第87話 初等部最後の学園祭

「どうして魔道具作成クラブに戻ってきてくれないのですか! 一緒にスケスケ眼鏡をつくりましょうよ!」

 二年に一度の学園祭も近くなり、ロニーが泣きついてきた。

「そう言われても、俺、モフ研のメンバーだしな。ま、頑張れ、ロニー」

「うわあぁあん」

 ロニーが泣き出したが、男の涙など知らん。俺はクリスティアナ様と一緒にモフ研で余生を過ごすのだ。

「さすがのシリウスでも、同じものを二つもいらないもんね」

「え?」

「え?」

 ちょっとフェオさん、それ内緒なやつー!

 クリスティアナ様が疑うような目でこちらを見ている。どうする? 逃げるか?

「あれ? クリピーは知らなかったの? 全裸もいいけど、ギリギリ見えそうで見えないのがいいんだよね~って、シリウスがスケスケ眼鏡をかけてクリピーを見ながら言ってたわよ」

「……いつですの?」

「クリピーが本を読んでるとき?」

 首を傾げながらフェオが言った。こいつ、全部バラすつもりだな。

「ちょっとトイレに行ってきますねー」

「お待ちになって」

 グワシとクリスティアナ様に肩を掴まれた。大魔王からは逃げられない!

 俺は小一時間説教された。

 なお、スケスケ眼鏡セカンドは完膚なきまでに破壊された。もちろん、ロニーはそれを見て泣いた。俺も泣いた。


 学園祭の準備は着々と進んでいった。

 モフ研の部長はマリア嬢、副部長がクリスティアナ様である。そして何故かルイスもモフ研に所属していた。

 マリア嬢とルイスの関係はいまでは公然のものとなっている。

 イケメン男子のルイスに可憐なマリア嬢が寄り添う姿は実に様になっている。

 そんな感じのことをルイスに言ったら「それはお互い様でしょう?」と言われた。俺とクリスティアナ様もそんな風に思われているのが。良かった良かった。ロニーが血の涙を流して、ハンカチを噛みしめながらこちらを見ているが、俺の知ったことではないな。

 モフ研の出し物は前回と同じく、動物ふれあいコーナーだ。今年はそれに加えて、使い魔によるショーも上演の予定だ。主の命令を聞く使い魔を使って演劇を行うという、とても可愛らしい企画だ。コスプレした使い魔がたくさん出てくるのが、イチ押しのポイントだ。

 学園祭の展示場所として与えられた区画についた俺達が、モフ研のメンバー達と舞台を建設していると、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。

 どうも、剣術クラブのメンバーが集まっている方面から聞こえてくるようだ。

 毎年、学園祭での剣術クラブの催し物は、不動の人気を誇る「剣術大会」である。

 剣術大会は男の子にも女の子にも大人気の催し物である。自分の推しを応援する子、単に自分の実力を試す者と理由は様々だが、多くの人が注目するのだ。

 剣術を習うことができるのは初等部三年生になってから。それまでは剣術クラブに入っても大会には参加できない。ゆえに、この剣術大会に参加している人はもれなく全員三年生である。

 この制度のお陰で、低学年の者に上級生が負ける、という事態は起こらないのだが、来年の中等部からは剣術大会が全学年共通となっている。そのため、強い一年生が問題になることもあるようである。

 そんなわけで、何故いま騒ぎが起こっているのか見当もつかなかった。

「何かあったんですかね?」

「騒がしいですわね? あら? 誰かこちらにやってきますわね。どなたかしら?」

 クリスティアナ様が指し示した方向を見ると、確かにこちらに向かって誰か向かって来ているようだ。

 だんだんこちらに近づいてくるその姿は、金髪に縦撒きロールの、俺から言わせてもらえるとスタンダードなタイプのお嬢様だった。

「カレン!? どうしたの、そんな顔をして!」

 苦虫を噛み潰したかのような表情の女の子をカレンと呼んだのは、マリア嬢だった。どうやらこのドリルお嬢様とお知り合いのようである。

「こんにちは、カレン嬢。何か厄介ことがあった見たいですね」

 ルイスもカレン嬢のことを知っているみたいだ。しかし、このカレンという子はずいぶんと綺麗な女の子だな。もちろんクリスティアナ様には敵わないけどね。特に胸元の辺りが。カレン嬢は大変慎ましい。

「ああ、マリア、聞いてちょうだい! もう、本当に男なんて最低な生き物ね!」

 うんうんそうだと頷くクリスティアナ様。あの、さっきのこと、まだ怒ってます? 僕、ちゃんと反省していますからね。

「何があったの? 聞かせてちょうだい」

「はあ。実はね……」

 ため息をつきながら、カレン嬢は何があったのかを俺達に語って聞かせた。

「ほんと、男ってどうしようもない奴らの巣窟ね。なんで力ずくで女の子をものにしようとするかな~」

 分けが分からないよ、とさすがのフェオも両手を上げて降参のポーズを取った。分けの分からなさでフェオに呆れられるとは、男の子も業が深いな。

 カレン嬢の話によると、どうやら剣術クラブでカレン嬢の取り合いが勃発しているらしい。そして、剣術大会の優勝賞品がカレン嬢、ということらしい。

 本当にどうしようもないな。男どもは。

「それでは、カレンさんが剣術大会で優勝すればいいのではないのですか?」

 クリスティアナ様が率直な疑問を投げかけた。確かにカレン嬢が優勝すれば何も問題はないはずである。

「わたくしが優勝できるほどの腕前を持っていたら良かったのですが、残念ながら、優勝候補にはいま一歩及ばないのですよ。優勝するのに自信があるからこそ、こんなゴミみたいなことを言いだすんですよ」

 残念そうに肩を落とした。自分の実力を把握しているところを見ると、カレン嬢はなかなかの腕を持つ女剣士のようだ。

 見た目の可憐さに騙されてはいけないな。

「それではどうすれば……あ! 第三者が優勝すればいいのですよ。ルイス様が出場して優勝すれば問題ありませんわ」

 マリア嬢は友人のカレン嬢を助けるために、そんなことを言いだした。

 剣術大会は、学園の生徒であれば飛び入り参加が可能になっている。もちろんそんなことする奴など、これまでいないのだが。

「一応、剣術の授業は受けてますが、さすがに優勝できるほどの腕前は持ってませんよ」

 マリア嬢のキラキラ光線に苦笑いしながらルイスが言った。きっとマリア嬢はルイスがそこそこ強いことを知っているのだろう。

 ルイスの見栄を張らずにきちんと対応する姿勢は、俺も見倣わなくてはならないな。

「ふ~ん、ルイスちゃんはそんなに強くないんだ~。あ、それならシリウスが出場すればいいのよ!」

「え? シリウス様がですか?」

 大丈夫なのかと疑うような目で、マリア嬢とカレン嬢がこちらを見てきた。失礼な。これでも……。

「その手がありましたわ! シリウス様、ぜひ、剣術大会に参加して、軽く優勝してきて下さいませ!」

 クリスティアナ様が目を輝かせて言ってした。

 うん、俺が参加すると、なんだか嫌な予感がするぞ?

「あの、疑っているわけではないのですが、大丈夫なのですか?」

 マリア嬢が当然の疑問を投げかけてきた。城ではそこそこ有名だが、学園で披露する機会はなかったからな。

「もちろんですわ。シリウス様はお城に泊まっているときは、毎日、騎士達に混じって訓練しておりますのよ。いまでは模擬戦で勝てないのは、騎士団長の隊長くらいですわ」

 クリスティアナ様が、そんなことは当然、とばかりに腰に手を当てて言った。それを聞いたルイス達は驚きの声を上げている。

 だが、本当のところは少し違う。実際は本気で戦えば勝てると思っている。万が一勝ってしまうと色々と騒動になってしまうだろうから、わざと負けているところがあるのだ。

 そして、恐らく隊長もそのことに気がついているようだった。何度か「余人を交えずに」と勝負を持ち掛けられたことがあるのだ。もちろん怖いので断ったのだが。

 そんなこともあり、恐らく俺はそこそこ強く、言うなれば初等部の子供が相手なら負けることはないということだ。

「でもシリウスが優勝したら、カレピーはシリウスのものになっちゃうんだよね? それでいいの? シリウスはとっても変態さんだよ?」

「え?」

 カレン嬢が驚いてこちらを見た。

 フェオは俺のことを変態として見ていたのか。ちょっと悲しい。

「そうですわ。変態のシリウス様のものになるなんて、やめた方がいいですわ」

 クリスティアナ様がベッタリと俺の腕にしがみついた。クリスティアナ様まで俺のことを変態……いや、これは違うぞ。

「そうです。マスターは変態なので、お付き合いするのはやめておいた方がいいです」

 エクスも反対側の腕にしがみついた。これは嫉妬だな。これ以上ライバルを増やすまいという三人娘の強い意志を両腕のとっても柔らかい感触から感じる。モテる男はつらいな~。

ギュウギュウと両方から挟まれた俺を見ながら、マリア嬢がため息をついた。

「ではどうすれば……」

 ルイスがその小さな肩を抱いて慰めている。リア充爆発しろ。

「そうだ、こんなのはどうですか? 私が予選に出場して、優勝候補を全部倒すのです。そうすれば、カレン嬢が優勝することができるのではないですか?」

 いい考えだと思う。剣術大会では予選があるだろうから、そこで俺と優勝候補者を予選で当ててもらい、優勝候補を決勝トーナメントに出られないようにするのだ。

 これなら俺も目立たなくて済むし、一挙両得だ。

「なるほど、いい考えですね。予選で上手く対戦相手に当たるように細工する必要がありますが、その辺りはどうですか?」

 ルイスも俺の作戦に乗る気のようだ。

「それは大丈夫だと思います。対戦表をつくるのは女性メンバーの仕事なんですよ。女性メンバーのほとんどは剣術大会に参加しませんからね」

 なるほど、そんな手が、といった雰囲気でカレン嬢が感心してこちらを見ていた。

 こちらとしては、完全な悪巧みなわけだが、そこは否定しなくていいんだろうか。いや、自分の運命もかかっているのでいいのか。

 その後は軽い打ち合わせをしてカレン嬢は去っていった。

 なお、この作戦は上手くいき、予選の段階で「アイツは四天王の中でも最弱」とかなんとか言っていた奴らを全て蹴散らし、予選最後でカレン嬢に負けて終わった。

 決勝トーナメントに残った者達も、もれなくカレン嬢に倒されて、剣術大会の優勝者は無事にカレン嬢となった。

 この結末にはカレン嬢もニッコリだった。

 笑うと結構可愛いカレン嬢。表彰台に立ち、こちらに気がついて手を振るその姿は、見ている人達を悩殺するくらいのパワーがあった。

 

「無事に初等部最後の学園祭が終わって、良かったですね。カレン嬢も安心して今後の学園生活も過ごせるような結果になりましたからね」

「そうですわね」

「それで、どうしてクリスティアナ様はそんな顔をしているのですか?」

 ここは学園寮の王族専用のお風呂場。

 王族は必ず通うことになる王立学園には、王族もしくは王族関係者しか利用できない施設がいくつかある。

 その中の一つが、ここ、お風呂場である。

 自分達以外には誰もいないこの場所で、クリスティアナ様は、いや、クリスティアナ様とフェオとエクスは、明らかに分かるほどの不機嫌さを醸し出していた。

「シリウス様はカレンさんのことが好きなのでしょう?」

 クリスティアナ様がこちらに背を向けた。

 え? なんでそうなるの!? カレン嬢に笑顔で手を振られたから!? 別に俺は手を振ってくれだなんて頼んでないのに。

 俺が困惑した表情をしていると、

「だって、シリウスがカレピーのためにあれだけのことをしてあげたんだもん。下心があったからでしょう?」

 フェオも不満そうだが、ここはきちんとそうでないことを示しておかねばなるまい。

「そうじゃないよ。カレン嬢はマリア嬢の親友。そしてマリア嬢はクリスティアナ様の親友でしょう? 親友の親友が困っていて、それに対して自分が何かしてあげることがあるなら、手を貸してあげたくなるのが心情じゃないかな?」

 俺はここで一旦言葉を切った。まだ振り向いてはくれないが、クリスティアナ様も、それはそうかも、と思ってくれているといいんだけど。

「それに」

「それに?」

 隣でエクスが首を傾げる。

「それに、カレン嬢の胸はおとなしめだからな~」

「ああ、確かにね。おっぱい星人のシリウスは、クリピーみたいにおっぱいが大きい子が好きだもんね。って、それじゃあ、あたしは? あたしはどうなるの!?」

 一度は納得したフェオが、流されないぞ、と必死な表情で聞いてきた。確かにいまのフェオの胸はおとなしめだ。だがしかし。

「それはフェオがいまの姿だからだろう。フェオが本気を出せばどうなるか、俺は良く知っているよ」

 あのときの光景を思い出しただけで、パオーンしそうだ。

 あれはヤバかった。いまやられると、かなりまずい。

「え? そ、そう? ねぇ、シリウス、またやってあげようか?」

「いまは駄目。たぶんマスターの野生が解放されちゃう」

 さすがはエクス。伊達に俺と思考を共有してない。エクスが腕輪型じゃなくて良かった。

 エクスのあの腕輪形態のときは考えていることの一部がエクスに伝わるからな~。そこだけがネックだ。まあ、バレても大した問題ではないが。

 フェオの発言を聞いたクリスティアナ様が、ビクッとなった。

 クリスティアナ様もフェオの本気モードを知っているだけに、危機感を覚えたのかも知れない。

 だが、相変わらずこちらに背を向けたままだった。

 俺はクリスティアナ様の後ろにソッと近づいた。

 そして、後ろからソッと抱きしめた。両手にクリスティアナ様の柔らかな感触が伝わる。

 クリスティアナ様は俺の手を拒むことはなく、ソッと自分の手で優しく撫でた。

「早く大人になりたいですね。そうすれば、いまみたいにクリスティアナ様を心配させることもなかったのに……」

「シリウス様……」

 優しく撫でていた手を、フェオとエクスにも差しのべた。二人ともその手を拒むことなく受け入れ、四人でギュウギュウと密になった。

「決めましたよ、クリスティアナ様、フェオ、エクス」

 俺の突然の宣言に三人が揃って、はてな、の表情をした。

「十五歳になったらすぐに、三人と結婚します」

 俺の高らかな宣言に、見事に三人揃って真っ赤になった。

 この世界では十五歳になると、正式に婚姻を結ぶことができる。

 平民では良くあることのようだが、貴族だと十八歳になってから正式に婚姻を結ぶのが一般的だ。

 その理由は、一人前の貴族として認められるのがその年齢付近であるからだ。さすがに十五歳では、まだまだ貴族として一人前だと認められないからであろう。

 そんな裏事情もあって、俺の十五歳での結婚宣言は、その本気度が伺い知れるほどのインパクトのある宣言だったのだ。


 その夜は、俺の風呂場での宣言が効いたのか、やたらと三人が密着してきてなかなか眠ることができなかった。

 こんなに自分を愛してくれる人が傍にいるのに、それを差し置いて他の女の子を探すなんて、とんでもない!

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