北川学(きたがわ・まなぶ)
学長の告辞が、一人の卒業生の耳を左から右へと抜けていく。そして生まれる前に流行った歌の歌詞が頭に浮かんだ。
──卒業式だと言うけれど、何を卒業するのだろう──
入学当初は、さぞ品行方正なバテレンばかりが席を並べるのかと身構えていたが、学生のほとんどは北川と同じような動機で入学していた。だがそんな俗物は学生ばかりではない。指導陣もまた似たようなものであった。
主任教授の
師
(オレ……何やって来たんだろ)
🥂
「初出勤おつかれさま〜!」
「どうも」
と言って北川はモスコミュールを口にする。ビール党の北川としてはキンキンに冷えた生ビールを豪快に飲み干したいものだが、彼女とのデートはカクテルバー「カサブランカ」が定番となっている。
「今日はオレが奢るよ」
と胸を張る北川を、美紀は鼻であしらう。
「そういうことは初任給出てから言って」
何となく男気を挫かれた気がして、北川は少しムッとした。
美紀とは一年半前、合コンで知り合って以来の付き合いである。同い年であるが、短大を出て保育士として働く彼女は社会人としては二年先輩である。そういう事情でデートの費用はほとんど彼女持ちだった。
「でも、どうしてITベンチャーなんて入ったの? 慶智出てたらもっと大手狙えたでしょ」
「まあな。でも小さい所の方が自分の可能性を試せると思ったのさ」
北川はそう言ってごまかした。
合コンでは慶智大のブランド力が遺憾無く効力を発揮し、北川は終始モテモテだった。そして、その中で一番かわいいと思っていた美紀にモーションをかけ、交際が始まった。だが神学部であることは伏せていた。こうした出会いの場で慶智ブランドが功を奏するのは理学部や経済学部など一般の花形学部であり、神学部は微妙な印象を持たれがちだった。慶智で目を輝かせた女性たちも、神学部と聞くとさっと引いてしまう。それで「慶智は名乗っても神学部は名乗るな」というのが先輩たちから代々伝えられてきた不文律だった。
🏢
その翌日、北川はいつものように出勤すると、あてがわれたパソコンを開いた。目下、近々アップデートされるというブラウザのバグをチェックしていた。無造作にいじっているうちに、妙なポップアップが出て来ることに気がついた。
(……何だこれは?)
北川は無作為にそのポップアップをクリックした。すると突然コマンド画面が表示され、数字が目まぐるしく動き出した。そこにたまたま通りかかった先輩がその画面を見て仰天した。
「おい君、何やってるんだ!」
彼は北川を無理矢理どかせると、そのパソコンを色々と操作した。そして受話器を取って内線電話をかけた。
「
それから数人のシステムエンジニアがやって来て、鬼気迫る勢いで作業した。北川はただボーッと傍観しているより他なかったが、誰も気に留めることなく、咎めることもしなかった。
システムエンジニアたちの迅速な対応のおかげでシステムは復旧し事なきを得たが、北川はその場でクビを宣告された。
💁♂️
後日、北川は母校の就職課を訪ねた。
「……というわけで急に仕事がなくなって……何か仕事ありませんか?」
係員は眉を潜めた。
「正直に言って、一度そういうトラブルを起こされると、紹介は厳しいんですよ」
「そこを何とか、紹介してもらえませんか」
係員はしばらく考え込んで言った。
「北川さん、神学部出身でしたよね」
「ええ、そうですが」
「ひとつ、急募のボランティアがあるんですが……北川さん、この機会に応募しませんか?」
「ボランティア? 何をするんです?」
「教誨師です」
「教誨師い!?」
聞き返す北川の声が裏返った。
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