第89話 公務①
夏休みが終わるころ、俺達は国王陛下に呼び出された。
また何か、俺やっちゃいましたか? と思っていると、どうやら違ったらしい。
「隣国の魔法大国グランディスに視察に行ってもらいたい。そこで二人には、あちらの国の学園に留学生としてしばらく通ってもらうつもりだ。こちらの学園はしばらく休学することになるが、よろしく頼んだぞ」
国王陛下からの勅命だが、ガーネット公爵家の力ならお断りすることも可能だろう。だがそうすると、クリスティアナ様一人で行かせることになるので、それはそれでまずい。
渋々ではあるが、それを引き受けることにした。
その日の夜。俺達はこれからの話を詰めるためにお城に泊まった。
「そういうわけなのよ。クリスティアナには悪いけど、シリウスちゃんとは部屋が離れてしまうことになるわ。留学している間だけだから、大丈夫よね?」
「大丈夫ではありませんわ! シリウス様無しでは夜に安心して眠れませんわ」
王妃様の無情な、いや、年齢的には当然の通達にギャンギャンと泣き叫ぶクリスティアナ様。その駄々っ子ぶりは完全に子供だった。いや、年齢はまだ十二歳なので、ギリギリありなのか?
だが、同じ部屋で寝るだけならまだしも、同じベッドで寝るのはそろそろまずいと思う。
出会ったころとは違い、クリスティアナ様も随分と発育している。完全体に近づきつつあるその体は、日に日に何だか妖艶になりつつあった。
ここは心を鬼にして、クリスティアナ様離れ、いや、シリウス離れをしてもらうべきだろう。
「シリウス様も私と一緒に寝たいですわよね?」
キラキラと涙を湛えた瞳をこちらに向けてきた。
う、これはズルイ! これでノーと言える人がいたら、多分俺はぶん殴るな。
「もちろんですよ」
クリスティアナ様の目に溜まった涙を指で拭いながら言った。言ったものの、どうするんだ、これ。
王妃様も、やれやれと呆れた顔をしている。他国の学園で年頃の婚約者が同じベッドで寝る。完全に案件が発生する問題である。
【それならば、私が主様の代わりをいたしましょう】
クロがそう言った。なるほど、その手があるか。
「そうだね。そうしようか」
何のことかまだ掴めていない王妃様とクリスティアナ様。そう。クロは影武者の達人なのだ。
「どういうことですの?」
首を傾げてクリスティアナ様が聞いてきた。
「夜の間、クロに私の影武者になってもらうのですよ。そして本物の私は、クリスティアナ様の部屋に泊まるのです」
「それだと、誰かがクリスティアナの部屋に来たときに困るんじゃないのかしら?」
王妃様が疑問をぶつけてきた。心配ご無用。こんなこともあろうかと、変化の魔法を創っておいたのだよ。
「心配はいりません。私には猫に変身する魔法がありますから。これを使って、クリスティアナ様のペットとして夜の間過ごします。クリスティアナ様の護衛も兼ねることができますし、一石二鳥です」
「猫になる魔法? シリウスちゃん、疑ってるわけじゃないんだけど、一度見せてもらってもいいかしら?」
王妃様が念には念を入れるかのごとく確認してきた。特に隠すことでもないので、俺はその場で魔法を使い、猫の姿になった。
クロと瓜二つな真っ黒の猫だ。
「か……」
「にゃ?」
「可愛いー!」
ぐえっ、クリスティアナ様が抱きついてきた。胸の、クリスティアナ様の胸の感触が凄い! と言うか、息ができなくて死ぬ!
慌ててタップをすると、それに気がついたクリスティアナ様が少しだけ腕を緩めた。
「ごめんなさい、シリウス様。まさかこんなに猫だにゃんて……」
スーハーと俺の匂いを嗅ぐクリスティアナ様。ああ、なんかあまり嬉しくない感じがする。
「クリピー、あたしも、あたしもー!」
「お姉様、私も抱っこしたいです」
みんなからは大変好評のようだ。
クロと一緒にモフモフされ続けた。
ごめんクロ。毎日こんなに大変だったんだな。今まで止めなくて悪かった。次からは気をつけるよ。
色々あったが、俺達は夏休み開けから隣国の魔法学園に留学することになった。
隣国に到着するとすぐに、グランディス王国の国王陛下と謁見した。もちろん、視察に来たのは俺達子供だけではなく、一週間ほどだが、クリスティアナ様のお母様も一緒だ。そのお陰で国王陛下への謁見や、その他諸々の面倒そうなイベントも、そつなくこなすことができた。
さすがは第二王妃。頼りになる。多分クリスティアナ様に、外交はこのようにするのだ、と教えるために連れて来たのだろう。巻き込まれた俺はとんだ迷惑なのだが、実戦形式のやり方はさすがだと思う。得られる経験値が段違いだからね。
歓迎の席でこの国の王子にも面会した。
そのうちの一人は俺と同じ年齢であった。
「エリオットです。よろしくお願いします」
イケメン好青年の男子。これはモテる。間違いないな。クリスティアナ様を見て、何だか顔が赤くなっている。だがしかし、じっと見られたクリスティアナ様は居心地が悪かったのか、すぐに俺の後ろに隠れた。
すまんな、イケメンエリオット。悪気はないんだ。許してやってくれ。
一通りの挨拶がすみ、今日予定されていた公務は終了した。
「疲れたわね~。なんかあちこちからジロジロ見られて、居心地が悪かったわ」
そのときのことを思いだしたのか、フェオが嫌そうな顔をした。
「仕方がないよ。妖精は珍しいからね。それにこの国は魔法大国と言われているし、魔法の祖と呼ばれる妖精が目の前にいたら、そりゃ注目を集めるよ」
「そうかな~? シリウスに見られるのは何ともないんだけどな~」
そう言ってフェオが顔にすり寄ってきた。フェオの柔らかな羽根が当たってくすぐったい。
「私達が呼ばれたのはそのせいかも知れませんわね」
「確かに、フェオを見たかったのかもね」
ん? エクスも見られてたって? それは腕輪型のエクスから漏れる魔力に気がつくくらいの魔法使いが何人かいたからじゃないかな?
今回エクスには申し訳ないが、腕輪型のままでいてもらうことになっている。その分、肌身離さず持っているから、と約束すると、ようやく納得してくれた。
俺はエクスを撫で撫でしながら、自分の見解を口にした。
「さすがは魔法大国というだけあって、魔法や魔力に関することになると、すぐに興味を示してきますね。私はなるべく魔法を使わないようにしますわ」
「私もそうします」
「あたしも~。シリウスから絶対に離れないからね」
一日目の印象はあまり良くなかった。早くも帰りたい。まあ、途中で帰ってもいいと言われているので、生活に支障が出るくらい嫌になったらとっとと帰ろうと思っている。
「それでは、そろそろ寝ましょうか。クロ、あとはよろしくお願いしますわ」
【かしこまり】
そう言うと、クロは俺の姿に変化した。
何度見ても凄いな。俺と瓜二つだ。それを確認した俺はすぐに猫の姿に変化した。
するとすぐにクリスティアナ様に抱き抱えられた。
「にゃ!?」
この変化には欠点があった。にゃん語しかしゃべることができないのだ。致命的な欠点だが、留学までに何とかすることはできなかった。
俺のつけていた腕輪型のエクスはクリスティアナ様が身につけた。これも事前に決めておいたことだ。
クリスティアナ様は上機嫌で俺を抱えて、用意されている自分の部屋に戻った。
「さあ、まずはブラッシングからですわね」
「クリピー、あたしもやる~」
にゃ!? にゃにゃ!」
俺の健闘も虚しく、好き放題にされる俺。クリスティアナ様に同情するんじゃなかった……。
散々モフられたあと、ようやくベッドに入った。
「まだこの季節は暑いですわね」
そう言うや否や、クリスティアナ様がネグリジェを脱ぎだした。フェオも同じことを思ったのか、スポーンと脱いだ。
「これも、脱いじゃおうかしら?」
そう言いながら、下着も脱ぎ始めた。この間の結婚宣言以降、みんなの積極性が増していた。俺が慌ててそれを止めると、下着姿の上からガッシリと抱かれた。
俺とクリスティアナ様の間はわずかに下着一枚。それなのにクリスティアナ様は嬉しそうに俺を抱いたまま布団に潜り込んだ。フェオは俺の背中にべったりと抱きついている。
あのとき、同情して良かったかも知れない。
俺はすぐに手のひらを返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。