呼び出し
御供の家の電話が鳴った。ディスプレイを見ると、見知らぬ番号だ。セールスだったら嫌だな、と思いつつ通話ボタンを押す。
「もしもし」
「すみません、御供浩之さんでしょうか?」
「はい、そうですけど……」
「教誨師の村山と申します。大変急で申し訳ないのですが、これから磯原拘置所の方へ来ていただけないでしょうか?」
「え……これからですか?」
御供はまだ教誨師としての何のアドバイスも受けていない……すなわち心の準備が出来ていない。そんな状態でいきなり拘置所に呼び出しだなんて……。
ともかく急ぐようなので、素早く身支度を整えた。磯原拘置所は一日数本のバスでしかいけないようなところなので、教会の送迎車を借りた。御供は免許取り立てでまだ自分の車を持っていない。神学校では『学費は親に頼らず自分で稼ぐべし』というのが不文律になっていたので、在学中は時給の良いバイトをしていたにもかかわらず、貯金はほとんどない。
ともあれ、慣れない若葉マーク運転で苦労しながら、何とか磯原拘置所に到着した。これまで監獄というものを外側から見たことはあるが、未だに塀の中へ足を踏み入れたことは一度もない。塀の上の鉄条網がやけにギラギラと光っているように感じた。
入口には制服を着た、太ったおばちゃんが座っていた。
「あの……教誨師として来た御供と申しますけど……」
「教誨師? 見慣れない顔だけど、新人?」
「はい、急な呼び出しがありまして……」
「あ、そう。じゃあ、刑務官が案内するからついて行って」
おばちゃんが鼻先で合図すると、背後にいた洞という名の若い刑務官が御供を案内した。
「こちらでお待ち下さい」
そうして案内された部屋にはまだ誰もいなかった。とりあえずパイプ椅子に腰掛けて待っていると、誰かが入って来たので御供はあわてて立ち上がった。
「は、はじめまして。今日初めて教誨師として来た御供と申します!」
すると、相手は少し驚いて身を引いた。よく見れば、御供と同世代くらいの青年だった。
「あ、ああ、北川です。って言うか、俺も今日からだけど、まあ、よろしく」
「北川さんもやっぱり教誨師ですか?」
「そうですよ、って言うかさ、俺たちあんまり年変わらないみたいだから、タメ口で良くね?」
「はい……あ、いや、うん……」
御供は初対面で敬語を使わない人間が苦手だった。ましてや、それを自分にまで強要されるとますますやりづらい。教誨師をするというのに、なんて軽い人だろうと御供は呆れた。北川の爪先から頭のてっぺんまで観察してみると、いかにも今どきの若者という感じで、とても神に仕える聖職者には見えない。
「あの、北川……君は、神学校出てるの?」
言ってから失礼な質問だと御供は後悔したが、相手は気にしている様子はなかった。
「まあ、一応慶智の神学部出てっけど……」
「慶智なんだ、すごい!」
「いや、慶智って言ってもモテるのは理学部や経済学部で、神学部は大したことないさ」
謙遜するポイントがそこかよ、と御供は心の中でツッコミを入れた。その時、また一人入って来た。祭司服を着た壮年の男性で、いかにも牧師という出で立ちだ。
「遠路はるばるご足労いただき恐れいります。私はここで教誨師をしております村山と申します」
「北川です」
「御共です」
互いに自己紹介すると、村山は言った。
「実は、突然こうしてみなさんに来ていただいたのは……今日、二人の死刑執行が決まったからです」
すると北川が顔面蒼白になって言った。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。研修も何もなしでいきなり死刑に立ち会うんですか!? そりゃあまりにも突然過ぎますよ!」
御供は何も言わなかったが、北川と同じ意見だった。
「唐突だと言うことはわかっています。ただ、死刑執行のことは当日にならないと知らされないのです。刑務官にさえ知らされないくらいですからね」
「だからと言って……こっちにだって心の準備ってもんが必要でしょう」
「北川さん、パスカルがこう言ったのです。『人間は生まれながらに死刑囚である』と。これからあなたがたが立ち会うのは、人間存在の究極の場面なのですよ。特に今日受刑される二人のうち一人は、私がずっと個人教誨をしてきた梅川俊雄さんです。素晴らしい信仰者なので、天に召される前に是非会っていただきたいと思いましてね」
村山の口ぶりは穏やかだが確固だ。もはや北川も御供にもそれを受け入れるより他なかった。
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