会いたくない人

 いかにも胡散臭いセミナーだ……そうは思っても、頼まれると断れないのが御供の悲しいさがだ。約束の金曜日になると、定刻より15分早く会場に足を踏み入れた。

「やあ、よく来たね!」

 入口で待っていた荒川に声をかけられた。まるで昔のイジメのことなどなかったようにフレンドリーに話してくる。御供はそれが煩わしくて、参加料を支払うとさっさと席についた。


 期待はしていなかったが、講師の話はどうにも薄っぺらく聞き応えがなかった。時計を見て早く終わらないかと思っていると、講師がこんな話を始めた。

「松下政経塾で人材育成に携わってきた上甲晃さんは、インドでマザーテレサに会ったそうです。その時マザーテレサは、いかにも汚らしく、病気持ちであまり近寄りたくないような人々を介抱していたとのことです。上甲さんは尋ねたそうです。『どうしてマザーはそのような人を介抱出来るのですか?』マザーテレサは答えました。『あの人たちはイエス様なのです』そう言われてキョトンとしていると、マザーテレサは続けました。『イエス様はこの仕事をしている私が本物かどうかを確かめるために、私の一番受け入れ難い姿をして現れるのです』それを聞いて上甲さんは心を打たれたそうです。彼にも政経塾で苦手な人がいたのです。『あの人さえいなければ』とずっと思っていたそうです。でも、苦手なあの人こそ、自分の大切にすべき人だと悟ったとのことです……」

 それを聞いた御供は心を打たれた。自分は浜本から逃げてここにいる。でも、本当は浜本の姿となって現れたイエス様だったんじゃないか……。

 御供は居ても立っても居られなくなり、席を立って会場を飛び出した。


*


 翌朝、御供は電話の音で目を覚ました。受話器を取ると、荒川の声が聞こえた。

「昨日、急に飛び出して行ったけど、何かあったのか?」

「いや、話に感動して居ても立っても居られなくなったって言うか……とにかく、とてもいい話にだったよ。誘ってくれてありがとう」

「そうか、だったら良かった。ところで、昨日のセミナーには続きがあって、中級編、上級編とあるんだけど……」

「ごめん、これから急用があるんだ。その話はまた今度ね」

 御供は一方的に電話を切った。確かに昨晩のセミナーは有意義ではあったが、これ以上関わりたくはない。そう思っていると、また電話がなった。しつこいなと思って受話器を取ると、村山からだった。

「実は先程、浜本淳一さんの刑執行の知らせを受けまして……御供さんにお知らせしようか迷ったのですが、念のためお知らせしておこうと思いまして……」

 御供はそれを聞くや否や着替えて家を飛び出した。教会で車を借り、磯原拘置所へ向かった。

 ところが高速道路の途中で渋滞に捕まってしまった。

「ああ、どうしてこういう時に限って!」

 車は動かず、気持ちと時計の針ばかりが前に進もうとする。もどかしい。車に羽根でも生えればいいのにとさえ思う。

「ああ、早く、早く動いて!」

 こうしている間にも、浜本の死は刻々と迫っている。いや、僕たちみんな、一秒一秒死に向かっているんだ……御供ははやる気持ちを抑えて黙想してみる。死について色々なことが思い浮かぶ。キリストを信じたら天国に行くと教わったけど、僕はそのことに、どれほどリアリティーを感じていただろう……。

 しばらくすると、背後からクラクションが鳴った。目を開けると前方が空いていた。渋滞が解けて車が動き出したのだ。御供もアクセルペダルを踏んで車を前に進める。

「待ってて下さい、浜本さん。今行きますから!」


第一部 終わり

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