第58話 眠れない夜
「なるほど、温泉ですか。始めて聞きましたが、実にいい響きです」
一団のまとめ役のような人が目を瞑り、その響きを確かめていた。何だこの人。
聞いてみると、どうやら村長の息子らしく、何とか村を救おうとここまでやって来たらしい。しかし、誰にも相手にされず絶望に身をよじっていたところに俺が声をかけたそうである。
「それじゃ、その村に行ってみる? 実際に見てみないと分からないもんね~。フェオちゃんアイで温泉の成分を丸裸にしてあげるわ!」
そんなこともできるんだ、フェオちゃんアイ。思った以上に高性能だな。あと、丸裸にされるのはフェオも同じだと思う。温泉に入るという意味で。
「そうだね。まずはその村が安全なところにあるのかを確認しないとね」
俺は護衛に目配せし、確認をとってもらった。その間になぜそのような事態になったのかを聞くことにした。
「そう、あれはちょうど魔物の氾濫が収まり、ようやく畑仕事ができると喜んでいたところ、何だか胸騒ぎがしましてね・・・」
余計な回想が多々入り、針小棒大な表現が多かったため非常に分かり難かったが、要するに畑仕事を再開したはいいが、水が足らなくなったということらしい。それでその辺を掘っていたら、温泉を掘り当てた、というわけだ。
「井戸から水が出なくなったのですか?」
「いいえ、水は出るのですが、最近の魔石ブームのお陰で開拓できる土地が増えましてね。それで畑を開墾しようとしたらどうしても水が足りなくなるので、新しい井戸が必要だったのですよ」
なるほど。最近は魔道具に使う魔石の需要が高く、魔物がどんどん狩られており、安全圏が広がっている。そこに進出しようとして問題が起きているのか。
まあ、人が住める土地が増えることは公爵家にとってもいいことだし、手を貸すのもいいかも知れない。
「シリウス様、確認が取れました。すぐ近くに森があり、そこから魔物が現れることがあるそうですが、辺境に出る魔物ということもあり、それほど強い魔物は出ないとのことです」
「ありがとう、助かったよ」
護衛の言った内容と『野鳥の会』で調べていた内容との一致を確認し、安全だろうと判断した。とは言うものの、俺達を危険に陥れる魔物がいたとしたら、おそらくドラゴンくらいだと思うけどね。魔族を倒せる俺達に勝てる魔物はそうそういないのではなかろうか。大群に襲われるケースを考えてみても『野鳥の会』があるので、大群に襲われる前に逃げることができる。思ったよりも便利な魔法である。あとでクリスティアナ様とフェオにも教えておこう。
「後日、そちらの村にお邪魔させてもらいます。村長によろしくお伝え下さい。あ、私はシリウス・ガーネットです。では、よろしく」
村長の息子は驚きのあまり固まってしまった。
「こ、これが『野鳥の会』。情報を絞り込むのが難しいですわ。それに魔力の消費が・・・」
「おっと、大丈夫ですか? 慣れるまでは無理をしないで下さいね。逆に慣れさえすれば、魔力の消費も少なくなりますよ」
グラリと体が傾いたクリスティアナ様を慌てて支える。と同時に左手が何か柔らか物を掴んだ。このムニュッとしたものはおそらくあれだ。クリスティアナ様のおっぱいだ。ほのかに感じる冷たさとマシュマロのような柔らかさ。もうちょっとだけ・・・。
「やっぱりそうやってクリピーのおっぱいを大きくしてるんだ。ズルイ! あたしもやって~!」
フェオがこちらに突っ込んできた。突然の出来事に固まっていた俺達は同時に動きだし、パッと距離を取った。もう真っ赤だ。多分俺も真っ赤だ。
「誤解だって、フェオ。クリスティアナ様を支えたら偶然そうなっただけだって!」
【本当に、それだけでしょうか? 我が主よ】
「そりゃあもうちょっとこのまま触っていたいとか、ちょっと揉んでみようかとか思ったり・・・してませんからね!?」
口を真一文字に結び、顔を真っ赤にしてプルプルと震えながら羞恥に耐えているクリスティアナ様の傍に駆け寄った。後ろではフェオとエクスがスタンバイ状態になっていた。
ああもう、めちゃくちゃだよ・・・。
「それで、明日からはあの村に通うことになるのですわね?」
「はい、そうです。馬車で一時間ほどの距離だそうなので、通うのがよいと思います。この宿よりも良い宿は向こうにはないでしょうからね。私の馬車なら疲れないし、問題ないと思います」
俺達は今、クリスティアナ様の前で正座させられている。クリスティアナ様の肩にはピーちゃんが止まり、こちらに睨みを利かせている。
「お前のせいだぞ、クロ」
ぼそぼそと隣で正座させられているクロに文句を言った。クロのあの一言がなければ、こんな事態にはなってはいなかったはずだ。
【なっ、主が正直に話すのがいけないのでしょう。それに奥方のおっぱいを掴んだまま固まった主の方が悪い。間違いない】
【こらそこ、私語は慎みなさい】
ギロリとピーちゃんに睨まれた。後ろに灼熱の炎が見える。あれはヤバい。
「すいません」
【すいません】
フェニックス先輩マジ怖いっス。マジ半端ない。チラリと横を見ると、フェオもエクスも震えていた。
妖精と聖剣を震えさせるとか、どんだけだよ。
そのままの状態で明日からの行動方針が決まった。
まずは村に行き、より正確な情報を得ること。新しく開墾している畑と水量の状態のチェック。堀当てた温泉の確認とそれをどうするか。俺としては温泉宿を造って保養地にするのがよいのではないかと思っている。
あとは周囲の魔物の確認だな。安全第一。安全が確保されないようなら、無理をする必要はないのだ。
こうして一通りのことを確認して寝床に就いた。
「シリウス様に怒ってますか?」
「さっきの正座のことですか? 怒ってませんよ。私の自業自得ですよ」
俺は苦笑した。気持ちいいと思ったのは事実だし、もうちょっとと思ってすぐに手を離さなかったのも自分だ。クリスティアナ様は何も悪くない。
「ですが、シリウス様は私を支えて下さっただけですのに・・・」
暗くてよく見えないが、声の感じからして涙目になっているのは間違いないな。
俺はクリスティアナ様の方に体を向け、そっとその頬を撫でた。
「本当に気にしてませんよ。大事な人を守れたのですから、それだけで十分ですよ」
「シリウス様」
クリスティアナ様が抱きついてきた。普段あまり見せない彼女の大胆な行動にちょっと動揺したが、すぐに頭を撫でてあげた。
安心したのか、そのままスースーと寝息を立て始めた。
お休み、ティアナ。
俺はしばらく眠れそうにないけどね。
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