第88話 中等部一年生
春になり、俺達はそろって王立学園の中等部へと進学した。
ここからは、初等部のみんな横並びの制度とは違って、実力主義の世界になってくる。
なぜ、まだそうなってくるだけなのか言うと、一般庶民が入学することができないからだ。
中等部までは、まだ一般庶民に負けることがないので、貴族としてのプライドは保たれるということだ。それでも下位の貴族に負けて文句を言う奴もいるけどね。
そういう輩は多くの問題を起こすので、この中等部の間にオサラバすることになるようだ。
ここからは問題児は容赦なく追放される。ある意味恐ろしい世界である。
中等部一年生の校舎の前にはクラス分けの紙が貼り出されていた。
それを見に来ている人数は、初等部のときの五倍から六倍程度の人数になっている。かなり多い。それだけこの国の人口が多いということなのだろう。
俺達の名前は……あった。どうやら一番上のクラスのようだ。クリスティアナ様の名前も同じところで見つかりホッと一安心した。
「やりましたわね、シリウス様! 同じクラスですわ。ああ良かった。不安で昨日は眠れませんでしたのよ」
うれしそうにクリスティアナ様は言っていたが、昨日、クリスティアナ様はクークーと健やかな寝息をたてて寝ておりましたよ? むしろその隣で寝ている俺の方が、その無防備な姿にドキドキして眠れなかったんですが。
「そうなのですね。それでは今日からはゆっくりと眠ることができそうですね」
ここで、いつまで一緒に同じ布団で寝るつもりなのを問いただしておきたかったのだが、中等部の初日からクリスティアナ様の機嫌が悪くなるのは大変困るので、夜に改めて聞こうと思う。
「クリスティアナ様、シリウス様、おはようございます。同じクラスですわね。よろしくお願いしますわ」
俺達がいることに気がついたマリア嬢が駆け寄ってきた。その後ろからはルイスがついてきている。ラブラブか。
だが、マリア嬢が俺達を呼んだせいで周囲がざわつき始めた。
それはそうだ。なにせクリスティアナ様はこの国の第二王女殿下なのだから。加えて言えば、俺も公爵家の人間であるため有名人である。
今年から学園に通う者にとっては、とても珍しい存在であるため、注目を集めるのも分かる。ああ、それに、妖精のフェオもいるしね。
これはしばらくの間は周囲が落ち着かなそうだな。
「マリア嬢、ルイス、おはよう。私達のクラスはあっちみたいだから、みんなで行こう」
そう言って、俺達は連れ立って特進クラスへと向かった。
え? ロニー? あいつはいい奴だったよ。
「特進クラスは一つしかないみたいですね。おお、さすがに見たことのない顔の子が多いですね」
初等部は王都に住む貴族の子弟が中心に通っていたが、当然全員が頭がいいというわけではなかった。そのため、中等部に上がると、できの良くない子は見事に淘汰されていた。
その代わりに、各地に散っていた優秀な子供達が集まってくる。そう考えると、初等部よりかは楽しめそうである。優秀な友達を探すのもこの辺りからかな?
授業方針は基本的に初等部と同じようなシステムだった。
午前中に共通科目があり、午後は選択授業だ。初等部違うところは、午後の授業もクラス分けがなされるというところだ。そしてこのクラス分けは、他のクラスを全て含めた上でのクラス分けとなる。そのため、剣術の授業で言えば、強い人達が集まった猛者ぞろいのクラスが出来上がるわけだ。オラ、ワクワクしてきたぞ。
剣術の授業では、初日にクラス分けのテストがあった。そのため、今日から始まる二回目の授業からがクラス分け後の本当のクラスである。
あ、カレン嬢がいるな。こちらに向かって手を振っている。これは誤解されないように慎重に行動しないといけないな。
「ご機嫌よう、シリウス様。やはり一番上のクラスになりましたのね。まだまだ私ではシリウス様に敵いませんし、色々と指導してもらえるとありがたいですわ」
カレン嬢が昨年の剣術大会で優勝していることは、剣術クラスではほとんどの人が知っている。その優勝のカレン嬢が敵わないと言うのだから、必然的に俺も注目されることになった。
「ほう、カレンよりも強い奴がいるとは、ぜひともお手合わせ願いたいな」
振り向くと、かなりのイケメンの男が立っている。昨年まで見かけなかった顔なので、中等部がらこの王立学園に入学したのだろう。
「アーサー、貴方もこの学園に来ていたのね。また一緒に剣の腕を競いあえるだなんて、うれしいわ」
どうやらこのイケメンはアーサーと言うらしい。そしてカレン嬢のこの反応を見ると、どうやら幼なじみか何かのようだ。仲も大変良さそうなので、ぜひともそのままアーサー君とねんごろな関係になってもらいたいところだ。
今の俺への突っかかりは、要はしっとなのだろう。早いところ、俺には婚約者がいるから、カレン嬢には興味がないと分からせておかないといけないな。
「みんなそろったか? それでは剣術の授業を始めるぞ。まずは、お互いに実力を知っておいた方がいいな。では手始めにトーナメント戦を行う。もちろん手加減はなしだ」
剣術クラスの担当の先生はそう言うと、サッサとトーナメント表を作り出した。
まあ、分かりやすくていいか。女性も何人かいるが、関係ないみたいだな。
こうしてササッとトーナメントが作り上がった。
試合に使用されるのは木刀である。さらには怪我人が出たときに備えて、治癒師が待機していた。つまり、それだけ激しい戦いになることもあるということだ。
俺は余裕で二回戦を勝ち上がり、三回戦目でアーサーと戦うことになった。
「公爵家だからと言って、手加減はしませんよ」
どうやらアーサー君はどこからか俺の情報を入手してきたようである。対して俺は、先のアーサーの戦いをじっくりと観察していた。
そして気がついたことがある。
アーサーの得意とする攻撃が、どうもゲームで見たことがある必殺技に良く似ていたのだ。名前までは思い出せないが、その必殺技が一撃必殺のチート級の技だったので、印象深く、覚えていたのだ。
ただし、攻略対象の名前は覚えてなかった。多分アーサーで合ってると思う。チートな強さも持っているしね。
俺はアーサーと対峙した。お互いに中段に構えをとった。どうもアーサーは俺とにらみ合いをしたいようだったが、サッサと試合を終わらせたい俺は、早々にスルリと動きだし、その間合いを詰めた。
一気に間を詰められて焦ったのか、一瞬だけアーサーの目が見開かれた。しかしすぐに鋭い目付きに戻る。
横薙ぎに切りかかった俺の剣をアーサーがガッチリと受け止めた。そのまま押し返そうとしてきたアーサーの力を利用して受け流すと、わずかにアーサーの体勢が崩れた。
俺はそれを見逃さず、すぐに次の太刀を振るった。
再び剣と剣がぶつかりあう。だが、先ほどよりもこちらが優勢である。俺は力任せにアーサーの剣を押した。
耐えきれず姿勢を完全に崩したアーサーの剣を、俺の剣が打ち払った。
アーサーの剣が手から離れ、肩に剣を置いたところで勝負あり、となった。
結局そのまま俺はトーナメント戦で優勝した。
あの後、アーサーよりも歯応えのあるクラスメイトはいなかったので、アーサーは多分俺の次くらいに強いようである。
「シリウス様、お疲れ様でした!」
剣術の授業が終わるのを見計らったかのようにクリスティアナ様達が濡れタオルを持ってやってきた。実に気が利く奥さんだ。
ちょっと汗をかいているので匂いが気になったが、三人娘は気にならないらしく、かなり近くまで寄ってきた。
思春期なお年頃の自分としては、ちょっと恥ずかしい。
「あら、クリスティアナ様ではないですか。ご機嫌よう」
向こうからカレン嬢が縦蒔きロールを揺らしながらやってきた。
「これはカレンさんではないですか。シリウス様と同じクラスでしたのね。何かご用ですか?」
凄くトゲがあるような言い方をしたクリスティアナ様。これは完全にカレン嬢をライバル意識しているな。
クリスティアナ様は、俺とカレン嬢の間に割って入るかのように俺にピッタリと寄り添った。すぐにフェオとエクスもくっついてくる。
密です! せめて汗を拭かせて欲しい。体臭が、体臭が気になるよ。
四人が密になった状態を見たカレン嬢の顔が少し引きつっている。カレン嬢自身はそんなつもりは微塵もないのだろう。
「カレン、どうかしたのか?」
おっと、都合のいいことにアーサーが険しい顔をして、こちらにやってきたぞ。いや、カレンを見張っていたのかも知れない。どちらにしろ、好都合である。
「アーサー、丁度いいところにきた。紹介しておくよ。俺の婚約者のクリスティアナ様とフェオとエクスだよ。俺のためにわざわざ濡れタオルを持ってきてくれたんだ。良く気が利くだろう?」
アーサーはマジマジと三人を見た。その異様な感じから全てを悟ったのだろう。先ほどまでとはうってかわって穏やかな表情になった。現金だな、おい。いいけどさ。
「これは、初めまして。アーサーです。よろしくお願いします」
「クリスティアナですわ。ところで、カレンさんとはどのようなご関係ですの?」
クリスティアナ様が言い難いことをスッと言ってくれた。そこが痺れる憧れる!
「え? 俺達はその、幼なじみでして……」
「まああ! そうなのですね。仲がとても良さそうなので、私達と同じ、婚約者同士なのかと思ってましたわ」
オホホと笑うクリスティアナ様。とんだ策士だ。それを聞いたカレン嬢とアーサーは二人そろってアワアワとしている。可愛いな、こいつら。
そうこうしているうちに、周りに人が集まってきて、そうなんだ、と囁かれ始めた。こうなると時間の問題だな。二人とも満更でもなさそうだし、そのままゴールインでいいと思う。
その後すぐに、二人が付き合っているという噂が流れてきた。これにはクリスティアナ様もニッコリだった。
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