第18話 ダイエット食品①

「まさかこの城に聖剣があるとは・・・」

「あ、フェオの時も同じような事を言ってましたよ?どんだけこの城の事をご存知無いんですか」

 ここは城の中の執務室。普段は限られた人しか入ることが許されない、とても機密性が高い場所だ。

 そこで俺はまたしても国王と対峙していた。そして、あまりにもずさんな城内の管理に、さすがに苦言を呈していた。

「最もな意見だ。だが、言い訳させて貰えれば、この城ができてからどれだけの月日が経っているのかも分からないのだ。七不思議だって、すでに数え切れないほど存在し、日に日に増えているのだ。その一つ一つを全て把握し、解決するには相当な労力が必要なのだよ。どうだシリウス、解決してみないか?」

「お断りします」

 俺は探偵ではない。これ以上の厄介事はごめんだ。

 宝物庫に魔王の杖は無かったが、別の場所に聖剣があった。ということは、この城の何処かに魔王の杖が眠っている可能性もあるということだ。

 先代国王でも把握していない秘密の部屋がまだいくつかあるのかもしれない。何だか頭が痛くなってきた。ずさんなジュエル一族に一言物申したい気分だ。すでに物申したけど、一言じゃ足らないな。

「どうしたのシリウス?頭なんか抱えちゃってさ。考えがまとまらないときは甘い物を食べるといいよ」

 そう言って、フェオが両手を差し出してきた。

「くれるんじゃないのかよ」

「うん、だからさ、頂戴」

 おねだりのポーズをしてきた。相変わらずフリーダムだな妖精は。まあ、可愛いから許すけども。

 持ち合わせが無かったので、これは丁度いい機会だと思い、お城探索のときにチラリと立ち寄った調理場に行ってみることにした。クリスティアナ様との約束もあるしな。それは先日のことだった。


「クリスティアナ様、お菓子、美味しいですよ?」

 クリスティアナ様はテーブルの上に置かれたお菓子にほとんど手をつけてなかった。しかしその瞳はジッとお菓子に釘付けである。顔にも食べたいと書いてあった。

 いくら体型を維持するためとは言え、これでは精神的に良くないだろう。

「食べ過ぎなければ大丈夫ですよ。そんなに我慢するのは良くないですよ」

 俺は苦笑していった。隣では遠慮なくバリバリとフェオがお菓子を頬袋にまるでリスのようにため込んでいた。そんなに口の中に頬張らなくてもまだまだあるのに。

「うう、分かっては要るのですが、どうしても以前の体型に戻ってしまうのではないかと思ってしまって手が出ないのです」

 食べたいのに、食べれない。そのジレンマに、クリスティアナ様はしょんぼりとしてうなだれた。その姿はまるで萎んだ風船のようだった。

「フム。それならば、太りにくいお菓子ならば遠慮せずに食べられますか?」

「太りにくいお菓子?その様なものがあるのですか?」

 コテン、とクリスティアナ様は首を傾げた。その目は潤んでいたが希望に光を見出したどこか明るい瞳をしていた。

 駄目だ、可愛い過ぎる!

 俺はロリコンではないと常々思っているのだが、7歳である今の年齢ならば別に問題ないのではなかろうか?などと考えつつ、はわはわとなっている表情筋を押さえ込み極めて真面目な顔をして言った。

「はい。以前に読んだ本にそのような食材があると書いてありました」

 もちろん嘘である。前世の知識を生かして、低糖スイーツを再現しようという算段だ。

 大豆があるのは確認しているので、豆腐やおからを使ったスイーツなどを再現することが可能なはずだ。これらの食材はボリュームがあるため、少ない糖質量で十分な満足感が得られるはずだ。

「ただ、ここに出されているお菓子ほどは美味しくないかも知れません。なにせ、庶民向けの素朴なお菓子ですので味にはあまり期待しないでいただけるとありがたいです」

「分かりましたわ。楽しみにしておりますわ!」

 元気良くクリスティアナ様が言った。

 体型を気にしているとはいえ、やはり甘いものを食べたくて飢えているのだろう。女の子は甘いものが好きだからなぁ。愛するクリスティアナ様のためにひと肌脱ぐとしよう。


 そんなわけで、今は都合がいいことにクリスティアナ様は音楽室で先生とピアノの練習中だ。終わったら何か甘い物を差し入れしようと思う。

「な~に~?ニヤニヤしちゃってさ。いやらしい事でも考えてるの?」

 どうやら思わずニヤけていたようだ。いやらしいことなど考えていない、フェオの尻が引き締まったいい尻をしているなと思っていただけだ、と伝えると飛び膝蹴りが飛んできた。相変わらず痛いな。

 厨房にたどり着くと、前回の見学で応対してくれた料理長がやってきた。

「これはこれはシリウス様、ようこそおいで下さいました」

 前回顔合わせは済んでいるので、こちらのことは了承済みだ。

「お忙しい所、すみません。ちょっと厨房を使わせてもらいたいと思いまして」

 料理長は怪訝な顔をしていたが、今は特に忙しくないので構わない、と了承してくれた。

 この世界には沢山の甘味に溢れていたが、どれもカロリーのことは気にしておらず、沢山食べるとすぐに太るものばかりだった。

 ダイエットの甲斐あってスリムになったクリスティアナ様は、今でも甘い物は殆ど食べず、フェオがモリモリ食べているのを羨まし気に見ていた。ちなみに、妖精は太らないし、食べなくても生きていける。食べるのはただのフェオの趣味である。

 その様な事情もあり、クリスティアナ様でも多少は食べても大丈夫なように、カロリー控えめのおやつ、具体的には大豆を使ったお菓子を作ろうと思っている。幸いなことに、この世界にも大豆があった。

 当然の事ながら、前世と現世の食材は全く別物だった。そのため、それが何なのかを知る為に素材鑑定の魔法を開発していた。

 この魔法は前世の知識と照らし合わせて素材の判定を行う。そのため、大雑把な結果、例えばチョコレートの様なもの、といった鑑定結果が出ることも多かったが、十分に役にたった。

 ちなみにエクスカリバーの鑑定結果は不明だった。前世には存在しない素材で作られているのだろう。未知の素材については今後も引き続き別の観点から調査をする必要がありそうだ。

 低カロリー食材の豆腐や豆乳、おからを作るのには時間がかかる。そのため、今日はその下準備の為にやってきた。

 本日の作業は大豆を洗い、水に浸しておく作業だ。

 セッセと準備していると、料理人達が興味深そうにこちらを見ていた。

「ねえ、豆なんて美味しいの?」

「うん、そのままでも美味しいけど、加工するともっと美味しいおやつになるんだよ」

「おやつになるの!?」

 おやつという言葉に敏感に反応するフェオ。フェオだけでなく近くにいる料理人達も気になっているようだ。

「まだ準備段階なので、おやつになるのは明日だけどね。その代わりに、今日は別のスイーツを作るよ」

「スイーツって?」

「おかしのことだよ」

 この世界にスイーツという単語は無かったらしい。

 似ているようで、似ていない、不思議な世界。

「スイーツ、いい響きね。それで、今日はどんなスイーツを作るの?」

「プリンにしようと思うよ」

「プリン!何だか素敵な響きね!」

 スイーツという単語をいたく気にいったようだ。プリンもどんな物かは知らないようだが、何故か気にいったようだ。

「料理長、卵とミルクと砂糖をもらいますね」

 前回の訪問で「厨房を使わせてもらいたい」と先代国王に頼んだら、了承と共に好きな食材を自由に使って良いとの許可をもらっている。そのため、料理長に確認を取るだけでオッケーだった。

 子供一人が使う分の食材くらいなら、自由に使ってもらっても大丈夫との判断なのだろう。自由に厨房を使わせてもらえるのは俺に対する先代国王の興味からだろう。何を仕出かすか分からない奴。それが今の自分の周りからの評価だと思う。

 食材をもらいに食料保管庫へ向かった。

 そこには色んな食材が所狭しと詰まっており、保管庫は常温保存から、冷蔵・冷凍保存もあった。冷蔵・冷凍保存は魔法を使って行っているようであり、この広さの部屋を目的の温度まで下げるのはかなり大変そうだった。

 現に今でも数人の魔法使いが魔法をかけ直している。

 ガーネット公爵家の保管庫は永久冷蔵、永久冷凍の魔法によってメンテナンスフリーになっている。この魔法は俺が作り出した魔法なのだが、どうやって魔法が永久的に発動しているのかが不明だったりする。きっと周囲に存在する魔素的な何かからエネルギー源を得ているのだろう。

「さて、目的の卵とミルクだが・・・かなり種類があるな。バシリスクの卵とか、ミノタウロスのミルクとか、本当に大丈夫なのだろうか。フェオはどれがいい?」

 鑑定結果は最高級の素材となっているが、図鑑で見た姿はどちらも中々の迫力ある姿をしていた。

「一番いいので作ろうよ。その方がきっとクリピーも喜ぶよ」

「それもそうだな」

 そんな訳で最高級の素材でプリンを作ることにした。

 厨房に戻ると早速作業を開始した。と言ってもそこまで大変な作業でないので問題なく完成した。容器はクリスティアナ様が安心して食べられるように小さめの容器にした。このサイズならフェオも大丈夫だろう。

「シリウス様、この食べ物は何ですかな?」

 料理長がプリンに興味を持ったみたいなので、ざっくりと説明しておく。

 そんな食べ物があったとは、と感心していたが、一から自分で考案した訳ではないので、感心されて複雑な心境だった。

「ねえ、早く食べようよ」

「はいはい。クリスティアナ様のお稽古事も終わっている頃だし、一緒に食べよう」

 フェオは待ちきれない様子だったが、本来はクリスティアナ様への差し入れのつもりだったので、もう少しだけ我慢してもらった。

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