第19話 ダイエット食品②

 音楽室に近づくと、拙さは残るが、表情豊かなピアノの調べが耳に届いた。クリスティアナ様のピアノの腕前はかなりのようで、彼女の新たな一面を発見し思わずはにかんだ。

「何だか踊り出したくなる音だよね」

 そう言いつつもすでに踊っているフェオ。妖精が聴いても及第点のようだ。

 練習の邪魔をするのも悪いと思ったのと、まだ聴いていたいという思いから廊下で少し待っていると、終了の声が掛かった。

「本日はここまでにしましょう。とてもお上手になられましたわ。シリウス様もきっとお喜びになりますよ」

「ありがとうございます。ですが、まだまだですわ」

「いいえ、とても素晴らしい演奏したよ。しばらく廊下で聴かせていただきました」

「そうそう、二人で廊下に立ってね!」

 終了と同時に入ってきた二人組にクリスティアナ様が目を見開いて驚きの声を上げた。

「まあ!いらっしゃっていたなら、入ってきて下さって良かったのに。椅子なら沢山ありますわよ」

 隠れて聴かれていたのが恥ずかしかったのか、少し頬を赤く染めていた。

「いえいえ、練習の邪魔をするのも悪いですし、それにフェオが踊っていたので、それを見たら気が散るだろうと思いましてね」

「フェオのダンス、確かに気になりますわ」

 フェオの方を二人してチラリと見ると

「そんなことよりもプリン食べようよ~」

 音楽よりもダンスよりもプリンだった。

「プ、プリン?」

「そうそう、シリウスが作ったスイーツだよ」

「スイーツ??」

 クリスティアナ様の頭の上にクエスチョンマークが沢山浮かんでいる様に見えた。

「クリスティアナ様の差し入れにと思いまして、プリンというおやつを作ってきたのですよ」

「作った?シリウス様がですか?」

「ええ、そうです。スイーツとは甘い物のことですよ」

「スイーツ、プリン・・・」

 クリスティアナ様が何度も復唱していた。この世界の女子もスイーツとプリンには反応を示すようだ。シュークリームとかエクレアとかにも反応しそう。

「お茶の用意ができました」

 話している間にクリスティアナ様専属使用人がお茶会の席の準備をしようとしていたので、先生と使用人の分もありますというと、即座に人数分の席が用意された。相変わらずよくできた使用人だ。

 テーブルの上にプリンの入った小さめの容器を置くと、興味津々とばかりにクリスティアナ様と音楽の先生と使用人が凝視していた。

「少し小さいですが、これくらいの量が丁度いいかと思いまして」

 クリスティアナ様の事を気にして小さめのサイズにしました、とは言えず言葉を濁した。が、誰も聞いていないようだった。そんなにまじまじとプリンを見つめなくてもよいのではなかろうか。プリンは逃げないと思う。

「あの、よかったら召し上がって下さい」

「い、いただきますわ」

 パクリ。

 恐る恐る銀のスプーンで掬ったプリンを、みんな無言で口に運んだ。あのフェオでさえ無言だった。

「お、おいひいですわ!」

「何これ~!」

「滑らかで美味しいですね」

「ええ、甘過ぎず、幾つでも食べられそうです。使用人の私までいただけるとは光栄の極みです」

 どうやら満足してもらえたようだ。みんなだらしない表情をしているがそれだけ美味しかったということだろう。

「む、下の茶色の物は随分とコクがあってとても甘いですね。これと一緒に食べると味が変わって美味しいです」

 使用人が的確に意見を述べた。意外とグルメなのかも知れない。

「本当ですわ!シリウス様、よくこのようなお菓子を思いつきましたわね。さすがですわ」

 クリスティアナ様が瞳をキラキラと輝かせてこちらを見ている。

「あー、以前見た料理の本に似たようなものがあったのですよ」

 嘘ではない。以前見た料理の本とは、前世の料理の本のことである。などと自分に言い訳しないとあの目を見た後では流石に良心が痛む。

 まるで最後の晩餐かのように大切にプリンを食べた終えたクリスティアナ様は、別れを惜しむかのように空になったプリンの容器を見ている。

「クリスティアナ様、そんな顔をしないで下さい。次は太り難い食材で作ったプリンを持って来ますから」

「太り難い食材!?」

 女性陣がその言葉に反応して一斉にこちらを見た。

「あ~、さっきシリウスが準備していた豆がそうなの?クリピーの為に一生懸命準備してたもんね~」

 事実だが、言い方!もっとオブラートに包みなさい。

 クリスティアナ様が桃のようにピンクに染まっているじゃないですか。

「し、下準備に時間がかかるので、出来上がるのは明日になりますけどね」

 思わず俺まで動揺してしまった。意識しだすと途端に気になりだすな。

 二人してソワソワしていると

「初々しいですわね」

 と暖かい目で先生方が見ていた。

「クリスティアナ様もシリウス様に聴かせようと、一生懸命練習しておりますものね」

「ちょっと、先生!?」

 クリスティアナ様の顔が熟したリンゴのように真っ赤になった。

「ほんと、二人してラブラブなんだから」

 フェオがやれやれとお手上げのポーズをとった。

 開けて翌日。我々は厨房にいた。今日はクリスティアナ様も一緒だ。勿論、専属使用人もいる。太り難い食材というのが気になるのか、すでにメモ帳を準備していた。

「うん、いい感じに膨らんでるね。次はこれを破砕の魔道具に入れて、と」

 魔法でも良かったのだが、後々他の誰かに作ってもらうべく、厨房にある機材で作ることにしていた。後はこれを煮込んで、布で搾れば下準備も終わりだ。

「あんまり美味しくなさそうなんだけど」

 フェオが出来上がった豆乳とおからを見て素直な感想を述べた。

「これを使って今からおやつを作るんだよ。まずは豆乳プリンからかな」

「プリン!楽しみ!」

 口には出さなかったが、クリスティアナ様も目を輝かせていた。

 プリンの下準備が終われば、次はドーナツにクッキー、ドライフルーツ入りパウンドケーキなんかも作った。

「ちょっと張り切り過ぎたかな?」

 目の前には四人で食べるにはちょっと多いくらいの量のおやつができていた。

「こ、これが太り難いスイーツ、私が食べても大丈夫なスイーツ」

 ワナワナと震える隣で、専属使用人もワナワナと震えていた。

 サロンで専属使用人がイソイソとお茶の準備をしていると、どこで聞きつけたのかクリスティアナ様のお母様がやってきた。

「まあ、これがクリスティアナの言っていた太らないスイーツですのね。美味しそうではないですか」

 ビクッ!となって声のする方向を向いたのは情報発信源のクリスティアナ様だ。

「お、お母様、どうしてこちらに?」

 明らかに動揺している。別に呼んだ訳ではなさそうだ。

「たまたま通りかかったら、いい匂いがしたのでつられて来てしまったのよ。それにしても、本当にシリウスが料理をできるだなんて思ってなかったわ」

 そう言いつつも、椅子とお茶の追加を頼んでいた。さすが、抜け目ないな。

 何だかやけに追加される数が多いな、と思っていると、お義母様のお友達や女性の騎士、宮廷魔導師もやってきた。

 何とか全員分はありそうだが、一人分は大分少なくなるだろう。クリスティアナ様の方をチラリと見ると既に顔が真っ青になっていた。

 分かり易い!ちなみにフェオも以下同文だった。

 女性の甘味に対する思いは凄い。改めて思った。

 その後はごく一部を除いて、和やかなお茶会となった。

 冬でも暖かい光が差し込むサロンは、この部屋だけもう春になったかのような居心地にさせてくれた。飾ってある生花は温室で育てていた物のようで、この時季にはまだ咲かない春の花も生けてあった。

 どのスイーツも評判がよく、是非、料理人達に教えて欲しいと頼まれた。

 元からそのつもりだったので快く引き受けた。これでクリスティアナ様もおやつをそれほど我慢せずに食べられるようになるはずだ。

 クリスティアナ様とフェオの機嫌は、俺の分を分けてあげたので少しはマシになった。

 しかし、完全には直らなかったようで、恨めしげにお義母様を見ていた。

「シリウス様、今度は私だけの為に作って下さいまし!」

「あっ!クリピーだけずるい!あたしもあたしも!」

「はいはい。次は違う味にしましょうかね」

 苦笑しながら答えていると、

「まあ、違う味もあるのね。是非食べてみたいわぁ」

 聞き耳を立てていたのか、すぐに会話に加わってきたお義母様を二人がものすごい目で見ていた。その目力は凄かったがそれをサラリと受け流すお義母様はもっと凄いと思う。これくらいは出来ないと、王妃は勤まらないという訳か。

 クリスティアナ様が公爵家の嫁で本当に良かった。公爵家の嫁ならそこまでの胆力はいらないだろう。心優しいクリスティアナ様がこんな芸当をできるはずがない。いやしかし、さっきの目力は・・・

 この日みんなに振る舞った甘味は直ぐに料理長に伝えられ、太らない甘味として、日常的に作られるようになっていった。

 いつの間にかそのレシピは城の外にも広がり、王国全土で作られるようになり、さらには他国にも浸透していった。ガーネット公爵家の名と共に。

 俺の名前で伝播しなくて本当に良かった。どうしてこうなった・・・

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