第90話 公務②

 魔法大国グランディスに来て、しばらく経ったころ、俺は一つの気になる情報を入手していた。

 それは、この国には「ロード・オブ・ワンド」と呼ばれる伝説の杖があると言う情報だ。

 ひょっとして、俺の破滅フラグに関係する魔王の杖なのではないか?

 俺は気になって気になって、夜も眠れなくなっていた。

 それを隣で寝ているクリスティアナ様が敏感に察知した。

「シリウス様、どうされたのですか? どうも最近眠れてないみたいですが」

「にゃ~」

「にゃ~では分かりませんわ」

 そう言いながらも、モフモフする手を止めることはなかった。

 翌日、俺は正直にみんなに話した。

「ロード・オブ・ワンド? そんな杖、聞いたことないけど、そんなに気になるなら、見に行けばいいじゃん」

「そうは言っても、この城の人目がつかない場所にあるんで、簡単には見に行けないんだよ」

「ふ~ん」

 フェオはあまり興味がないようだ。残念。

「そうですわ! この透明マントを使ってコッソリと見に行けばいいのですわ」

「そうか、その手がありましたね! フェオ、俺達の魔力を遮断することはできるかい?」

「合点でい!」

 コッソリ、と言う言葉に心を惹かれたのだろう。フェオが急にやる気になった。ほんと、イタズラめいたことになると、俄然やる気になるな、フェオは。それが妖精の性なのか。

 方針が決まった俺達は、早速、例の杖を見に行った。

 場所は事前に調べていたので、すぐにその保管場所にたどり着いた。

「あれが例の杖ですわね。何だかボロボロの木の枝にしか見えませんけど?」

「奇遇ですね。私にもそう見えますよ」

 近づいて見たが、その評価は変わらなかった。

「これ、一度でも使ったら折れますよね」

「折れますわね」

 二人して眺めていると、ややあってフェオが口を開いた。

「これ、妖精の杖だわ。もうほとんど力は残ってないけど」

「これが妖精の杖!?」

「うん。でも、この杖と結びついてる妖精がいないみたいだから、もうダメね」

 さらっとフェオは言ったが、それって、その妖精はすでにこの世にいないということだよね……。

「フェオ……」

 俺とクリスティアナ様はそっとフェオを抱きしめた。フェオはなされるがままに、押し黙っていた。フェオの仲間はもういないのだろうか? フェオは一人ぼっちなのだろうか?

「ちょっと、何しんみりしてるのよ! 自然淘汰は自然の摂理よ。二人が気にすることないのよ」

 バシバシと叩くフェオ。ここで悲しんでも、フェオが余計に気を使うだけだ。気持ちを切り替えよう。

「ありがとう、みんな。これでスッキリしたよ」

「最強の杖が欲しいなら、フェオちゃんのをあげるよ~?」

「ふふっ、考えておくよ」

「ほんと!? 約束だからね!」

 何故か嬉しそうなフェオ。杖をあげるのは妖精にとってそんなに嬉しいことなのだろうか? よく分からないな。

 考えても答えは出そうになかったので、俺は考えるのをやめた。


 魔法学園の秋の恒例イベント、遠足、が開催された。

 この遠足イベントはただ遠くまで歩くのではなく、魔の森と呼ばれるモンスターが出る森に行き、実戦形式で魔法を使って倒すという、なかなかスパルタなイベントだった。

 もちろんこの森は、そんなに驚異がある場所ではなく、安全性は確保されていると言うことだった。

 だがしかし、イレギュラーというものはいつも起こり得ることを、俺達は痛感するのであった。

「さすがはエリオット様ですわ。魔法がお上手ですこと」

「本当ですわ。機会があればぜひ教えていただきたいですわ」

 モテモテエリオットにご令嬢達がたくさん集まって、口々に褒め称えていた。

 現在、目的地への移動中に現れたモンスターを魔法で華麗に倒したところである。

 周りの男子からは歯ぎしり音が聞こえて来そうだ。睨んでいるのがここからでも分かった。

「シリウスに比べたら大したことないわね」

「ダメよ、フェオ、シリウス様と比べたら。相手が可愛そうですわ」

 どうもエリオット君は、うちの女性陣からはあまりいい評価はいただいていないみたいだ。まあ、クリスティアナ様とフェオをあんなにジロジロと見てたら、そりゃ嫌がられるよな。多分本人は、単に興味があるだけなのだろうが。

 エリオットはどうも研究者気質があるようで、図書館でよく合うのだ。杖のことを教えてくれたのもエリオット君だし、俺としてはもっと仲良くしたいと思っているのだが、あまり上手くいっていない。


 そんなキャーキャー言われているエリオット君と共に進むことしばし。森の開けた場所に出た。

「休憩するにはちょうど良い場所ですね。少し休憩して行きましょうか」

 エリオット君の提案により、休憩することになったのだが。

「ん? 何かあの岩山、変?」

 フェオが何かに気がついたようで、ゴロゴロと石が無造作に転がっている辺りを指差した。

 何だろうとその岩山を見ていると、急にその岩山が動きだした。そのことに、エリオット達も気がついた。

「何だ、あれは!? ゴーレムなのか?」

 その間にも、ゴゴゴ、と不気味な音を立てながら形を変えていくゴーレムは、ついにその姿を現した。

 ゴーレムの表面は何だか青色の金属のような色をしている。これってもしかして。

「ま、まさか、ミスリルゴーレムなのか!?」

 辺りに悲鳴が木霊した。どうやらこのゴーレムはこちらを、というよりかはエリオットを狙っているようだ。

 動きだしたゴーレムに魔法が放たれたが、無惨にもミスリルによって弾かれた。

 得意の魔法が効かないとあって、絶望の色が漂い始める。

「ねぇ、シリウス。あのゴーレムって、表面だけがミスリルみたいだね」

「そうだね。全身ミスリルだったら用意するのにかなりのお金がかかるからね。まあ、これだけでもかなりの金額になっていると思うけど」

 事も無げに俺とフェオが話しているのを聞いたエリオットは、俺達に聞き返してきた。

「それじゃ、あれは誰かが用意したものなのかい!?」

「間違いないでしょう。今日の日程でこの場所を通ることが分かっていれば、事前に準備することなど簡単でしょうからね」

 それに、と俺は続けた。

「天然のミスリルがこんなところにあると思いますか? あったらすでに取り尽くされてなくなっていると思いますよ。それに岩の表面だけに都合よくコーティングされているなんて、まずあり得ないでしょう」

 自分が狙われていたことに気がついたエリオットは唇をかんだ。そしてそのせいで、周りの人たちを巻き込んでしまったことに思い至ったようだ。

「すまない。せめて君達だけでも……」

「エリオット、今からアイツの表面に穴を空ける。そこに魔法を撃ち込め。穴の空いた部分からなら、魔法は弾かれないはずだ」

 俺の言葉に目を見開いたエリオット。俺はそれに軽く頷くと、すぐに行動を開始した。

「クリスティアナ様、危険ですので下がって下さい。フェオ、クロ、クリスティアナ様を頼んだ」

「ピーちゃん! 貴女もお願いね」

【お任せ下さい】

 今思ったけど、ピーちゃんにやってもらった方が良かったんじゃ……。いやいや、クリスティアナ様がフェニックスを従えているとか、他の国にバレるとまずいかも知れない。ここはやはり俺達がやるべきだな。

「エクス、頼んだよ!」

 俺の言葉に応えて、腕輪型のエクスが輝きだした。そして、あっという間に俺の体を包んだ。

 周囲からは驚きの声があがっていたが、さすがにエリオットは知っていたのだろう。少し驚いたものの、すぐに顔を引き締めた。

「シリウス、エクスは魔法剣だから跳ね返されるんじゃないの?」

「大丈夫だよ、フェオ。俺にいい考えがある。エクス、俺の考えを再現できるかい?」

 イエス、マスター、と力強い声が返ってきた。光り輝く剣の形をしていたエクスカリバーはその姿を変え、俺の両腕に光が集まった。

 光が収まると、そこには俺がイメージした通りのオルハリコン製のナックルが装着されていた。

「オルハリコンの拳なら、ミスリルくらい簡単に貫けるはず!」

 別に普通の剣にすれば良かったのだが、カッコよさそうだったのでナックルにした。拳で敵の硬い装甲を撃ち破るとか、カッコよくない?

「エリオット、準備はいいな?」

「いつでも!」

 それを聞いた俺はゴーレムに向かって走りだした。

 何これ、風より早い!

 どうやらエクスの強化の影響で、身体能力がとんでもないことになっているらしい。眼前に迫るゴーレムの拳を俺の拳が粉々に砕いた。

 おっと、このままだとエリオットの出番がなくなってしまう。

 俺はすぐにガードがなくなった胴体部分にいくつか穴を空けて、後ろに跳び下がった。

「エリオット!」

「はい! クラッシュボール!」

 クラッシュボールは当たった場所を破壊する魔法だ。ゴーレムなどの硬いモンスター相手には非常に有効な魔法だ。

 ゴーレムの本体に当たった魔法は見事にその巨体を粉砕した。周囲からは歓声の声があがっていた。


「ありがとう、シリウス。本当に助かったよ」

「礼など不要ですよ、殿下。友として、当然のことをしたまでですから」

「あ~あ、学園から出たらその口調か。もっと学園にいてもらいたかったよ」

 あのあと、犯人探しなどでゴタゴタしたのだが、結局、犯人は捕まることはなかった。

 再びエリオットが狙われる可能性もあるため、エリオットは学園を休学することになった。

 そして、危険があるようなところに俺達を置いておくわけには行かないと、すぐに国に戻るようにと通達がきていた。

「それでは殿下、これにて失礼致します」

「またな、シリウス!」

 俺達はがっちりと握手を交わした。

 ん? また? もしかして、そのうちこちらの国に来るつもりじゃないだろうな? まあ、いいか。

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