繰り出せ! あいつよりも早く!


「終わりだって言ってんだろぉぉぉぉお!」


 双方譲らない戦い。そしてついに、懐愛の拳が、リオンの胴体に飛んだ。


 ドンッ!!! と音を立てて、リオンは後ろへ飛ばされた。


 懐愛の金色の長髪は横へ揺れ、止まる。


「……倒した?」


 私がそう呟いた途端、リオンが立ち上がった。


「面白え」

 とリオンは呟く。


 懐愛は危機を感じ取った。


(っ!……何!? あいつから、とてつもない恐怖を感じる……!)


「懐愛、もう俺は、手加減できねえぜ」


 その時、リオンの目が赤い閃光を放った。


 リオンの身体が、牙が、みるみるうちに、大きくなり、少しずつ、毛が鋭くなっていく。

 

 「もっとだ! もっと強く! らァァァァァァ!!——レオ、ケルサス!」


 衝撃波《しょうげきは》が懐愛を襲う。


「っ!……嘘でしょ、大きくなっちゃった」


 懐愛は衝撃波に耐えながら、そう呟いた。


 そしてリオンは言う。


「まだだ、終わらねぇぜ。亜衣坂懐愛あいさかなつめェェェェェ!」


 懐愛はリオンを鋭く睨む。


「悪いけど、戦いの中で進化するのは、私の十八番でもあるから」


(敵がさらに強くなるなら、それよりもっと! 強くなればいい)


なよ、侵略者。……私が相手してあげる」


 懐愛はそう言って、深い深呼吸をした。


 □◼︎□◼︎□


 俺は今、図書館前にいる。そこで、問題が起きたのだ。つい先程、俺は軽いストレッチをして、先輩を助けに行こうと思い、図書館へ入るための自動ドアの前に立った。


 そこで、問題が起きた。


「すみません、警察です。あなたの身分を教えて頂けませんか?」


(さて、どうすればいいのか)


 俺は足りない頭で必死に考えた。そして導き出した答えは……。


「……俺は、対侵略者組織の者です!」

 

 嘘であった。


 だが、そんな浅知恵あさじえが大人に通用するわけもなく。


「身分証明できる物は?」


 俺は警察官のひたいを見た。正確には、額の奥にある図書館を見た。


 そして、心の中で泣き、思う。


(うう。しょうがない。諦めよう)


「すいません! 一般人です!」


 俺は頭を下げた。


「はいはい。ならここに近づかないでくださいねー」


 まるで、赤子あかごをあやすかのような抑揚よくようで言われた。


 俺はしょうがないので、一度戻る事にした。遠くから入り口を見つめながら、思う。


(次はどんな嘘でいこうか?)


 □◼︎□◼︎□


 私は今、ご主人様の言いつけを守らず、体育館に来ています。


「ねー。本当にここなの?」


 新しく入ってきた子に聞いてみたけど、やっぱりこの子信用ならん。


 Aは素直な感想を抱いた。


「……ちびっ子先輩、ここであってます」


 Aはムスッとして、言う。


「だーかーら!」


「——先輩、静かに」


 ウッカに言われ、Aはすぐさま口に手を持っていった。


 そしてAは、手を口に置いたまま、モゴモゴと聞き取りづらい声で言った。


「もうかしたの」


 ウッカは何も言わず、体育館二階の細い通路から、一階の床を見つめていた。


 □◼︎□◼︎□


【体育館、一階中央付近】


 少女は歩きながら、思う。


(ここで儀式を……)


 少女は持っていた剣をあらかじめ用意していた台座に刺す。


 台座は体育館中央に鎮座しており、誰がみても、体育館には似合わないものだった。


 そこへ剣を刺すと、何処からともなく魔法陣が現れた。


 少女は微笑する。そして、少女はリオンから渡された説明書を読む。この少女こそ、リオンと一緒にいた女であり、名を、セーナという。


「えーと、次は……」


 説明書を読み、手順を振り返る。


「こうか」


 セーナは台座についてあるハンドルを回した。


 その時、後ろから突然声が聞こえた。


「あの! 何してるんですか?」


 セーナは目を丸くする。その後すぐに、冷静さを取り戻し、言う。


「誰!?」


 セーナは焦る。

(ヤバい。見られた!?)


 そんなセーナとは裏腹うらはらに、声の主は焦らず言う。


「私は上本星奈かみもとせいなと言います。ちょっと人探しをしていまして……あの、あほ毛の生えた、茶髪の酉乃実咲とりのみさきという人を知りませんか?」


 セーナは混乱した。

(……何を言ってるの、この人)


 セーナは当たり障りのないように返事をする。


「……知らない。ごめん。用事が済んだなら、ここから出て行ってほしい。もし、無理なら……」


 セーナは腰にかけている刀を女の子に見せる。


 すなわち、脅しだ。


 その時、風が吹いた。


「……風?」


 セーナは呟く。


 そして、は言う。


「そうだよ、あなたの悪事を吹き飛ばす——荒い荒い嵐だよ!」


「先輩、そんなことは出来ないのに意気揚々と言わないでください」


 二人のメイドが、二階から降りる。そして、星奈を守るように、星奈の前に降りた。


 星奈は訊く。


「……あの、誰ですか?」


「それはこっちのセリフ! あなた、今殺されかけてたよ」

 とAが言った。


 セーナはまたも、焦る。


(刀、見られた……?)


 セーナは少しずつ、体をずらし、刀が見えない位置に調整する。だが、その努力も無駄に終わった。


 Aは言う。


「隠しても無駄、私たちメイドーズが悪い悪い、あなたを成敗するから!」


 Aとウッカとセーナ。それぞれが、戦闘体制に入る。だが、一人だけ、困っている奴がいた。


 星奈は言う。


「……えーと、これは……どういうことですか?」


 そんな星奈せいな達を見て、セーナは思う。


(……なんでこんな事に。マニュアル通りにやればいいだけだったのに。……本気で殺そうなんて、思えないよお)


 セーナは刀を強く握る。


(だけど、やらないとダメだから。殺すんだ。殺す……殺す……殺す)


 一旦、深呼吸を挟む。


(よし、殺そう)


 セーナの目つきが、変わった。


 □◼︎□◼︎□


 俺は静かに目を閉じる。


(終わった)


 それ以外、考えられなくなっていた。あの門番を抜ける方法が思いつかない。


 先輩が中にいるのに助けに行けないなんで……嫌な気分だ。


 つい先程まで、頑張って考えませう! と意気込んでいたが、全て空振りに終わった。


 それに、先程、警察と対侵略者組織の皆様が図書館に潜入した。だが、……まあ、お察しの通り入れない。俺が体験した歪んだ空間に迷い込んでしまい、泣く泣く帰ってきたのを見た。


(ん? まてよ……。これ使えるぞ!)


 俺は急いで警察官に言う。


「あの! 俺、さっきそこに迷い込んだんです。でも、図書室に着くことができました! 俺なら分かりますよ、入る方法」


 突然の俺のカミングアウト。警察官は固まってしまった。


「……あの」


「え!? あ、ああ。それは嬉しい。できれば、教えてもらえないかい?」


 警察官はそう言って、メモ帳を取り出そうとした。


 俺は、これを待っていた。いくら訓練された警察官だとしても、メモを取り出す時くらいは警戒心が薄まるだろう。それに俺はどこからどう見てもどこにでもいる高校世だ。警察官一人で警備していた事が、失敗だったんだ。


 それにしても、一人で警備は珍しい気がする。


 俺はそんな事を考えながら、警察官の意表を突き、自動ドアを突っ切る。


「あっ、君!!」


 そんな警察官の声は聞こえない、聞こえない。


 俺は無視して歩いた。


 少し歩くと、またエレベーターが見えた。何故あるのか分からない。というか今まで無かったような気がする……。

 

 まあいいか。


 俺はそんな事を考えながら、歩く。


 いつ来るか分からない暗闇の恐怖から逃げるように、少しずつ、スピードが上がる。


(早く、早く。早く、先輩の安否を確認したい。……あの時みたいになっていないといいけど)

 

 確かあの時は、懐愛先輩が、対侵略者組織に入ったばっかりの頃だった。俺が一人で引っ越す前の、家族と暮らしていたマンションで、一本の電話を受け取った。


 □◼︎□◼︎□


「おにぃ! 遊ぼぉー!」


 俺はいつも通り、課題に追われ、妹に追われ、忙しい毎日を送っていた。


 俺はいつも通り、言った。


「お兄ちゃん勉強でいそがしいの」


「むー! おにいが遊んでくれないんだったらいい! 兄貴と遊んでもらう!」


 兄貴とは、俺の弟のことである。何故か妹は俺と弟を『おにい』と『兄貴』で分けている。優劣をつけるわけではないが、どちらかと言うと、兄貴、の方がカッコいい。俺も兄貴と呼んで欲しい。


 切実な願いを胸に抱き、俺は近くにあるスマホを手にする。

 

 スマホが震えながら、音を鳴らしていたのだ。


 俺はスマホを持ち、電話を受け取った。


「もしもし」

 

「もしもし。……おっ繋がった!?……繋がったか。酉乃、お前にも教えといてやる」


 俺は知らない電話番号を見ながら、聞き覚えのある声に少し引っかかりを覚えた。


 俺は訊く。


「……何を?」


「まあまあ、結論を急ぐな。まず最初に、おまえ亜衣坂懐愛あいさかなつめを知ってるか?」


「知ってますよ」


「そうかそうか。なら聞け。亜衣坂懐愛あいさかなつめ死にかけてるぞ。場所は半田丸はんだまる公園だ。救急車でも呼んでやれよ」


 俺の脳は、理解を拒んだ。


「……あのそれって本当のこ——」


 ブツ、と音を立てて電話がきれた。


 ひどい胸騒ぎがした。


 俺はすぐに、119へ連絡した。


「もしもし」


「はい。こちら祭禅さいぜん病院です。救急ですか?……」


 俺は伝えた。先輩のことを。


 そして、俺は急いで家を出た。


 数分で、公園に着いた。


 先輩を探す。そんな事はしなくてもいいくらい、目立っていた。救急車がきており、ベットには懐愛先輩がいた。


「——先輩ッ!!」


 懐愛先輩は血だらけだった。


 後から聞いた話だが、骨も数十本折れていたらしい。


 先輩は俺に気づき、言った。


「実咲なの?……実咲だ。ごめん。私……強くなかった……。うう……。怖かったよお。もう一人でいたくないよぉ。助けて、みさ……うっ」


 初めて見た先輩の涙。俺はどうしようもなく、無力だった。どんな言葉をかければいいのか、分からず、呆然と立ち尽くしていた。


「——すいません! どいてください!」


「え、あっはい」


 俺はそのあと、公園のベンチに座り、泣きじゃくった。


 □◼︎□◼︎□


 だから、もう先輩を一人にしない。これ以上、自分の知らない所で、知り合いが傷つくのは嫌だから。


 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか、図書室前まで来ていた。


 後ろを振り返っても暗闇は無かった。だが、警察官も、対侵略者組織の人もいなかった。


 俺は不思議に思いながらも、ドアを開けようとした。


 だが、動かない。


「くっそ。開けよぉぉぉぉ!」

 

 固い、ものすごく固い! だけど、少しずつ、動いている。


「うらぁぁぁぁぁぁあ!」


 ゴリっと音を立てて、ドアが開いた。


 俺は走る。


 そして、懐愛先輩を見つけた。


 俺はつい、叫んでしまった。


「先輩!」


 それが、ダメだった。俺の声はそこにいた男に聞こえる。


 男は、言う。


「あ? 誰だてめぇ?」


 俺は、絶句した。そこに居たのは、ライオン似の侵略者だった。俺は先輩を一瞥する。


 先輩は本棚に足を取られており、動けずにいた。


 俺は、覚悟を決める。


「——悪いがおまえに構っている時間はない」

 と実咲が言った。


 侵略者は言う。


「ははは!! おいおい、お前かよ。美味そうな匂いの正体はよお。ひひっ。今日は運がいいなあ。まさか狙っていたが、自分から来てくれるなんてな。くくくっ。はーはっはは! サイコーだ! サイコーだぜ! おい懐愛なつめ! お前との試合は中断だ!」


 俺は侵略者が、先輩を懐愛と呼び捨てにしているのをどこか気掛かりにしながら、身震いした。


 ライオン似の侵略者の容姿は、獣。そう呼ぶに相応しい、血の気の多い姿だった。


 俺は息を呑んだ。


 そして、侵略者は不適に笑う。侵略者は体を軽いエビ反りにし、力一杯、体を元の体制に戻した。


 そして、懐愛なつめを襲ったのと同じ、咆哮が、酉乃実咲とりのみさきを襲った。


「がぁぁぁぁあぉぉぉぉぉお!」

 


 ビルをも砕く咆哮に、体の制御を奪われる。

 

 実咲は、必死にもう、限界だった。懐愛と違い、超人的な筋力を有しない実咲は、その咆哮で吹きどばされ、図書室のカウンターに激突していた。


 カウンターに背を預ける形で、咆哮を受けていた実咲。それは次第に限界を迎え、パンッという音と共に、消え去った。


 リオンは咆哮を止める。そして言う。


「まだ動けんのか」


 酉乃実咲の前に、女の手が現れる。


「当たり前でしょ。あんたの攻撃なんて、取るに足らないわ」


 リオンと懐愛は微笑する。


 だが、一人。目を丸くしていた男がいた。


 実咲は思う。


(……?? あれ? 何も——聞こえない)


 なんだ? これは? 俺の肩に当たっているのは……まさか、血?


 俺は、恐る恐る耳を触った。そこは暖かく、濡れていた。


 手は赤く染まり、鼓動のテンポが速くなる。


 実咲は聞こえないまま、言った。


「何が……」


 実咲は周囲を見回した。


(……目の前に先輩がいる。助けてくれたのか? ……でも何だろう。気持ち悪い)


 実咲は嘔吐に襲われた。初めて、五感の一つを失った。その事実と脳が、矛盾を起こす。理解できない現実の気持ち悪さが、実咲の心を蝕んだ。


 実咲は理解した。


(耳が、やられた)


 □◼︎□◼︎□


 図書室、1分程前の出来事。

 

「ふんっ!!!!」

 

 リオンの拳が亜衣坂懐愛あいさかなつめを襲う。懐愛はそれを防ぎながら、攻撃を加える。


 だが、懐愛の体は限界を迎えようとしていた。


 そんな時に、懐愛に大ダメージを与えた技を、リオンは繰り出した。


「レオ、ボンバーダ!!」


 懐愛は両手でそれを防ぐ。


「ぐっ!」

 

 だが、足の力が不十分だった。懐愛は吹き飛ばされた。

 

「あぐっ!!」


 懐愛は焦る。


(……やばい。下半身が本棚に敷かれてる。本棚は、一つじゃ無いみたいね。……なんとか踏ん張れば、抜けれ——)


 その時だった。リオンの咆哮が、図書室入り口付近で聞こえてきたのは。


 懐愛は入り口を見る。そして、真っ青になる。


(嘘、なんで実咲が……!?)


 懐愛は踏ん張る。


(理由なんて知らない。だけど助けないと! 実咲は、弱いから)


 助けなきゃ……!


 懐愛は力一杯、本棚を背中で持ち上げる。そして床を蹴り、脱出した。


 □◼︎□◼︎□


 そして、現在に至る。


 懐愛は痛みに耐えながら、言った。


「……実咲、だいじょっ!?」


 懐愛は絶句した。


(実咲の耳が……)


 懐愛は軽く唇を噛んだ。そして、入り口を睨む。


(なんとかして、実咲を逃さないと!)


 懐愛は美咲を持つ。そして、自分を鼓舞する。


(大丈夫。大丈夫。私なら、できる。実咲を、私の恩人を、助けるくらい)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る