第15話 ブートキャンプ②
「これが、真剣な騎士の訓練?」
フェオが首を傾げた。その姿は可愛らしくどこか美しいものであったので、つかの間、現実逃避させてくれた。
そう、現実逃避したくなるほどの光景だった。
訓練する騎士達に覇気はなく、毎日やらないといけないから仕方なくやってます感が、これでもかと言うほど滲み出ていた。
そこにいる騎士達の腹を見て欲しい。本当に騎士として動けるのか疑問である。
「クリスティアナ様、ここで訓練をしている騎士達はどのような役目を持っているのですか?」
精鋭ではないのは確かだ。では、何の為にいるのか。
「ここにいる騎士達はエリート揃いで、主に作戦を練ったり、作戦終了後の報告書を作成したり、後方支援用の物資の手配と配分をしていると聞いていますわ」
なるほど、騎士というより文官、ということか。それでもその腹はないな。たるんでおる。心身共に。
「これはこれはクリスティアナ王女殿下、こんな場所までようこそおいで下さいました。そちらのお方はシリウス様ですな。噂はかねがね伺っておりますよ。私はアイザックと申します」
この場を取り仕切っている隊長格の人物がやってきた。
上に立つだけあって、騎士としての立派な体格と格好をしていた。年齢は50前後だろうか。
「シリウスです。お世話になります、アイザック隊長」
深々とした礼をとろうとした所を、隊長に止められた。
「お止めください、シリウス様。シリウス様は将来、クリスティアナ王女殿下の伴侶となられる方。ならば、我々の仕えるべき方と同格です」
公爵家の者に頭を下げられるとは思っていなかったのか、とても慌てていた。
「シリウスってもしかして偉いの?ハハーッてした方がいい?」
「いいや、ただの親の七光りだよ。そんな事しなくてもいいよ。堅苦しいの、嫌いだし」
フェオに率直な感想を述べた。フムフムと可愛く頷いていた。やばい、なんか撫でたくなってきた。
「こちらには如何なる御用でお出でになられたのですか?」
「あれ、クリスティアナ様から聞いていないのですか?訓練に参加するためにこちらへ来たのですよ」
「まさか、本気だったのですか!」
騒ぎに気がついた騎士達が訓練を止め、こちらの様子を伺っていた。人、それをサボりと言う。
「ええ、本気(マジ)です。と言うわけで、今日から参加させていただきますね」
ニッコリと微笑んだ。隊長とその後方からこちらを向いている騎士達に向かって。
「シリウス、いやらしい顔してるわよ」
「失敬な。真面目に、真剣に訓練をするだけなのに」
騎士達の顔が引き攣った。
それはそうだろう。お偉方が来ていたら、訓練で手を抜くわけにはいかない。
「シリウス様、早速始めましょう!」
「え、クリスティアナ様も参加するのですか?」
さすがにクリスティアナ様も一緒にやるとは思わなかったので驚いて聞き返した。確かにクリスティアナ様も運動不足なのかもしれないが、騎士の訓練に参加するのはどうだろうか。
「勿論ですわ。一緒にやって絆を深めましょう!」
どうやら、先の国王陛下との会話を気にしているらしい。何としてでもこの婚約を成立させなければ、ジュエル王国の危険が危ないと。
さっきのは話は軽い脅しで、本当にそんな事するつもりは無いのに。多分。
「え~、お邪魔虫つきなの~?」
フェオ君、クリスティアナ様を煽るのは止めなさい。
ひょっとして、フェオと俺との関係に危機感を感じているのだろうか?体格的に、無理だと思うのだが・・・
お邪魔虫と言われてムッとした様子をのクリスティアナ様。頬を少し膨らませていた。
「フェオの方がお邪魔虫でしょう!」
「あ!今、虫扱いした?」
今度はフェオが頬を膨らませた。
どっちもどっちだと思う。似た者同士、意外と仲がいいのかもしれない。
「王女殿下も参加されるのだ。お前たち、日頃の鍛錬の成果をしかと見せよ!」
ここぞとばかりに隊長も煽った。さっき見た訓練風景はきっと不本意なのだろう。俺たちのせいで訓練が厳しくなったと恨みを買いたくないので、我々を巻き込むのはやめて欲しいのだが。
そんな訳で、始まった王宮騎士との合同訓練。だがしかし、始まってみると公爵家で毎日やっていた訓練に比べると全然大した事なく、むしろ楽に感じた。
流石にクリスティアナ様は途中で無念のリタイアをしているが、涼しい顔で訓練に付いてくる俺の姿に、騎士達は危機感を募らせているようだ。
貴族よりも、子供よりも頑張らなくはならない。騎士たちは必死になって何とかついてきていた。
そのことに気がついた隊長は、段々と訓練をより厳しいものへとシフトチェンジしてきた。
それでも涼しい顔で付いていくと、遂に騎士の中に脱落者が出始めた。
「どうしたお前ら、騎士の誇りはどうした!守るべき方よりも先にへばってどうする!そんなもので栄えある王宮騎士が勤まるか!!」
隊長の怒りはごもっとも。これまでは自分たちの強さを比較する対象がなく、普段の訓練メニューくらいなら何とかこなせるので強く言えなかったのだろう。それでもこの様はないな。この程度の訓練についていけないようでは有事の際にクリスティアナ様を守ることはできないだろう。いつも側に俺がついていればいいが、結婚するまではそうはいかない。
第一王女に命を狙われる可能性にだって、なきにしもあらずなのだ。
「確かにこの程度の訓練についてこれないのは問題ですね。公爵家で毎日行っている訓練の半分以下ですよ」
「おお!さすがは名だたる屈強な騎士団を所有するガーネット公爵家。シリウス様、良ければ彼らに渇を入れてやって下さい」
「え?いいんですか?」
騎士達の顔色が悪くなった。くっくっく、日頃から手を抜いて訓練をしていた報いを受けるがいい。
「いいですとも!」
隊長がノリノリで言った。どうやら相当腹にため込んでいたものがあるようだ。
「それではフェオさん、やってお仕舞いなさい」
「アイアイサー!」
フェオがノリノリで電撃を放った。どうでもいいが、一体どこでそんな言葉を覚えて来るのか。
「シババババッ!」
「ヒギャアー!」
「アババババー!」
電撃自体はそれほど強くはないようだが、ビリッとはきたらしい。十分な効果があった。
うんうんと頷きながら効果を確かめていると
「お、鬼・・・」
「悪魔がいる・・・」
と騎士達から非難の声が上がった。
「ほう、君たちまだ余裕があるみたいですね?」
「スミマセンでしたー!!」
その後は皆、力の限りを振り絞って訓練を行った。
「今日は模擬戦ができなかったので、明日は模擬戦もやりたいですね」
ニッコリと微笑む。騎士達の顔が明日も来るのか、と絶望の色に染まった。いい気味だ。
「おお!明日からが楽しみですな!」
隊長が元気よく応えた。
「シリウス、まだやるんだ・・・」
さすがのフェオもまだまだやるつもりでいる俺に呆れていた。
後日、誰が言ったか存ぜぬがいつの間にかに俺が参加する訓練は、鬼と悪魔のブートキャンプ、と呼ばれるようになっていた。
余談ではあるが、厳しい訓練を課された騎士達は、本来持っていた素質を遺憾なく発揮し、屈強な騎士へと変貌を遂げていった。
そして俺が側を通ると、常に美しい姿勢で敬礼を行うようになった。
どうしてこうなった・・・
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