第4話  A

 七月二十三日


 ここは、酉乃実咲の家。


 あたりは静寂に包まれていた。それもそのはず、今の時間は朝の三時なのだ。


 しかし、その時間に起きている者もいた。その者の容姿は金髪にと、珍しい格好をしていた。


 その者は、机の上の日記を開いた。


 酉乃実咲とりのみさきの日記

 夏休み2日目

 ・今日は部活でひどい目にあった。

 ・あのメイドどうしようかな。

 ・あの侵略者はどうなっただろう。

 ・何故俺にはがないのだろう。

 ・結論! 今日も厄日やくびだった。



 パタンと私は静かに日記を閉じた。


 一言で表すなら陳腐ちんぷな日記だと思う。


 これが私の主人ですか……。


 金髪メイド服の女は落胆した。


 女は肩を上げ、ベットを見つめる。


「えへへ……あいすー」

「うぐっ」


(可哀想に……)


 少女が主人の頬に噛み付いている。


 ここまでこの子の寝相が悪いとは思っていませんでした。


 女は酉乃実咲を見つめる。


「うぐっあ!」


(おお!)


 実咲はメイドさんを蹴り飛ばした。


(流石ですご主人様)


 女は空を叩いた。まるで拍手をするように。


「おっと……」


 いけません。あまりはしゃいでしまうと主人が起きてしまいます。

 

 ほらこのように。


「誰だ?」

 

 実咲は起き上がる。


(まだ寝ぼけているようですね。ならば)


「妖精ですよ。ふふふ。ではさよならです」

「え……ああ」


 実咲は毛布を被った。


(ふふふ可愛いですね)


 しかし、か……私も気になりますね。


 女はそんな事を考えながら窓から出て行った。



 ……七月二十二日。


「うーん」


 気持ちいい……それに、いい匂いがする。あと、柔らかい感触がする……。


「そこの君! お姉さん達と遊ばない?」

 

 唐突に俺は女の人に声を掛けられた。何故か、俺は知らない間に外に出ていたようだ。周りにはビルばかりある。


 最後の記憶は……確か、ベットが一つしかなくて……ああ、そうだ!! それが原因でメイドさんと喧嘩したんだった。結局、一つのベットで二人とも寝る事になったんだったな。


 しかし……遊ばない? か。


 そうだな、別に遊びたいわけではないが、付いてイクことにしよう。くどいようだが理由はない。


「可愛いね君……えへへ、食べちゃお」

 

 際どい格好をした女は実咲に抱きつく。


(ああ……何とは言わないが最高だ)


 女は実咲の服を少し脱がし、こう呟いた。


「アイスみたいに食べちゃお」

「……え?」


 その時、ピピピ……!! と電子時計のアラームが鳴った。


「夢か……」


 我に帰った俺は体が重いと気づいた。


 見てみるとメイドさんが俺に乗っていたのだ。


(……重いんだが。それに、吐息がここまで聞こえる)


 なので、俺は呆れたようにデコピンをした。


「痛ったぁ。なにー?」


「おい、主人より早く起きないなんてメイド失格だな」


 俺がそう言ったら、メイドさんは目が覚めたようで、こう反論してきた。


「むー! それは偏見ですよ、ご主人様! それに昨日あんなことまでしたのに」


(何故コイツは卑猥ひわいに聞こえる言葉を選んで話すのだろう)


 ムカつくので意地悪してみることにした。


「あんなことって?」


「言わせるんですか? 意地悪ですよ!」


(ふっ、確かに意地悪だ。可哀想だから許してやることにした)


「はいはい。忘れてないですよ、確かやるから家に居させてっていうことだよね?」


「はい!」

 

 よくそんなに意気揚々いきようようと答えられるもんだ。


「全然出来てないじゃないか!」


「てへ!」


「許さないからな」


(はっ! やばい。言い過ぎたか?)


 メイドさんが何も言わなくなった。


「うー。ごめんなさい!! 今からちゃんとします!!」


 メイドさんはそう言って服を脱ぎ出した。パジャマから着替える事にしたのだ。


「え、ちょっと! こっちで着替えるな」


 この家はキッチン兼リビングの一部屋と、風呂とトイレしかない。


 ここで着替えるのも納得はできる。


 だが! 男子がいるここで着替えるのは間違っている! そう断言できる!! 


「メイドさ——」


「いえ、私は今すぐにご主人様の役に立ちたいのです! だから今すぐ着替えます!!」


「ああもう! わかった! わかったから!俺はトイレへ行くから、ちょっと待ってよぉ!!」


 そして、俺はトイレへ急行する。


(まったく!あいついいやつなんだけどどこか抜けてるんだよな)


 そんな事を考えていると、ドアを叩く音が聞こえた。


「ご主人様着替え終わりました!」


(……よし、トイレから出るようにしよう)

 

 手を横に持っていく。

 

 だがあるはずのものがない……そう紙がないのだ。


「……嘘だろ」


 俺は絶望した。


(どこかにストックは……無いらしい)


「もぉー!! 今日は厄日だぁぁぁぁぁ! ——痛てっ! なんだ?」


 トイレットペーパーが天井から落ちてきた。


(……一体どこから? まあいいか…これで拭こう)


 無事、トイレットペーパー問題は解決した。


 そして、俺は満面の笑みでトイレを出る。


「ふぅ! 今日は何か良い事がありそうだ」


「それはよかったですね!」

 

 俺は笑顔で相槌を打った。


「あっ、そうだ! ご主人様! お昼ご飯の用意できましたよ!」


(ふむありがたい。ちょうど腹が減っていたんだ)


 これがあるからコイツの事は本気で嫌いになれないんだよな。


 一人はパジャマ姿で、一人はメイド服で、テーブル前の椅子に座る。二人はお互いの顔が見える位置に座った。


「いただきます!」

 とメイドさんが言った。


「いたます」

 と俺が言った。


 感謝の意を感じれない謝礼をした酉乃実咲は大きな欠伸をした。


(まだ眠い……)


 俺は時計を一瞥した。今は十二時三十分。どれだけ寝てたんだよ……俺たちは。


「ん! 美味しいな、何て料理なんだ?」


「え、ご主人様これ知らないんですか!?」

 

 俺は適当に相槌あいずちを打つ。


「えと、これはこの世界に来て初めて覚えた新作料理


「へー」

 

 唐揚げか、肉類は生まれてこのかた食べたことなかったな。


「うまい」


「よかったです!!」


 俺は肉類を食べない代わりに、母さんから送られてくるチューブ状のゼリーを食べていた。母さんが肉の代わりになると言っていたのだ。


 まあそれができるならわざわざ金を出してまで買わなくていいだろう、ということで、俺は今日初めて唐揚げを食べた。


「しかし、気になりますね……ご主人様が肉を食べてこなかった理由。全部教えてくださいよー。私たちの間に秘密は無しって言ったじゃないですか!」


 俺は素直に理由を説明しようと思ったが、メイドさんの本名を聞くのに打って付けだと感じたので、話題をずらしてみることにした。


「お前だって名前教えてくれないじゃん」

 

(俺は2日間一緒に暮らしていたが、コイツの本名をまだ知らない)


「俺だけ名前教えて……不公平だと思う」


「う、それは……」


(まただ)


 メイドさんはこの話題になると必ず口籠る。今回もまた——。


「分かりました。言います」


「え……!」


 俺は驚いた。


「……私は、恥ずかしいですけど……私の名前ないです。実を言うとここへ来る前の記憶が無いんですよね……。お仕置きされるとかの、曖昧な記憶ならあるんですけど……」


「記憶が……無い?」


 俺はまたも、驚いた。いや今回は困惑した、と言い表すほうが正しいだろう。

 

「……記憶が」


 俺は唖然とした。どう返答すればいいのか、高校生の自分には分からなかったのだ。


 すると、実咲の状態を察したのか、メイドさんがこんな提案した。


「そうだ! ご主人、私の名前つけてくださいよ!」


「え!?」


(俺が……名付ける?)


 まだまだクソガキな、俺が?


「本当にいいの?」


「はい! 仮称でもいいので!」


 実咲は考えた。


(確かに……何か呼び名でもあったほうが便利かもしれない)


 俺はそう思い、名前を考えることにした。

 

(何がいいだろう……)


 俺はふと、昔母から読み聞かせてもらった本を思い出した。


「確か、Aだったか?」


「……ご主人様?」


(Aじゃないような気がするが……Aな気もする。だけど、A以外思い出せないんだったらAだろう!)


「メイドさん、名前決まったよ」


「はい! どんな名前なのか楽しみです!」


「メイドさんの名前は——『A』だ!」


 そして、俺は最後の唐揚げを口に運んだ。


「ご馳走様です」


 そして、制服に着替えた。


「……あの! ご主人様!」


「……何?」


「制服姿、かっこいいです!……あと、名付け、ありがとうございます。凄く、嬉しいです」

 

 Aは頬を赤らめた。


「メイドさん! ……じゃなかった、A。ありがとう、そんな喜んでもらえるなんて嬉しいよ!」


(まだ、慣れないな。当分は『メイドさん』って呼んでしまいそうだ)


「行ってきます!」


「いってらっしゃいませ!ご主人様!」


(なんかいいもんだな。こういうのは)


 俺は笑った。


 そして、メイドさんはこちらを向き、手を組んだ。


「ご主人様がいない間は私が必ずフィギュアを守っていますので安心してくださいねー」


(なっ!)


「大声で言うなよ……恥ずかしい」


「あ、ごめんなさい。では、改めまして! ご主人様、行ってらっしゃいませ! ご主人様が不在の間の家は、私に任せてください!!」


「ああ」


 俺はドアを開けた。


 綺麗な昼の太陽が実咲を照りつけた。


「メイドさん! 行ってきます!」


「はい!」


(……さて、今日は遅刻しないようにしよう。先輩がうるさいからな)


 俺はアパートの階段を降りた。そして、学校へ向かった。

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