第83話 初等部二年生②

 魔法の実践授業が始まると、予想通り変な輩が増えてきた。そう。魔法自慢をする連中だ。

 俺達が所属する高位貴族が集まっているクラスでは全員がすでに魔法を使うことができたが、下位の貴族クラスでは十歳で初めて使う子供も多かった。

 魔法を使うためには教会で魔法の洗礼を受けなくてはならない。この洗礼は本来ならば十歳になってから初めて受けることになっているのだが、高位貴族には抜け道、すなわち高いお布施を払えば受けさせてくれるので、すでに全員が魔法を使うことができた。

 一方で高いお布施を払えない貴族の子弟は、十歳になってから初めて洗礼を受けるのだ。王立学園の生徒は学園内に立派な聖堂があるため、そこでまとめて洗礼を受けることになる。

 初めて手にした魔法に大騒ぎする生徒も多く、しばらくは魔法の実践の授業は行われなかったのだが、そろそろ落ち着いただろうとのことで、つい先日始まったのだった。

「えー、それでは昨年度に学習したように、まずは基本の生活魔法の練習から行います。まずは明かりを灯す魔法からーー」

 こんな感じで魔法の授業が始まったわけたが、すでに使える生徒にとってはとても退屈な授業であった。

 しかも厄介なことに、この魔法の実技の時間だけは他のクラスと合同で行われるのだ。その理由としては、初等部では攻撃性のある魔法は教えないようになっており、そのため、魔法練習用の訓練所が一ヵ所しか用意されていないのだ。そのため、いくつかのクラスと合同でやらないと、練習する場所がないのだ。

 初めて魔法を使う生徒達はみんな真剣そのものだ。一方ですでに使える生徒は、他の人のマウントを取りたいのか、やたらとこの魔法が使える自慢をしていた。女の子へのアピールも兼ねているらしい。正直、俺にはどうでも良かった。

「クリスティアナ様、私はこんな魔法も使えるのですよ」

「私も使えますわ」

「僕はこんなに凄い魔法も使えますよ」

「私も使えますわ」

 みんなクリスティアナ様に良いところを見せたいのか、仲良くなりたいのかは分からないが、やたらと魔法が使えるアピールをしていた。もしかしたら、クリスティアナ様が婚約者として選んでくれるかも知れないと淡い期待を抱いているのかも知れない。

 だが、クリスティアナ様の反応は素っ気なかった。

 良くも悪くも俺と四六時中一緒にいたお陰で大抵の魔法は使えるようになっていた。なんなら俺が開発したオリジナル魔法も多数使えるので、その辺の魔法使いよりも遥かに優秀だったりする。

 少し離れたところで観察していると、クリスティアナ様がこちらに寄ってきた。

「もう! シリウス様はどうして助けて下さらないのですか! あんまりですわ」

「申し訳ありません。クリスティアナ様はモテモテだなあと思っていたら、出遅れてしまいました」

「もう! もうもう! シリウス様以外にモテても嬉しくありませんわ」

 はっきりと言うクリスティアナ様に、それを聞いた周囲の男性陣がしょんぼりと項垂れた。

 うん、もっと早く気付こうな。だが、それでもめげない連中もいた。

「シリウス様が魔法を使っているところを見たことがないのですが、どのような魔法が使えるのですか?」

 なんたら伯爵令息が挑発的な声で聞いてきた。俺は別に魔法自慢をするつもりはないので、普通にスルーしようと思ったのだが。

「シリウスがどんな魔法を使えるかって? 全部よ、全部! あんた、生意気ね。消し炭にしてやろうか?」

「ちょっとフェオ、落ち着いて。別に俺は魔法自慢とかする気はないからさ」

 代わりにフェオがぶちキレた。どうしたんだ、フェオ。こんな安い挑発に乗るなんて、フェオらしくないぞ。

「む~、クリピーもシリウスの格好いいところを見たいよね?」

「それはそうですけれども、シリウス様が本気を出せばこの方など一瞬で消し炭になってしまいますわ。やめておいた方がよろしいですわ」

 笑顔が怖いクリスティアナ様。どうしたんだ、二人とも。なんたら伯爵令息は危機感を察知したのか、それ以上何も言わずに去って行った。

「クリスティアナ様までどうしたんですか? 別に気にすることでもないでしょう?」

「いいえ、気にしますわ。シリウス様の実力を示すことができないのが残念でありませんわ」

 隣でフェオとエクスもウンウンと頷いている。

 どうしてそんなに俺の力を示したがるのか、それが分からない。乙女心は男の俺には分からないな。気にしないでおこう。

「そうだ、エクスの魔法の訓練をしないとね。授業で習うことはもう俺達はできるし、邪魔にならないところで練習しようか」

「そうですわね。エクスもこれからは優秀な戦力ですものね」

「エクス~、私達の特訓は厳しいわよ?」

「大丈夫、頑張る」

 両手で握り拳を作るエクス。まあ、フェオが勝手に自分の特訓が厳しいと言っているだけで、本当は全然厳しくはないんだけどね。

「よしよし、それじゃあまずはよく使うことになるだろう土の魔法からだね。穴を掘る魔法はこうやって……」

 エクスへの魔法のレクチャーが始まった。先生の授業をそっちのけで勝手にやっているが、意外にも怒られることはなかった。

 きっとこのような光景は毎年のことなのだろう。だからこそ、生徒達が変なことをしないように、目の届く範囲の大きさに魔法訓練所がなっているのだろう。

 エクスに土魔法、水魔法、風魔法を教えると、さすが元精霊だけあって物覚えが早かった。クリスティアナ様やフェオと同じく、自分も魔法を使えるようになったことにご機嫌のエクス。新しい魔法が使えるようになる度に、飛び上がって喜んでいる。そこには以前のようなどこか無表情な感じはなく、喜怒哀楽をしっかりと表現するとびきり可愛い女の子がいた。

 エクスも成長したなぁ。これなら人間としても十分にやって行けそうだ。

「こんなにたくさん魔法が使えるようになったのはマスターのお陰。お礼に今日はマスターの体を洗ってあげる」

「ぴ!?」

 ちょっとエクス、いきなり何を言い出すんだ! 周りのみんなに誤解されるじゃないか!

「ちょっとエクス、いきなり何を言ってますの!? シリウス様の体を洗うですって?」

 クリスティアナ様も焦りの声をあげた。しかし、繰り返し言うのはどうだろうか。あまりよろしくないような気が……。

「うん。全部洗う。お姉様も一緒にする?」

「それはもちろん……じゃなくて! 何を言っておりますの!? そのようなことをこんなに人がいるところで言うものではありませんわ」

 クリスティアナ様、あなた……。

「クリピー、それじゃあ人がいないとこならオッケーってことになっちゃうんじゃない?」

「え?」

 え? 俺の方を見られても困るんですけど。この空気を俺がどうにかするの? 僕にはとてもできない。

 俺はそっとフェオに視線を送った。俺と目が合ったフェオは、え? 私? 見たいな顔をしたが、すぐに俺の代わりに弁明してくれた。

「も~、エクスはしょうがないな~。あとで一緒にシリウスの洗い方のレクチャーをしてあげるから、今は魔法の練習に集中しなさい」

「うん。分かった」

 その言葉に、それを聞いていた生徒達は、え? ってなった。当然、俺もなった。

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