見送り

 村山は二人の受刑者について、ざっと説明した。


 一人目は梅川俊雄、50歳。連続強盗殺人犯として逮捕され、死刑が確定した。獄中で回心し村山によって洗礼を受け、こんにちまで村山の個人教誨を受け続けてきたという。


 二人目は桜崎豊、28歳。不倫相手を妊娠させ、揉め事となってこれを殺害。さらに事実を知って逆上した妻も殺害。殺人罪で起訴され、死刑判決を受けた。教誨を受けていないので、村山は桜崎の人となりについてあまりよく知らないという。


 村山の説明が終わるタイミングで、また誰かが入って来た。一人はいかにも仏僧らしく、もう一人はいかにも神主らしかった。教誨師はこの〝いかにも〟というところが大事なのかもしれないと御供は思った。村山は彼らに挨拶すると、互いを紹介した。

「こちらは教誨師として加わることになった北川先生と御供先生です。そして、こちらは仏教教誨師の千々岩舎利ちぢいわいえとし先生、そしてこちらは神道教誨師の八十禰司やそでいじ先生です」

「「よろしくお願いします」」

 挨拶を交わすと、千々岩と八十はそれぞれ着席した。そして〝出番〟を待つわけだが、一人目の梅川はキリスト教と決まっている。まもなく村山に呼び出しがかかり、北川と御供もついて行った。


 教誨室では梅川が複数の刑務官と共に食卓についていた。村山の姿を見ると起立して一礼した。

「先生、今までお世話になりました。お先に天国へ行ってまいります」

「最後に何かお祈りすることはありますか?」

「まあ、もうすぐ主に会えるわけですから、話したいことはその時に直接話しますよ。でも、ここにいる同胞たちの多くはまだ救われていません。彼らがイエスキリストを信じて天国へ行けるようになることをお祈り下さい」

 御供は少なからず驚いた。これから絶命するというのに、梅川はまるでこれから旅行にでも出かけるように嬉々としている。

「梅川さん、死ぬのは怖くないんですか?」

 御供は聞いてから聞くべきでない質問だったと自分の迂闊さを悔いたが、梅川はにこやかに答えた。

「ずっと怖かったですよ。夜は明日死ぬかもしれないと思って怖くて眠れないこともあったのです。でもこの部屋に入った時、イエス様がいたんです。そして、『向こうで待ってるから、安心しておいで』と、絞首台の方を指差して言ってくれたんです。そしてイエス様はそちらの方へ行かれました」

 刑務官は互いに顔を見合わせた。彼らには見えなかったらしい。今度は北川が興味津々に尋ねた。

「イエスキリストって、どんな人だったんですか? やっぱりヒゲを生やした長髪の男性?」

 梅川は宙空を見つめて考えながら答えた。

「なんとも形容しがたいですね……なんというか、友だちでもありながら先生みたいな……そして一度会ったらまた会いたいと思うような、魅力があります」

 それから村山が梅川の頭に手を置いて祈祷した。それが終わると、梅川は刑務官たちに言った。

「ではそろそろ参りましょうか。イエス様をあまり待たせても申しわけないので……」

 刑務官は頷き、梅川を刑場に連れて行った。しばらくすると、刑場から梅川の歌声が聞こえてきた。


〽いつくしみ深き友なるイエスは

 我らの弱きを知りてあわれむ


 梅川が歌い終わると、沈黙が流れた。刑が執行され、梅川が絶命したのだった。その光景はまさに旅立ちだった。


 二人目、桜崎豊の最後はそれとは逆に騒々しいものだった。

 出房と共に、足音がバタバタと聞こえる。死刑囚は複数の刑務官によって刑場に送られるが、それだけで足りなかったのだろう。やがて桜崎の声がハッキリと聞き取れるようになった。

「離せ、離してくれーっ! 弁護士に合わせろーっ!」

「おとなしくついて来なさいッ!」

「痛たっ、何をするッ!」

「おいそっち、頭を抑えろ!」

 桜崎は相当暴れているようだった。怒鳴り声の応酬がだんだんと近づき、また遠ざかっていった。すると千々岩が立ち上がって言った。

「では、お経を上げに行ってまいります」

 千々岩は手を合わせて一礼し、教誨室に向かう。桜崎のような無宗教者の場合、仏教教誨師の千々岩が応対することになっていた。ちなみに教誨室には仏壇が設置されているが、キリスト教教誨師が来る時には裏返されて十字架が出てくる仕組みになっている。

 やがて教誨室から千々岩の読経が聴こえきた。


舎利子

是諸法空相

不生不滅

不垢不浄

不増不減


 読経が終わり前室に入った桜崎は、また騒ぎ出した。

「やめてくれーっ! 殺さないでくれえ、死にたくねえ、死にたくねえよお!」

 その声は離れたところにいた北川や御供も耳を塞ぎたくなるほど壮絶だった。


 全てが終わってから、御供が村山に質問した。

「梅川さんと桜崎さんの最後があれほど違っていたのは、やはり信仰のあるなしが大きかったのでしょうか?」

 村山は神妙な面持ちで答えた。

「信仰がなくても腹をくくる方もおられますし、信仰があっても死の恐怖に打ちひしがれながら最後を遂げられる方もおられます。でも梅川さんはキリストがずっと一緒だと信じていました。そのことが彼に平安をもたらしたのは間違いありません」

 今度は北川が質問した。

「村山先生は死刑には賛成ですか、それとも反対ですか?」

「それについて私は言える立場にありません。本音を言えば、この世で悔い改める機会を人為的に早めて欲しくはありません。でも、先ほどパスカルの言葉を取り上げたように、死刑台では人間の本質的な姿があらわになります。ここで教誨師が何を出来るか……北川さんも御供さんも、今日見たことを思い出しながらよく考えて欲しいのです」

 北川と御供は黙って頷いた。


「それではこの機会に、お二人に教誨していただきたい囚人についてお話しします。北川さんには、古川晋也さんの担当をお願いします。御供さんには浜本淳一さんの担当をお願いします」

 それを聞い若い教誨師たちは固唾を呑んだ。その囚人の名前はひと頃新聞紙上を賑わしていたので、二人ともよく知っていたのである。

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