第3話  侵略者

 名門……ではないが、この辺では名の知れた学校、波田高校はだこうこうへ俺は向かっている。


 一難二難はあったけど無事たどり着くことができた。


「はぁ……はぁ……ヤバイしんどい」

 

 リンゴ髪の女性に会ってから急いで走ったが、電車には間に合わなかった。仕方がないので走ってきたが、考えゆる上で一番最悪な展開になっていた。


「おつかれー。夏休み満喫しようね!」

「やっと終わったよ」

「これから部活だー」


(……最悪だ)


 俺は肩を落としていた。そこへ、幼女がやって来た。

 

 コトコトと無機質な足音が響き渡る。


「お兄ちゃん……やっと見つけた……」

 

 まだ小学生になってから日が浅そうな子ども。知らない子だった。


 その子は左腕で本を挟み、右手で俺の制服を摘んだ。


「……どうかしたの?」


 俺はしゃがんだ。


 しかし、幼女は口を開かない。


(何故何も言わないんだ……)


 と思っていると、幼女が遂に口を開いた。


「……お兄ちゃん」


「何?」


「私と一つになろ」


 理解が追いつかなかった。しかし、幼女は俺の事など知らんぷりで、巨大化した。


 巨大化したのだ。


(……え?)


「えー!?」


(巨大化した……?)


 可愛かった幼女はもうそこには居ない。


 毛むくじゃらで、まん丸い動物がそこに居た。


 そいつは俺を掴んだ。そして、立ち上がる。


(痛い……)

 

 握り潰されそうだ。

 

 もし、俺が小説の登場人物なら読者は皆、こう思うだろう。「なんでそんなに落ち着いているんだ?」って。——いやいやこれが落ち着けるわけないだろ! 今だって怖くて声が出ないんだよ! だから落ち着いているように見えるだけなんだ!!


(頼む!! 誰か助けてくれーッ!!)


「——酉乃実咲とりのみさき! 今まで何してたの! 私をこんなに待たせて挙げ句の果てには一人で帰ろうとしてるし! もうムカつく! あーあ……悪いけど、やまね森の精霊と呼ばれている動物似のさん、私の鬱憤うっぷんばらしに付き合ってもらうわよ」


(この声は!)


 校門でこちらを指差している女性。その人の名前は……!


懐愛なつめ先輩!!」

 と俺は叫んだ。


 亜衣坂懐愛あいさかなつめ。高校二年生。酉乃実咲と同じ部活の先輩である。


「行くわよ!!」

 

 ダンッと力強い音をアスファルトに叩きつけ

 、亜衣坂懐愛は侵略者の顔へ向かって跳んだ。

 

 超人的なジャンプ力で。


 五メートル程あるヤマネ似の侵略者は驚く。


「どりゃぁぁぁぁぁあ」

 

 ゴツンッと懐愛は頭突きをした。


(先輩……なんで!?)


 先輩の頭から血が出ている……。しかも、拳があるにもかかわらず、あえて弱い方で攻撃をしたのだ。


 ツッコミ好きの俺は黙っていられなかった。


「いや、そこ頭突きなんかーい!」


 俺のツッコミを聞いても凛々しい顔で平然としている。さすが先輩だ。


 しかし、やまね似の侵略者は怯んだだけだった。


 そして侵略者は怒る。自然と拳に力が籠る。


「痛ッ!」


「実咲!痛くない?」


「……大丈夫です!」


(コイツ、これから自分の体になることを考慮してか強く握ってこない)


 侵略者は人間の体を奪う特性を持っている。


(しかし、まったくもってなってないな! 甘ちゃんですねー)


 俺を守りながら先輩と戦うなんて——先輩を舐めすぎだ。


「ぷぷ」


 失礼。笑いが抑えられなかった。


 それにしても……やまね似の侵略者を見ていると笑いが堪えれなくなってきた——。


「ぶっ、あっははははは!」


「おい。クソ兄貴ちょっと黙れ」


「はい」


(え? 反抗期早くない?)


 なんて冗談言ってる場合じゃないな——ぁぁぁぁあ!!


「痛い痛い痛いぃぃぃ!」

 

(コイツ! 思いっきり握ってきやがった!)

 

 ヤバイ体が潰れる。


「私を受け入れろぉぉぉぉ!」

「やだぁぁぁぁぁあ」


 ……あぁ、今日は災難だ。メイドだったり、リンゴ髪さんだったり、幼女だったり。——いや視点を変えるんだ! そうだよ俺は今モテ期なんだ! そうだったのか! そう考えるとたちまちコイツも可愛く感じてくるな。


 と自惚れてみる。

 

(ん? なんだろう体の中から何かが出てきそうな……)


「うっぷ」


「実咲! 大丈夫!?」


「大丈夫じゃないです……」


 痛いわけではない、それどころか侵略者は力を弱めてくれた。なら何がヤバイのか。


 単純明快、俺はずっと掴まれている。それも乱暴に。何が言いたいのかとどのつまり……


「うえっぷ」

「ちょ! お兄ちゃん! ここで吐かないでよ!」


(これは……死ぬ)


 その時、どこからともなく誰かの声援が聞こえた。


「やってやれ酉乃!」

「酉乃くん! がんば!」

「実咲! やってやれ!」

「俺たちの声援よ! 届けぇぇぇえ」


 

 クラスメイトや見知った顔の人達が応援してくれた。


(そうか……こんなにも、俺を応援してくれる人がいたんだな……)


「皆んな……」


(みんなの想い! 届いたよ!)


「ありがとう皆んなぁぁぁぁあ!! ——うえっぷ」


 胃から気管へ気管から喉へ。今、朝食の残骸が届いた。


「って! させるわけないでしょぉぉぉぉ! 私の必殺! レジデンスパンチー」


 懐愛の拳が侵略者に当たる。そして、一冊の本が地に落ちる。


 少しずつ、侵略者が消えていく。侵略者特有の死に方だ。


(先輩、 Delete消去したんですね!)


 デリート、世間では侵略者を殺す事をこう呼んでいる。


 懐愛は侵略者が消えた事により落ちた実咲を抱えた。


「先輩、ありがとうございま——うえっぷ」


「ちょっと!ここで吐かないでよ」


(悲報です先輩。『今から吐きます』)


「うっぷえぐえぇぇぇ」

「きゃぁぁぁぁあ」


 こうして、懐愛の肩に汚物を吐いた実咲であった。



 ……10分後。


 校舎の影に隠れた場所で懐愛と実咲は居た。


「許さない……末代まで呪ってやる……」


「ごめんなさい!」


 必死で土下座する酉乃実咲。

 

「はあ、もういいわ。それで、実咲はなんで一人で帰ろうとしたの?」


「いや、実は……」


 俺は説明した。どうして侵略者に捕まっていたのか、そして何故遅刻したのかを。


 先輩は神妙な面持ちで聴いてくれた。


「……ということがあったんです」


「そうそんなことが。……それで、もう私笑ってもいい?」


「どうぞご勝手に」


「ぶっ、あははははは!! 何よ、犬にちょかいをかけられて遅刻したって? ぶっ、あはははは! そんなの追い払えばいいじゃない! それに家に不法侵入されていた? ばっかみたい! あはははは! うっひひ! うひゃゃゃ!」


「ちょっ先輩!? 女の子がしてはいけない顔になってますよ!」


「しょうがないじゃない! あんたの話面白すぎるんだから!」


「そうですかい!」


「はいはい。そんな涙ぐまないでよ、もう笑わないから!」


(まったく、酷いな……)


 だが、やっといつもの先輩に戻ってくれた。


「ああ、そうだ。実咲! 明日から夏休みに入るよね、だから夏休みの部活のスケジュール渡しとく。はい!」


(夏休みのスケジュールだと?)


「冗談ですよね」


「そんなわけないでしょ。明日は休みだから、明後日あさってから学校来てね!」

 

 可愛い笑顔を浮かべた懐愛、実咲にはさぞ不気味に映った事だろう。


(億劫だが仕方ない。先輩には逆らえないからな)


「わかりました」


「よし! じゃあ一緒に帰ろうか」


「はい!」


 そうして、俺は家に帰った。


 結果論だが、俺は家にいた方が良かったのかもしれない。と帰宅中に俺は思った。


 □◼︎□◼︎□


「家の電気が点いてる……」


(ああそうだ)


 俺はメイド服を着た少女が家にいる事を思い出した。


「懐かしいな」


 中学の頃を思い出す。


(さて! 雇うことになったのは事実だが、俺は居候を許可したわけではないからな! びっしり働いてもらおう!)


 俺はドアノブに手をかけた。


 そして、こう告げた。


「ただいま!」


「はい! おかえりなさいです!」



 ……夏休み初日。


 そして現在に至るわけだ。


「あのさあ、メイドさん。人のアイスを勝手に食べるのは犯罪なんだよ……。しかも一度口に入れたスプーンで食べて……はぁ」


 ついため息をついてしまう。そして、俺は残りのアイスを頬張った。


 俺は昨日、家に帰った後に感動したのだ。晩御飯が用意されていたことに!! なのになんだ! コイツは人の嫌がる事しかできないのか?


 まったく!!


 それに、コイツは自分からまだ名乗り出ていない。こっちが聞こうとすると不思議とテレビを見だしたのだ。だから俺はこの子のことを『メイドさん』と呼んでいる。


「聞いてるの? メイドさん!」


「聞いてますよー!!」


 これ見よがしにメイドさんが睨んでくる。


「ご主人様! 私まだ怒っているんですよ!! 私に嘘をついた事を!!」


「……うっ。それは……」


「何が『たまご』なんですか!! もしかして自分の名前も分からないんですか?」


「はー。ごめんなさい。これからは嘘をつかないので許してください」


 我ながらよくこんな嘘臭い事を言えたなと思う。


「……わかりました! 許します!! ただしアイスをくれたら許すことにします」


 (むー。悔しいが、仕方がないか。アイスならいくらでも冷凍庫にあるしな)


 流石には見つからないだろうし。


「わかった! 好きなのとってこい!」


「ありがとうございます! ご主人様!」


 楽しそうに選んでいる。あれだけ見ると可愛いんだがなぁ。


 ん? ちょっと待て、あのアイスは……まさか、あれを!?


「ご主人様!このハァーンゲンダッツにします!」


「うぉぉぉぉそれはダメだぁぁぁあ!!!」


 またも、俺はメイドさんと追いかけっこをする羽目になった。


 その後も、一緒にテレビを見たり、ご飯を食べたりして、一日を過ごした。


 不思議な事に、俺はメイドさんに不信感を抱かなかった。


 それどころか、これからも一緒にいてみようかな。と思うくらいには、俺はメイドさんのことを信用しきっていた。


 なにせ、コイツは人を騙せるような人間じゃない。それに、気になるなら少しずつ素性を暴いていけばいいからだ。


「おやすみ、メイドさん」


 返事は返ってこなかった。


 そして、酉乃実咲は熟睡した。


 メイドさんも熟睡した。

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