彼女たち

 白城美紀はピニャ・コラーダを一口飲むと、ストローの包み紙を真ん中でちぎり、指輪状のものを二つ作った。北川には当てつけのように結婚願望をアピールしているように見えて興醒めする。

「まあこんな感じだから、結婚はまだまだかな」

 当てつけ返しのような発言に、今度は美紀が頬をふくらませる。

「会社クビになったからって、ボランティアなんかやるからでしょ。この機会に安定した大企業に入り直せばよかったのに……」

 北川は少しウンザリ気味に受け答えた。

「これから社会はどんどん悪くなる。そんな中で生き残れるのは、負のスパイラルなど物ともしないしっかりした自分を持っているヤツなんだよ。会社でも名誉でも、しがみつくしかない生き方は、結局流されていくのさ」

 そう言いつつ、安定した大木があれば誰よりもしがみつきたいと思っているのは自分に他ならないと北川は思っていた。

「それにしても障害者支援のボランティアなんて意外だったわ。あまり人間くさいことには関心がないのかと思ってた」

 北川は美紀には障害者支援のボランティアだと言っていた。教誨の相手がマーク・グレニンゲン症候群だからあながち嘘でもないと自分に言い聞かせていた。

「俺だって人間に関心はあるさ。なかなか今のボランティアもやりがいはあるぜ。クライアントがあの世でキリストに会ったとか言って、信じられない話だがそれなりに興味深いよ」

「あの世でキリストに会った!?」

 美紀が急に目を丸くし、身を乗り出した。うっかり突っ込まれたくないところに彼女の興味をひいてしまい、北川はしまったと思ったが後の祭り。「ねえ、その話、詳しく聞かせて!」

 せがむ彼女の気を逸らそうと試みるが、彼女の脳内は古川の臨死体験で既にいっぱいだ。

「いや、これ以上話すと守秘義務違反になるんだ。刑法134条では……」と言いかけて北川は慌てて口をつぐんだ。うっかり刑法第134条第2項条文「宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者、又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項(6月以下の懲役又は10万円以下の罰金)と同様とする」を唱えるところだった。

(危ない、危ない。宗教職であることがバレるところだった)



 御供は板垣牧師の娘である瑠都子と婚約していた。正確にはまだ公に発表していないので、婚約約とでも言った方がいいのかもしれない。

 彼女の外見は、言ってみれば普通。性格は真っ直ぐというか杓子定規で、うっかり変化球を投げようものなら手痛いリバウンドが返ってくる。総じて御供と相性が良いとは言えなかったが、彼自身は男女関係とはこんなものかなと受け止めていた。


 浜本との初めての接見から数日後、御供は瑠都子と一緒にファミレスで食事をした。

 メニューを見ながら何を食べるか決める。

「何にしようかな?」

「そうね……これと、これ」

 注文を済ませ、店員が去ると二人はありあわせの常套句を交わす。

「今日はいい天気だったね」

「うん、いい天気だった」

 それから話が続かない。沈黙、沈黙、また沈黙。

「お待たせしました、こちら○○になります」

 店員が料理を運んでくると、二人は食前の祈りを捧げて食べ始める。やはり話すことがなくて、テーブルの上ではカトラリーのカチャカチャという音だけが鳴る。

 話題、話題と御供が頭を巡らせていると、瑠都子が尋ねた。

「そう言えばこの前の教誨師の奉仕、どうだった?」

「守秘義務があるから詳しくは話せないけど、僕が担当することになった人、やりにくくて疲れちゃったよ」

「ふうん、どんな風に?」

「なんかいちいち突っかかってくるっていうか、……聖書に右の頬を打たれたら左の頬を出せとあるから殴らせろとか乱暴なこと言ってくるし。僕のことも考える努力の放棄してお祈りさえしてりゃいいと思ってる怠惰な宗教家だとか言うし……」

「そうなんだ。でも、その人の言うことに一理ある気がする」

「……え?」

「あなたってそういうところ、あるもの。少なくとも、その人の存在はあなたを成長させるための神さまの布石だと思うわ。感謝しなくちゃ」

「そうだね」と空返事をしたが、御供は一気に白けてこれ以上話す気にはなれなかった。

 そしてまた沈黙が続く。周りを見渡すと、いかにも今風のカップルが楽しそうに会話しているのが目に入った。彼氏が何かジョークを言ったらしく、彼女はケラケラ笑っている。ああ、あんな風になれたらなと御供はため息をつく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る