第20話 聖人①

 この世に魔境が有る限り、魔物は常に現れ続ける。

 魔境を潰せば魔物が居なくなるのだが、魔物から取れる魔石は魔道具を作るのに欠かせないアイテムであり、根絶するにはいかなかった。

 魔境はある程度の管理は可能だが、未知の部分が多くイレギュラーが必ず起こる。

 魔物の氾濫もその一つだった。

「報告します!北の魔境から魔物の大群がこちらへ向かっております。既に進路上にあった村は壊滅しているとのことです」

 謁見の間で騎士が矢継ぎ早に魔物の氾濫を王に告げた。

「急ぎ軍の手配をしろ。準備が整い次第、鎮圧に向かえ。被害を最小限に食い止めろ」

 魔物の氾濫はこれが初めてではない。やることはただ、鎮圧あるのみ。

 魔物はそれほど強くはない。ただ、数が多い。そのため、軍にも少なくない被害が出ていた。


「お、恐ろしいですわ」

 この話を聞いてクリスティアナ様がガタガタと震えていた。俺の部屋の、俺の布団の中で。

 自分達が生まれてからは初めての事態なので恐怖するのは分かるが、殿方の布団の中に籠るのは止めていただきたい。

「クリスティアナ様、他の人に見られるとあまり宜しくない光景になってますよ。布団に籠るならご自分のお部屋の布団にして下さい」

「そ、そう言われましても、ここが一番安心できるのですわ。何とか言いますか、その、シリウス様の匂いがして・・・」

 スンスンと匂いを嗅ぎながらも、なお、立て籠る彼女。駄目だこの子、早く何とかしないと・・・

「あ、やっぱり?クリピーもそう思うよね!」

 そう言ってフェオまで俺の布団に潜り込んだ。

 駄目だこいつら、早く何とかしないと・・・

「布団に籠っていても何も解決しないでしょう?ここからでは何も出来ないのであれば、騎士達が無事に魔物の氾濫を鎮圧して帰ってくるように祈りを捧げ、帰ってきた騎士達にかける労いの言葉でも考えておけばいいじゃないですか」

「うう、それもそうですわね・・・」

 物凄く名残惜しそうに布団からモソモソと這い出てきた。

「魔物が怖いなら、そいつらをぶっ飛ばせるように強くなればいいじゃない!」

 さも、いいアイデアが浮かんだかのように声を上げたフェオ。何だか嫌な予感がする。

「この大妖精女王であるフェオが必殺の大魔法を伝授してあげよう!苦しゅうないぞよ!」

 どこでそんな言葉を覚えたのか、いつの間に大妖精女王になったのかは分からないが、ヤバい魔法が伝えられるのは良く分かった。下手すればこちらの方が魔物以上の恐怖の対象になりそうだ。

 大自然の力を利用した究極の精霊魔法が存在すると古来から言われている。もし、本当にその様な魔法が有るなら、もしそれを妖精のフェオが使えるとしたら、どの国も喉から手が出るほど欲しいはずだ。

「そ、その様な魔法が有るのですか?」

 ことの重大さに気がついたのか、声が上擦っている。

「却下だ、フェオ。もしそんな魔法が世に知れれば、争いの火種になるだけだ。多くの人の犠牲の上に成り立っている平和を乱すようなことをしてはダメだ」

 頑として受け入れないと言った俺に、フェオが恐れおののいた。

「シ、シリウスってさ、何歳なわけ?サバ読んでない?」

「普通の可愛い7才児だ」

「うっそぉ~!どう見ても思考がオッサンよ」

 オッサンは余計だ。まだまだ若いはずだ。

 雰囲気が悪くなったのを察したのか、クリスティアナ様が間に割って入った。

「必殺の大魔法は問題がありますが、普通の魔法の訓練を一緒にするのはどうですか?一度、シリウス様と一緒に魔法の訓練をしたいと常々思っていたのですよ。先生に習って一緒に魔法の基礎を学んだことはありますが、実戦に即した訓練をやったことはないでしょう?」

「そういえば、シリウスが魔法の訓練をしてる所、見たこと無いね。魔法の訓練、毎日真面目にやってる?」

 なかなか痛い所を突いてきた。クリスティアナ様に他意は無いだろうが、フェオは薄々気がついているのだろう。俺が魔法の訓練を全くしていないことに。

「あら、そうなのですか?それなら今度から一緒にやりましょう。魔法の訓練は1日にして成らず、ですわ!」

 ヒマワリのような満面の笑みを浮かべてクリスティアナ様が言った。さもいい考えだと言わんばかりに。

 可愛い!美しい!断りにくい!!

 何度か自分で作ったオリジナル魔法を見せたことがあるので、以前から俺のことを才能溢れる魔法使いと思っている節があった。だからこそ、一緒に魔法の訓練をしたいと思っているのだろう。

 この世界の住人は全員魔法を使うことができる。しかし、一人が使える魔法はほんのいくつかであることが多い。それだけに、多彩な魔法を使える人物は尊敬の対象になり易い。妖精が崇められるのもそのためであることが多い。

「え、ええっと・・・」

「クリピーの言う通りだよ。せっかくの黄金色の魔力が泣いちゃうよ?」

「え?黄金色の魔力・・・?」

 ピシリ、とその場の空気が氷ついた。嫌な汗が背中を流れた。

 さすがのフェオもその不穏な空気を察したらしい。

「・・・もしかして、内緒だった?」

「・・・」

「や、やだなぁ。み、未来のお嫁さんに、そ、そんな大事なこと、内緒にしてちゃダメだよ~」

 声の調子はいつも通りだが、こちらに目を決して合わせないフェオ。

 一方、クリスティアナ様はこちらをジッと見ていた。

「はぁ。ここだけの秘密ですが、洗礼の儀式で発現した色が黄金色だったのですよ。この事を知っているのは、国王と私の両親、洗礼を執り行って下さった教皇様のみ、です。くれぐれも、内密にしておいて下さいね」

 釘を刺すようにフェオとクリスティアナ様の専属使用人の方を見た。魔力による威圧込みで。

 二人とも青い顔をしてコクコクと首を縦に振った。

「黄金色とはどの属性に適性があるのですか?」

「それが、過去に例が無いらしくて詳しくは不明ですね。教皇様の話によると、聖王が黄金色だったのではないか、と仰ってましたね」

「聖王様と同じ!」

 クリスティアナ様が歓喜の声を上げた。俺の魔力の色が聖王と同じで何が嬉しいのやら。

「あ~、あの子ね。確かに黄金色だったわね。でも、魔力量はシリウスの方が圧倒的に多いわよ。あたしはシリウスは妖精王の生まれ変わりだと思っているけどね~」

「聖王様よりも上!?妖精王!!?」

 クリスティアナ様のテンションメーターが振り切れそうになっている。誰か早く止めてあげて。

 え?俺が止める?

 あんなに眩いばかりのキラキラした目を向けられたら、さすがに止められないわー。

 結局、クリスティアナ様のテンションが落ち着くまで小一時間ほど掛かったのであった。


「ここが我が城の魔法訓練施設ですわ。幾重にも強力な魔法障壁が張られておりますが、なるべく破壊しない程度の魔法にして下さいね」

 クリスティアナ様の中で、どうやら俺は既にデストロイヤーになっているらしい。悲しい。

「う~ん、この程度の魔法障壁ならシリウスが簡単に破壊しちゃうかな?そうだ!もっと強力な魔法障壁を上から張ればいいのよ!」

 フェオ、お前もか。

「そうねぇ、ここの魔法障壁は各属性ごとにバラバラに魔法障壁が張ってあるから、全属性を一つにした魔法障壁を張るのがいいかな。そうすれば、それぞれの属性が弱点を補いあって、超強力な魔法障壁ができるはずよ」

「勝手に魔法障壁を張っちゃって本当に大丈夫なの?」

「大丈夫ですわ。問題ありません!」

 クリスティアナ様は両手で拳を握り俄然やる気のようだ。やるのは俺だが。

「わ、分かりました。やるだけやってみましょう。それでフェオ、どうすればいいんだ?」

 フェオは腕を組み、首を捻りながら答えた。

「え~っと、全部の属性が混ざるような感じ?それがサラサラーって飛んで行ってフワワーって感じ?」

 ・・・全然わからん。この情報でどんな魔法を使えと?

 思った以上にフェオから魔法を教わるのは難しそうだ。まあ、フェオからまともな情報が出てこないであろうことは想定内だが。

 う~ん、パリンと割れそうな障壁ではなく、空間内に充満して緩和するのはどうだろうか。要は、濃い霧の中を光が通り抜けようとすると、光のエネルギーが拡散して光が届かなくなるのと同じ現象だ。この辺り全体に充満させると全ての魔法が使えなくなるので、外側の魔法障壁の辺りにだけ限定的に滞留させる。よし、これでいこう。

「それでフェオ、その魔法の名前は?」

「え?ふ、フワワー?」

 何で疑問系・・・まあ、いいか。特に魔法名にこだわりはないしそれでいこう。

「フワワー!」

 俺を中心に黄金色の光の粒子が物凄い勢いで周囲に拡散していった。

「え?マジで使っちゃった!?」

 フェオが目と口を飛び出たして驚いた。実に面白い反応だ。可愛い顔が台無しだ。

 と、思っていると、隣でクリスティアナ様も全く同じ顔をしていた。なんだろう、この、見てはならないものを見てしまったような気分は。

「ま、まさか、今、魔法を創りました?」

「え?いや、フェオが教えてくれた魔法ですよ。やだなー」

「そ、そうよ!この私が教えたんだから、当然よ!」

 フェオが無い胸を張った。妖精が在りもしない魔法を教えていたとなると、妖精としての沽券に関わるようだ。

 先程の一瞬で通り過ぎた光の粒子に気がついた何人かの人達が、今の光は何だ?と騒ぎ始めた。

 しかし、俺の使った魔法は既に大気中に拡散しており、目視することが出来なかった。

「う~ん、特に変わった様子は見られませんわね」

 クリスティアナ様が首を傾げて可愛いポーズをとっている。美しい柳眉もポヨポヨさせている。

「えー!クリピーにはこの眩いばかりの、有り得ない聖域結界が見えないの!?」

 そりゃ魔力が見える妖精ならともかく、人の目には見えないだろう。ん?今、何て言った?

「せ、聖域結界!?」

「せ、聖域結界!?」

「せ、聖域結界!?」

 三人が綺麗に声を揃えた。何て魔法を伝授したんだい、キミは。

「そうよ!って、何でシリウスまで驚いてるのよ。自分で創った、じゃなかった、使った魔法じゃない」

 聖域結界魔法、フワワー。このネーミングでよかったのかしら?

 とにかくまた妙な魔法を創り出してしまったようだ。これだから魔法の訓練をしたくなかったのだ。

 やるなら一人で、コッソリやる。

「ま、いっか。フェオ以外には見えて無いみたいだし。それでは強固な魔法障壁も張り終えた事だし、魔法の訓練を始めましょうか」

 いまだに、聖域結界、聖域結界と呟いているクリスティアナ様に向かって声をかけた。

 現実世界に戻って来るまでにしばらくかかった。

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