浜本淳一(はまもと・じゅんいち)

§ 毎朝新聞 平成□年○月△日

【浜本淳一被告に死刑判決】


 ◯月○日D地方裁判所は、結婚詐欺及び連続保険金殺人の罪に問われていた浜本淳一(はまもと・じゅんいち)被告に対し、求刑通り死刑判決を下した。

 浜本被告は平成△年から数年に渡り、三人の女性と婚姻関係があったがその全員に多額の保険金がかけられており、いずれも入籍後一年以内に死亡していた。生命保険会社の調査によって被害者の死因に不審な点が見つかり、警察に通報された。

 伊東明宏裁判長は「保険金殺人という社会的影響の大きさ、殺害に至る動機に鑑みて酌量の余地はなく、検察の求刑は妥当」と話した。

 なお被告弁護人は今回の判決を不服として控訴する方針を示している。


────


 若い刑務官の洞一郎ほらいちろうは、大量の差し入れ物資を見て顔をしかめた。

「うわあ、こんなにたくさん! また浜本あいつですか」

 年配の刑務官、中島恒広なかしまつねひろが受け答えた。

「ああ、そうだ。あいつにはバックがついてるからな、いつも大量に送られてくる」

「バックってまさか、コレですか?」

 洞が頬に傷をつけるジェスチャーをすると、中島が失笑する。

「浜本は逮捕前に死刑反対を唱える人権擁護団体にいたんだよ。その団体ってのがD県にあって、地元じゃ結構幅をきかせているんだ。D県と言えば笹川法務大臣の地盤だ。この意味がわかるか?」

「死刑執行命令を出すのは法務大臣……つまり、死刑執行を牽制できるということですか」

「ああ。運動に働きかけてあわよくば死刑廃止に持ち込もうという狙いもあるだろう。相当あちらにもカネを注ぎ込んだらしい。もっとも、そのカネってのは女性たちから騙し取ったものなんだが……」

 言いながら中島が洞を見ると、相当憤慨している様子だった。こうしていちいち義憤にかられるのは若い証拠だ、と中島は思った。


 ✞


 その頃、当の浜本は弁護士の竹内英輔と接見していた。

「浜本さん、ちょっとまずいことになりましたよ」

「まずいこと?」

 浜本は呑気にかまえていたが、竹内弁護士の次の言葉に愕然とした。

「今朝のニュースで笹川法務大臣の辞任が報道されました。つまりあなたの後ろ盾は無力化されたわけです。その上、首相は後任として栗本女史を当てる人事を決めたと発表がありました」

「その栗本って……どういう人物なの?」

「バリバリのフェミニストで通っています。彼女は地元の女性支援団体から絶大な支持を受けているから、法務大臣就任となれば、当然〝女性の敵〟と目されるあなたの首を絞めにかかることになるでしょうね」

「そんな……先生、何とかならないの!?」

「もちろん再審に向けて最善は尽くしますが、大臣の一声で全て決まり、その大臣を突き動かすのは民意です。だから浜本さんはできるだけ民意を味方につけるように努力してもらいたい」

「具体的にどうすればいい?」

「悔い改めて善人になったと世間に訴えるんです。手っ取り早いのは、宗門に入ることでしょう。宗教で人生変えられたとでも言えば世間に対して説得力があります」

 浜本は腑に落ちなかったが、命がかかっているとなれば背に腹は変えられない。接見が終わった後、浜本は刑務官に言った。

「個人教誨を頼みたい」

「宗教は?」

 浜本はしばらく考えてから答えた。

「……キリスト教」

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