第5話  転校生

 Aは静かな部屋で鼻歌を歌っていた。


「ふぅー。やっと半分だぁー!」


 Aは大量に溜まりまくっていた洗濯物を畳んでいた。


(ご主人様ー。いくらなんでも多すぎますよ……)


「まったく! しょうがないですね。私がいないと何もできないんだから!」


(えへへ)


 Aは優越感に浸っていた。


 しかし、Aは油断していなかった。


(朝から感じていた視線…-)


 私には分かる。この家を狙う者がいると。


「悪いけど、この家を守るって約束してるんだから!」


(約束通り、ココは私が守らせてもらいます!)


 と、Aは自分に言い聞かせた。


 □◼︎□◼︎□


 一方その頃、波田はだ高校では……。


嘔吐おうと王子じゃないかー! おはよーう!!」


 声を掛けてきたのは俺の親友だった。だか、親友とて言っていいことと悪いことがある。親しき仲にも礼儀ありだ。


(なんだ! その汚らしい名は!)


「お願いだからそう呼ぶのやめて、噂で広まってしまう」


 俺、酉乃実咲とりのみさきは知っている。


 クラスメイトが俺の噂をしていた事を。しかも、俺が吐いた事を噂していたのだ!


「聞いてるのか? 晴人!」


「はは! わかったわかった! もう言わねーから、な!」


(なら……いいが)


 こいつはの名前は未限晴人みげんはると。俺の親友だ。好きでもあるが嫌いでもある、言葉では形容しがたい男だ。


 しかも、今のように小学生の頃からこいつの発言で沢山の被害があった。俺は今も、あの水やり事件の事を恨んでいる。


「——あっ! 晴人くんおはよう! 隣にいるのは嘔吐王子だ! 昨日はかっこよかったよー」


 唐突に同じ学年の女の子が走り去りながら声を掛けてきた。


(しかし……)


「おい晴人、お前誰にどこまで話したんだ?」


 俺がそんな質問をすると、晴人は部活通いをしている生徒達を見つめ、こう呟いた。


「えーと、秘密」

 

(……決めた俺はこいつが嫌いだ)


「あっ部活行かなきゃな! じゃあな!」


 晴人は走って部室へ向かった。


(逃げたな)


 まあいいか。いつもながら噂は75日、いつか消え失せるだろう。


 俺は晴人を許すことにした。


(さて、俺も部室に行くことにするか)


 実咲は校舎へ向かった。そして、上履きに履き替えた。そして、階段を登る。


「もう少しだな」


 もう少しで、部室に着く。


 俺の所属している部活は畑宮市はたみやし研究部。畑宮市とは俺の家がある場所だ。


 もっと言えば畑宮市には波田高校もある。


(そこを研究するのは大変だろうだって?)


 こんな自問が浮かび上がる。だが、畑宮市研究部とは名ばかりに毎日毎日、畑宮市を出歩いているだけなのだ。

 

 そして毎回、嫌というほど侵略者と出会う。


(本当、嫌になるよ……)


 だが、俺は辞めようとは思わなかった。


(しかし、侵略者か……)


 たしか、授業で習ったことがある。


 今から二十年前の出来事だ。


 ある場所から最初の侵略者が来たそうな。そいつが言うにはこの世界のあるものを奪いに来たらしい。ちなみにそいつは今、特別保管庫に収容されている。


 あとは……ああそうだ、その時にある病原体も一緒に入ってきたらしい。名前は……忘れた。テスト範囲なのに、何をやっているんだ俺?


 と自分を叱ってみる。


 赤点を取るのは嫌なので、ちゃんと思い出してみようと思う。が、病原体の名前はそもそも覚えてないと思うので他のことを思い出そう。決して、寝ていたわけではない。


 思い出してみよう。先生は確かこう言っていた。その病原体は人に感染する。感染した人から生まれた子どもには超常的な力がつくらしい。科学では説明できない力もあれば、誰でも理解できる力もある。


 様々な力が今の子どもにはあるが、。まったくもって不愉快だ! しかもこの症状は100億人に一人の割合らしい。


(思い出したぞ!! 俺は自分に能力が無いことに落胆したから寝たんだ)


 そう言う事だったのか!!  


 ……自分で考えてて嫌になった、俺も俺TUEEEしたかった……。


 まあ無いものを願ってもしょうがない!今は自分のスキルを上げることに集中しよう。


 俺は四階まで上がりきった。


(よし、着いた!)


 俺はドアを開けた——。


「遅い!! 今二時十五分!」


 懐愛なつめ先輩は俺に向けて人差し指を向けた。


「うっ。すいませんでした……」


「まあいいわ! あんたも来たし、話してあげる」


「一体何を?」


「ふふっそれはね!」


 懐愛なつめは口でリズムを刻みながら両腕を胸の前でグルグル回した。


(……ずいぶん溜めるな。早く言って欲しいんだが)


「なんと! なんと!」


(はよ言いなさい! しょうもないことだったら、まあどうなるか分かりますよね)


 俺は呆れた。


「なんと!」


「なんと!?」


!」


 懐愛は掌を実咲に向けた。


(……?)


 先輩は何を言っているんだ?

 

 この部活に入る人がいるのか? それに、この時期夏休みに転校生?


「ジョークですよね」


「違うわよ!」

 

(まさか! 本当に!?)


 だとしたら……先輩と俺しか居ないこの部活も、少しは活発になるのでは!?


「百聞は一見にしかず! 職員室に一緒に行くわよ、実咲!!」

 

「了解です!!」



 □◼︎□◼︎□


 職員室前に来た。

 

「失礼します!二年A組、亜衣坂懐愛あいさかなつめです」


 先輩が挨拶をすると、すかさず顧問がこちらに来た。


「あら! もうそんな時間なの!?」


「15分遅れてますけどね」

 

(先輩……そこまで言わなくてもいいんじゃ……)


「ふふ、そうね。あっそうだ! 酉乃とりのくんは聞いてるの? 今日の事」


「知ってますよ、新入部員が来ているんですよね」


「そうなのよ。実を言うと夏休み終了後から顔を見せる予定だったけど本人の意思でね、あなた達に限って顔を見せることになったのよ!」


「そうなんですか」

 と実咲が言った。


 すると懐愛が横から口を挟んだ。


「それで先生、新入部員は……」


「あ、そうね! よーし、カモォォォン! 転校生!」


 顧問の先生は指を鳴らした。そして、ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃ、と先生が自分のスマホから音楽をかけ始めた。


(いい曲だ)

 

 だが、俺はもっとノリのいい曲を知っている。


「先生! そこは今流行りの曲を!」


「いやいやそこじゃないから!」


 すかさず先輩がツッコミを入れる。


「いやーしょうがないじゃない。今私たち以外誰もいないし、それに、これの方が盛り上がるでしょ」


 いつも通り、頭のネジが飛んでいる人だ。と俺は先生に尊敬の眼差しを向けた。俺は昔から非凡な人が好きなのだ。


「あら? 来ないわね……カモン! 転校生」


 (ふむ、出てこないな。何か不祥事ふしょうじでも)


「——いや先生、そんなんじゃ入りづらいですって!」


(……確かに)


 俺は非日常に慣れてしまっていたのかもしれない。今一度、常識を思い出そうと決意した。


「——あの……もう入っていい感じですかね?」


 と赤いリンゴのような色をした髪を持っている少女がこちらを覗きながら言った。


「どうぞどうぞ」


 すかさず実咲達はこちらを手招く。


 少女はこちらへ来る。


「この人たちがあなたの仲間よ!」


「はい、わかりました!」


 俺は少女を見つめる。赤い髪に、餅のような頬をしていた。


 気を抜いていると、すぐに魅せられそうな容姿をしていた。


「——あのっ! 先輩、覚えていますか? 私のこと……」


「へ?」


 懐愛は困惑した。


「私です! あの時、助けてもらった……。あの、本当に覚えていないんですか?」


「ごめん……どこかで会ったっけ?」


「むう、酷いです」


 少女は下を向いた。


 それを見た懐愛は、困ったように実咲を見た。まるで、助けを求める子どものように。


「うぅ……」


(なっ!)


 先輩……そんな、『うう…助けて実咲!』なんて顔でこちらを見ないでくれよぉ。


 一瞬迷った実咲だったが、先輩を助ける事を心に決めた。


(しかし、どうするべきか……)


 とりあえず内容を変えてみよう。と実咲は考えた。


「あの……あれ、えー」

 

(名前が思い出せない。確か、俺は一度会っていた筈なのに……)


「あっ、あの時の!」

 と星奈せいなが言った。


「覚えてないですか?」

 

(残念ながら、覚えていない。うっすらとなら、覚えているんだが)


 俺はかぶりを振った。


「……あんたも?」


「はい……」


(本当に思い出せない。どこかで会った筈なんだが……)


 俺たちが黙っていると、少女はこちらを向き、元気いっぱいにこう言った。


「やっぱりそうですよね……。私昔から存在感がないようで……あはは! なので、もう一度自己紹介をさせて頂きます!!」


 星奈は胸をそっと下ろした。


「私は上本星奈かみもとせいなと申します! 酉乃君、あなたと同じ一年ですよ! これからもよろしくお願いします!」


 実咲は思い出した。通学路での事を。


「……うん。よろしく上本さん」


「よろしくお願いします!」


「よろしくね! 星奈ちゃん!」


「はい! よろしくお願いします!」


 実咲は星奈の顔を見た。


(なんで、忘れてたんだろう)


「よし、挨拶できたね!! じゃ部活がんばってねー三人とも!!」


 投げやりなセリフを言い放って、顧問の先生は椅子に座った。


(まったく。いいよな先生は、エアコンの効いた部屋で休めて)


「じゃ、行こっか」


 そうして、俺たちは職員室を出た。


 □◼︎□◼︎□


 一方、実咲が星奈と会った二時間後の酉乃家では……。


「痛ったぁ。何?」


 Aは床に落としてしまっていたフィギュアを踏んでしまった。


(……ふぃぎゅあフィギュアだ。どうしようご主人様に怒られちゃう……)


 首がぽっきり折れちゃってるし接着剤を持ってこないといけないかもしれない。とAは考えた。


「接着剤はどこだろ……」


(確かここに——)


「誰だ!」


(物音がした。しかも、あの目線を感じる!)


 しかし、家には誰も居ない。筈だった……。


「流石ですね。先輩」


 コトコトと綺麗な足音をたててこちらに向かってくる。姿勢が良く、顔も凛々しい。正しく、メイドと呼ぶにふさわしい人物だった。


「……誰?」


 金髪の女はメイド服を着ており、尻尾があった。それに鈴を首に付けていて……人だった。


(なんだ、あの大きさ!? 羨ましい!)


 とAは心の中で嫉妬した。


「……あの先輩、そんなにジロジロ見られても何も出ませんよ」

 

(む! 先輩だって?)


「先輩って、どういうこと? それに、貴方は誰?」


 Aは疑いの眼差しを金髪の女に向ける。


「おっと、これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね、私の名はウッカと申します。以後、お見知りおきを」


 ウッカはそう言って、スカートを持ち上げた。いわゆる、カーテシーというやつだ。


「……って、よろしくと言われましても! 一体何の用で?」


 Aは至極真っ当な質問を投げかける。するとウッカはこんな事を言いだした。


「先輩、時間がありません。至急、私と共に来てください。私たちの。私だけでは止められないので助けてください」


 (……え? ご主人様が……)


 Aはすぐに承諾した。


「わかった行こう」

「いいのですか?」


 Aにはその質問の意図が理解できなかった。


 だが、これだけは分かる。


「いいよ、でも秘密裏にね。私家にいろって言われてるから」


「……分かりました。なら行きましょう!!」


 □◼︎□◼︎□


 職員室から出た実咲達は階段を登っていた。


「ひゃっ!」


「大丈夫!?」


 階段を踏み外した星奈を実咲が支えた。


「……ありがとう酉乃とりのくん」


 至近距離の女の子に慣れていない実咲は頬を赤らめた。そして、うなずいた。


「——何イチャイチャしてんのよ」


「してません」

「しっしてませんよ!」


 意外にも、実咲と星奈のセリフは重なった。


「えっと、怪我はない?」


「はい! 大丈夫です!」


 実咲は星奈から手を離す。


(しかし、日常は嫌いな筈だったんだが……)


 なかなかどうして悪くない。と悔しいが感じてしまった。

 

そして、俺たちは階段を登りきった。


「着いたよ! 星奈ちゃん!」


「ここが……」


先輩はドアを開ける。


クッキーの匂いが風に乗っている。窓が全開になっているようだ。


「じゃあ早速始めましょうか!」


「……始める?」


「そうよ実咲! 今から始めるの。初対面同士でやるアレを!」


実咲と星奈は顔を合わせた。そして、懐愛は宣言する。


「その名も——自己紹介よ!!」












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