古川晋也(ふるかわ・しんや)

§ 毎朝新聞 平成△年□月○日

【古川晋也被告に死刑判決】


 E県F市において飲食店店員姉妹を強姦及び殺傷したとして、強盗強姦及び強盗殺人の罪に問われていた古川晋也(ふるかわ・しんや)被告の判決公判が◯◯日、F地裁で開かれた。石平倫欧裁判官は被告の責任能力を認め、求刑通り死刑を言い渡した。

 当裁判において弁護側は、被告がマーク・グレニンゲン症候群を発症しており、心神喪失による無罪や刑の軽減を求めていたが、検察側は完全責任能力があったとして、死刑を求刑していた。

 判決では、犯行が計画的で用意周到であったことから、被告が状況を的確に判断し目的に即した行動が可能であったと判断し、症状が犯行に影響を与えたとは考えられず、完全責任能力があったと結論付けられた。


──────


「主文。被告人を死刑に処する」

 裁判長がそう宣告すると、傍聴席がザワつき、一斉に大勢のマスコミ関係者が駆け出して行った。証言台の上で古川晋也ふるかわしんやは、ただ呆然と、裁判長の語ることに耳を傾けていた。その言葉のほとんどは難しすぎてわからなかった。周りは何やら慌ただしく動き回っている。古川はまるで天体観測でもしているような気持ちだった。

「宗教裁判1633年……それでも地球は回る……」

 古川はボソッと呟いたが、だれも気に留めなかった。もはや判決の下された被告人に興味を持つ者はいなかった。あのやたらと熱っぽかった弁護士さえも……。古川はホッとした。もうこれで、あのうるさい弁護士に付きまとわれることはないのだ。もちろん警察や検察での取調べは厳しかった。しかし、罪状を認めてしまえば優しく対応してくれた。だが、弁護士だけはしつこく根掘り葉掘り聞いてきた。刑事や検事よりもよほど怖かった。

「君のためにやってるんだ!」

 そんな押しつけがましい怒鳴り声を聞くたび、古川は縮み上がった。早く裁判が終わって欲しい。早く自由になりたい。そればかり思っていた。古川は開放感を味わった。これでもう、誰にも怒られない。バカにしたり虐めたりする者もいない。


「もう終わり……やった……」


 その時、急に古川の心臓が異様に鼓動し始め、徐々に意識が薄れていった。



 古川が再び目を覚ますと、目の前に人の顔があった。

「古川さん、わかりますか?」

 即座に反応することが出来ず、瞼を閉じて意思を伝えた。そしてここが病院であることを認識した。正確に言えば、拘置所の医務棟で、目の前の人物は准看護師の資格を持つ刑務官であった。古川の意識が戻ったと報告を受けた医官の杉浦洋一すぎうらよういちは、早速問診にやって来た。

「古川さん、お話出来ますか?」

 杉浦の問いかけに、古川は絞り出すようにかすかな声で答えた。

「新しく……生まれる」

「……え?」

「水……風……」

 古川は譫言うわごとのようにつぶやいていた。杉浦医官は何のことかわからず、肩をすくめて准看護師と顔を見合わせた。だが、准看護師がふと思いついたように言った。

「彼の言った言葉……聖書の言葉じゃないですか?」

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