第82話 初等部二年生①
「私達もようやく十歳になり、正式に魔法を習っても良い年齢になりましたわね。今から魔法を習うのが楽しみですわ」
「そうですね。でも、あまり習うことなどないような気がしないでもないですがね。何せ、ほとんどの貴族の子供はすでに魔法を習って、使えるようになってますからね。でなければ、昨年のような馬鹿なことにはなりませんよ」
昨年の馬鹿なこととは、例のお化け騒動の件である。あれから魔法の使用は厳しくなり、魔法訓練所以外での魔法は全面的に禁止された。
尻叩きにあった生徒は他の学園へと転校して行った。それほど魔法の無断使用は危険だということだ。
俺達は無事に春を迎え、初等部二年生に進学していた。そして一年間の魔法の基礎講義を終えて、ようやく魔法を使っても良い年齢になったのだった。
まあ、以前から俺達は他所で使っていたので、今更なような気がしないでもないが、大手を振って使えるようになったのはありがたいと思う。
「新一年生も入学してくることですし、楽しみですわね~」
のほほんとクリスティアナ様が笑った。三年生は新入生の歓迎などで忙しそうだが、中間の二年生は特にすることがなく暇であった。
そうなると時間を有効利用するためにクラブ活動に行けば良いのだが……魔道具作成クラブには問題が発生していた。
例の魔道具を作ってから、急激に部員数が増えたのだ。普段でも注目を集めていた俺達はさらに注目を集めることになったため、精神的に参ってきていた。
限界に達した俺達はクラブを変えることにした。
「クリスティアナ様、クラブはどうしますか? 昨年は私の我が儘を聞いてもらったので、今年はクリスティアナ様が選んで下さい」
「我が儘だなんて・・・そうですわね。実は入ってみたいクラブがあるのですよ」
「ほほう。何のクラブですか?」
「モフモフ研究クラブですわ」
「モフ・・・モフ?」
フェオが首を捻った。何言っているんだこの人は、と思っているに違いない。モフモフが好きなのは人間のサガなのだよ。
そういえば、クリスティアナ様が昨年の学園祭で熱心に見ていたな。やっぱりモフりたかったのか。
「いいですね! それじゃ時間もあることですし、早速行って見ましょう」
こうして俺とクリスティアナ様は連れ立ってモフモフ研究クラブへと向かった。
「ここがモフモフ研究クラブですわね。ほら見て下さい! リスがいますわ。あっちにはウサギも! シリウス様、早く入りましょう!」
見ただけですでにハイテンションになっているクリスティアナ様は俺を引っ張ってモフ研の中に入った。
「クリスティアナ様! 遊びに来て下さったのですね。嬉しいですわ」
同じクラスのクリスティアナ様の友人、マリア伯爵令嬢が歓迎してくれた。淡いブロンドにブラウンの瞳の目がクリクリとした、可愛らしい令嬢だ。
「マリア、今日はモフモフ研究クラブに入りたいと思って来ましたのよ」
「ええ! 魔道具作成クラブはどうなさるのですか?」
「やめて来ましたわ。ええ、スッパリと!」
どうだ! と言わんばかりに腰に手を当て、堂々とした出で立ちでクリスティアナ様が言った。マリア伯爵令嬢がこちらに視線を投げて来たので、大きく頷いておいた。俺も了承済みだとやはり分かるように。
「そうなのですね! モフモフ研究クラブへようこそ! 歓迎致しますわ!」
マリア伯爵令嬢の声に連れられて他の人達も近づいて来て、歓迎してくれた。
マリア伯爵令嬢はこのクラブの副部長であるようで、今日のように部長が不在の時には常に部室にいるようである。もっとも、動物達をモフモフするのが好きなだけなのかも知れないが。
モフモフ研究クラブの部員を見てみると、概ね女性部員のようだ。少なくとも今の朝の段階では男性部員は俺だけだった。ハーレム? いや、ボッチか・・・。かしましく盛り上がる女性陣を見て、小さく吐息を漏らした。
「このクラブはどんな活動をしているのですか?」
学園祭の時は生き物を展示して、動物ふれあいコーナーみたいなことをしていたのだが、普段どのような活動をしているのか、よく分からなかったのだ。
「このクラブでは動物達のお世話の仕方を学んだり、こうやってモフモフしたり、対話したり、みんなでお茶を飲んだりしておりますわ」
うん、放課後のティータイムの場所みたいだな。動物喫茶といった感じだろうか。要は一日の疲れを癒やす寛ぎのスペースというわけだな。
「それじゃあここには自分のペットを連れて来てもいいんですか?」
「それは構わないですけれども、シリウス様はペットを飼っていらっしゃるのですか?」
この世界では何故かは分からないが、貴族が部屋で動物を飼うという習慣はなかった。俺は勝手に、ペットが高価な調度品を壊したり傷つけたりするからだろうと思っているのだが、実際のところは分からない。庶民は家でペットを飼っているのかな? いや、そもそもペットを飼う余裕なんてないか。
「ええ、ペットと言うか、ペットのような生き物を飼っていますね」
「まあ、ぜひとも見てみたいですわ」
「うふふ、マリア、見たら驚きますわよ」
クリスティアナ様がイタズラ小僧っぽく笑った。フェオは何でクリスティアナ様がそんなに面白そうにしているのかが分からない様子。使い魔を持っていることが珍しいことを知らないようだ。
「クロ、出ておいで」
名前を呼ぶと、俺の影から黒猫の姿をした闇の王、クロが飛び出してきた。
【お呼びですか? 我が主よ】
「なっ」
「し、しゃべったー!」
辺りは騒然となった。それもそのはず。見た目はただの黒い猫が突然現れ、しかもしゃべったのだから。
周りの騒がしい声に初めは動揺していたクロだが、すぐに自分が置かれている状況に気がついた。
【主よ、私は見せ物ではありませんよ】
ちょっとムッとした様子のクロ。珍しい反応をするクロの様子に思わず目尻が下がる。
「ごめんごめん。皆に可愛いクロを紹介したくてさ。可愛いでしょう? いつも手入れしているので、このようにいつも艶々でフサフサなんですよ」
毎日クリスティアナ様と二人でブラッシングしているので、いつも綺麗なクロ。当の本人は黙ってなされるがままにされているが、本当は嫌だったりするのかな? 今度聞いてみよう。
「しゃべる猫だなんて、初めて見ましたわ。どこで売っていたのですか?」
【我は売り物ではないぞ、小娘が】
「ちょっとクロ、小娘扱いはあんまりですわよ? こちらはマリア伯爵令嬢、私の大事なお友達ですわ」
クリスティアナ様の紹介に顔が赤くなるマリア伯爵令嬢。これはもしかして、キマシタワーが建設されちゃう系ですかな?
「お、お友達だなんて、そんな……う、嬉しいですわ」
キマシタワー! まさかこの目で見る日が来るとは思わなかった。眼福、眼福。クロはごめんなさいしていた。
「クリスティアナ様はピーちゃんを呼ばないのですか?」
「ピーちゃん?」
「はい。クリスティアナ様が飼っているペットのようなものですよ」
【まさか主よ、私をペットとして紹介したわけではないでしょうな?】
「え? クロ様、違うんですの?」
マリア伯爵令嬢が首を傾げて聞いた。それを見たクロはショックのあまり絶句して、プルプルと震えた。
あ、やっぱり使い魔としてのプライドとかがあるのかな? 黒猫可愛いのに。
「ピーちゃん」
【ピーちゃん!】
クリスティアナ様が呼びかけると、クリスティアナ様の影からフェニックスのピーちゃんが飛び出してきた。ただし見た目は普通のセキセイインコだ。
「あら可愛い! こちらがクリスティアナ様が飼っているペットなのですね」
【ピーちゃん?】
おっと、まだ状況がよく分かってないみたいだぞ。このままピーちゃんにスルーしてもらえるとありがたいのだけど。
ペット扱いしているのがバレたら、この辺りが火の海になるかも知れない。考えただけでも恐ろしい。
「マリア伯爵令嬢、実はクロとピーちゃんは使い魔なのですよ。だから会話して意思の疎通ができるのですよ」
「使い魔? そのようなものが!?」
まあ、驚きだろうなぁ。使い魔を持ってるのなんて、俺達くらいだろうしね。他の部員達も興味があるのか、集まってきた。
まるで自分の信者の如く集まって来た部員達を見て、クロは機嫌を直してくれた。モフられるがままにされている。
「いいな~」
「わたくしも欲しいですわ」
「使い魔だなんて、お伽噺の存在だと思ってましたわ」
様々な意見が飛び交っているが、そのどの意見も使い魔に肯定的なものだった。使い魔がいることで敬遠されるかと思っていたが、そんなことはなさそうだ。これなら普段から連れていてもきっと大丈夫だろう。
今現在、クロやピーちゃんを表に出して連れて行くわけにもいかず、影の中に待機させていることが多い。二人にはなるべく外に出て自由に過ごしてもらいたいと思っている俺にとっては、ちょっと心苦しかったのだ。
そのことをクロに話すと、主は本当に変わっている、使い魔のことを考える召喚主などいない、と言われてしまった。
だが、クリスティアナ様も俺の意見に賛成だったらしく、その後クロにこんこんと俺の人間性がどれだけ素晴らしいのかを語っていた。聞いていて凄く恥ずかしかったです……。
「あの、クリスティアナ様、私も使い魔が欲しいのですが……」
マリア伯爵令嬢がクリスティアナ様に熱い視線を送って、見つめ合っている。可愛い女の子同士、なかなか絵になるなぁ。そんなクリスティアナ様はこちらに目を向けた。
「シリウス様、何とかなりませんか?」
他ならぬクリスティアナ様のお願いだ。しょうがないなぁ、と言うのは建前で、本当は初めから使い魔を広めようと思っていたのだ。
木を隠すなら森の中、使い魔を隠すなら使い魔の中である。この学園に使い魔が増えれば、クロ達を好きなように出歩かせることができる。そうなれば、不測の事態にも対応がやり易くなる。呼べばすぐに影から出てくることができるしね。
そのための準備も万全だ。俺達の時みたいにとんでもない使い魔が呼び出されないようにセーフティをかけた使い魔召喚魔方陣(弱)を密かに開発していたのだ。
「クリスティアナ様の頼みとあれば、仕方がないですね。今回だけの特別ですよ」
「ありがとうございます!」
やったあ! と飛び上がる部員達。一先ずはモフモフ研究クラブの部員達から初めて見ることにしよう。問題になったら、その時はその時で考えよう。
改良型召喚魔方陣の性能は素晴らしく、小動物のみが次々と召喚され、ヤバそうなものは召喚されなかった。
だが、召喚された小動物達は、こちらの言っていることは分かるが、向こうからこちら側に語りかけることはできなかった。
「さすがはクリスティアナ様とシリウス様の使い魔ですわ。私達の使い魔とは次元が違いますのね」
こちらの都合がいい方向でみんなが納得してくれたため、それ以上の騒ぎにはならなかった。その後、使い魔の数は着々と増えていき、モフ研の部員は使い魔持ちと認識されるようになっていった。もちろんそのお陰でクロもピーちゃんも気兼ねなく出歩くことができるようになった。
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