第9話  救いの力

 急な話だが……俺、酉乃実咲とりのみさきは記憶力はいい方だ。

 だからこそ、これはおかしいと気づく。


 


 不思議だ。気になる。ものすごく入りたい。だが今はおじさんの友達を救出することを第一に考えよう。そう心に言い聞かせた。


 そして、俺は走った。ずっとずっと。時間にして約十分……。


 そこで、気づいた。


「——いやいや! おかしいだろ!」


 ここは図書館と体育館が一緒になっている関係か、入り口から図書室、体育館へと、一本の道になっている一階建ての図書館だ。


 だが図書室へ行くのに何故、こんなにも時間がかかるんだ!?


「なんで図書館につかないんだ?」


 そんな事を考えながら、俺は息を整え、汗を制服で拭った。そして、あたりを見渡した。


 そして気づく。……後ろに暗闇が広がっていると。


「嘘だろ……」


 そこにはもう、帰り道は存在していなかった。


「……あり得ない」


 だって図書室までは一本道だぞ。


 いつの間にか、拭いたばかりの汗が垂れてきていた。


「先輩……」


 俺は先輩の命令を思い出した。


「クソ……!」


 やっぱり俺じゃ、ダメだ……。そんな言葉が、頭をよぎる。俺は膝をついた。


 その時、男の言葉が頭をよぎる。


「——ダメだ。諦めるな」


 先輩は言ったんだ、その人をよろしくって! だから、俺はその人の命令に従う。


 もう一人の怪我人を助けれなくて、あの人が悲しむより、みんなが笑って、手を取り合える未来がいいに決まっている。


「諦めるなよ、オレ。こんな事、日常茶飯事にちじょうさはんじだ!」


 俺は暗闇を見つめる。


(……こんな事ができるのは、子供だけ)


 つまり、能力者の仕業だ。


「……俺じゃ、無理だな」


 どれだけ覚悟を決めても、無理なものは無理。俺が戦うのは無謀だ。


 だから、今は走る。何故か。相手は空間を暗闇にするだけでこちらに何も危害を加えてこないからだ。不気味だが、今は甘んじるしかない。


 俺はまた、走り出した。


 そして、俺は声をかけられた。再度走り始めて一分も経たっていない。


 俺に声をかけたのは、血塗れの男だった。


「君……そこの君……助けてくれないか?」


「……あなたが、お友達?」


 正直に言うと、不気味だった。血塗ちまみれで壁にもたれている。事前情報が無かったら、俺は腰を抜かしていただろう。それ程までに、恐ろしいものだったのだ。


 酉乃実咲とりのみさきは、警戒していた。


「——あの、大丈夫ですか?」


 俺は恐る恐る、手を向けた。

 

 だが、その恐怖はすぐに消えた。血塗れのおじさんは優しい声で、あたかも俺の恐怖心を抑えるかのようにこう一言。


「ありがとう。人が来てくれて助かったよ。だけど一人じゃ動けそうにない……外まで出るのを手伝ってくれないかい?」


 俺は驚きながらも相槌を打った。


 俺はおじさんの肩を持った。その時に気づいた。おじさんの肩から背中へと、切り傷があった。幸い、血は止まっていた。


 俺はおじさんの肩を持って歩いた。不思議なことに、暗闇は消えていた。


 そして、無事に外に運び出す事ができた。


「着きましたよ」

「ありがとう……」


 おじさんがそう言うと同時に、救急隊員がこちらに駆け寄った。そして、おじさんを運んだ。


 そこへ、俺に助けに行ってくれと言った男が駆け寄った。


「ユウスケ……無事だったんだな……ありがとう。生きててくれてありがとう」


 男は泣いていた。


「……よかった」


 俺はそう呟いた。


 ……しかし、あの暗闇はどうなったのだろうか。そんな疑問が生まれた。だが、もう外に居る。もう一度確かめに行く勇気は、俺にはない。諦めて忘れることにした。


 そして、空を見つめた。


「——あとは、ここで待つだけだな」


 先輩の帰りを待っていればいいんだ。それだけなのに、何故か心がざわつく。


 先輩は強い。俺は負けたところを見た事がない。なのに、何故か心がざわつく。


「俺も行けばよかった」


 つい、そう呟いてしまった。


 俺は、先輩を助けに行きたいらしい。だけど、先輩は来るなと言った。


 ……一体、どうすればいいんだ。


 俺は何で、こんなにも先輩を助けに行きたいんだ? 


 空にはいつの間にか、夕日があった。


 □◼︎□◼︎□


 三年前。

 

 俺が、中学一年の時……。


 人気のない場所で、いじめが行われていた。


「とーりーのー君!!」


 クラスのムードメーカーである、悪条 蓮真あくじょう はすまは酉乃実咲の制服を掴み、実咲を壁へ突き飛ばす。


「うっ。……何ですか?」

 

 俺は痛みを隠し、そう訊いた。


(……いや、本当はわかっている。いつもと同じだから)


 俺がそんな事を考えていると、悪条あくじょう憤慨ふんがいした。


「わかってるくせに聞いてくんじゃねぇよ!」


 悪条は実咲の腹を殴った。


「あぐ……うっ」


「ぷっ。はっははっ! こいつおもしれー! 本気で泣いてやがる」


 悪条が笑うと、悪条の取り巻きであろう男も一緒に笑った。


「ははは!そうだな悪乗あくじょう!」

 

 俺は、痛みに襲われた。


 そして、悪条はこんな事を言いだした。


「いやー楽しいわ。今度は能力使うか!」


「いいなそれ」

 と取り巻きが言った。


 そして、悪条は言う。


「なっ! いいだろ!」

 

 俺は疑問に思う。


(悪乗達が笑っている。何がそんなに面白いのだろう?)


 俺が悪条を見上げていると、悪条が口を開いた。


「——てかさ、鳥揚ちょうようまだ? あいつがいないと能力使えないんだよなー」


「……鳥揚くんは今日来れないって言ってたよ」


 俺は親切心からか、悪乗くんにそう伝えた。


「あ? そんなのこっちは知ってんだよ! 生意気に指図すんなよ!」


「うっ」


 また、殴られた。何がダメなんだよ。なんで俺は殴られるんだよ。

 

 ……誰か助けてくれよ。


 その時、女の声が聞こえた。


「——酉乃実咲とりのみさき! 言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい!」


 俺は声が聞こえた方向を見つめた。そこには、知らない女がいた。


(……誰だ?)


 悪条達は動揺して、こんな事を言いだした。


「おいおい、副生徒会長のお出ましかよ……」

 

「くそ。悪乗、逃げようぜ……」


 悪条は悔しそうに言った。


「わかってるよ! くそっ、なんで俺が……」


 悪条達は逃げていった。


 そして、校舎から二人の人間が出てくる。一人は副生徒会長。そしてもう一人は、俺がよく知っている人物だった。


「おーい。実咲! 大丈夫だったか?」


 そこにいたのは、晴人だった。


(……晴人はると? まさか、晴人が助けてくれたのか?)


 と俺は思った。


 それと同時に、副生徒会長が口を開いた。


「酉乃実咲。だよね?」


 実咲は質問に答えようともせずに、こう訊いた。


「すいません、誰ですか?」


「おいおい、実咲。この人を知らないのか?」

 

 あいにくだが知らない。


「大丈夫よ。晴人くん」


 副生徒会長は晴人の肩をポンっと叩き、前に出る。


 そして言う。


「助けたんだし、私の名前ぐらい覚えてよね」

 

 俺は相槌を打つ。


「私の名前は、亜衣坂懐愛あいさかなつめ。あなたより一年上だけど、よろしく」


 俺が持った感想は簡素なものだった。


(すごく丁寧で、凛々しい人なんだな)


 そして、俺は言った。


「わかりました。よろしくお願いします」


 ボロボロの体を持ち、俺は二人と共に保健室へ向かった。


 □◼︎□◼︎□


 ふと、昔のことを思い出していた。懐愛なつめ先輩との出会い。そして、俺にとっての最悪の記憶。


 だが、最高の記憶でもある。


 矛盾しているが、俺にとってはどっちも忘れがたい記憶なのだ。


 俺は、一度深呼吸をする。そして思う。


(俺を助けてくれた先輩が戦ってるのに、ここでじっとしてろって?)


 ああ、怖いよ。びびってるよ。だけどなあ。先輩を失う方がもっと怖いんだよ。だから!


 俺は図書館を見る。


「——今すぐ行きます、先輩!」


 こんどこそ、俺の意思は固まった。


 俺はもう、迷わない。





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