第16話 聖剣①

「ねぇ、この城を探険しましょうよ!」

「突然どうしたんだ、フェオ?」

「ここ、お城でしょ?だったら、宝物庫にお宝でしょ!」

 ビシッと指差した。好きだね、このポーズ。どうやら図書館を往復する日々に、毎日の訓練が追加されたくらいでは退屈は凌げなかったようだ。

「確かに城の宝物庫となればそれ相応のお宝もあるだろうけど、そんなの見つけてどうするの」

「もちろん、獲物をいただくに決まっているじゃない!」

 俺が図書館に行くときは、当然のようにフェオもついてきた。俺が読む本には全く興味を示さなかったが、クリスティアナ様が薦めた本にはかなり食いついていた。似た者同士、気が合うのだろう。そして、きっとそのお勧めの本の中に、正義の怪盗が悪い奴らからお宝を盗む話もあったのだろう。

「確かにお城に宝物庫はありますが、宝物庫には厳重に鍵が掛かっていて中に入ることは決してできませんわよ」

 さも当然とばかりにクリスティアナ様が言った。宝物庫に侵入しようだなんてとんでもない!と暗に言っていた。

 確かにそれはそうだ。宝物庫の鍵がガバガバなはずがない。ヤバい代物も収蔵されているだろうし。ヤバい代物?ひょっとしたらそこに魔王の杖があるかもしれない。これは是非とも確かめて見なければならない。

 どうすれば穏便に宝物庫の中を覗くことができるだろうかと思案していると、フェオが言った。

「チッチッチ、我々にはどんな扉でも開ける事ができるオープンセサミの魔法があるのだよ!」

 そして目の前で振っていた人差し指をビシッとクリスティアナ様に向けた。

「あっ!」

 クリスティアナ様はその可能性に気づき、口元に手を当てた。

 なるほど、確かにあの魔法なら宝物庫を開けることができるだろう。警備もいるだろうが眠らせるなりなんなりして無力化すれば十分に宝物庫に侵入可能なはずだ。

「シリウス様はそんなことしませんよね?」

 不安そうにこちらを見るクリスティアナ様。もちろんクリスティアナ様の味方の俺は、そんな危険なことをするつもりは毛頭ないのだが、ほんのちょっとだけ覗くくらいなら許してもらえないだろうか。

 そんな思いがきっとフェオに通じたのだろう。

「ちょっと見るだけ、ちょっとだけだから~。ダメならこの場でクリピーの服を魔法で全部脱がせるからね!」

「ふぇ!?」

 驚いたクリスティアナ様は慌てて両手で服を押さえた。その顔には、フェオなら本当にやりかねない!と書いてあった。俺もフェオなら容赦なくやると思う。

「う~ん、どうしようかな~」

「シリウス様!悩まないで下さいませ!早くフェオに許可を!!」

 メチャクチャ焦っているクリスティアナ様も可愛い。しかし、クリスティアナ様を出汁に使うとは、俺のことを良くわかっている。

「仕方がないですね。クリスティアナ様の許可が出るならば引き受けましょう」

「許可します」

 食い気味の即答だった。宝物庫よりも、自分が大事。当然の判断だ。フェオはガッツポーズしていた。

 しかし、クリスティアナ様はフェオがこの味を知ってしまったことに気がついているのだろうか?今はあえて言わないでおこう。フェオが気がついていない可能性も・・・

 フェオの方をチラリと見ると、ニヤリとして小さく頷いていた。

 無いな、無い。その可能性。


「あそこが宝物庫ですわ」

 クリスティアナ様の案内により、宝物庫はすぐに見つかった。宝物庫は地下の奥まった場所にあり年代物の飾り気のない頑丈そうな扉がついていた。扉には鍵の他に厳重に結界も施されていた。これでは簡単に侵入することはできないだろう。

 そして、当然の事ながら警備兵が立っていた。

「これはコッソリと中に入るのは無理そうだね」

「そうだ、あそこの人達の意識を魔法で奪おう!」

 フェオが物騒なことをいい出した。眠らせるってことだよね?

「いや、それは止めた方がいいな。宝物庫への無断侵入を許したら、あの警備兵達が責任を取らされることになる」

「そうですわ。私達のせいで真面目に働いている人が犠牲になるなんて、あんまりですわ」

 俺の意見にクリスティアナ様も賛成の様子。それもそのはず。問題など起こさないに越したことはない。

「じゃあ、どうするの?」

 フェオが首を傾げて聞いて来た。

「正攻法でいこう」

 隠れていた柱の陰から、警備兵の方へ向かった。

「クリスティアナ王女殿下にガーネット公爵令息様!それに妖精様まで・・・」

 こちらに気がついた警備兵の顔色が悪くなった。こんなところに来てまでやることは一つだ。

「すいません、中を見せてもらえませんか?」

 ゴクリと警備兵の喉が動いた。

「き、許可は、国王の許可は貰っておいでですか?」

「無いね。でもクリピーがいるよ?」

 フェオは隣にいるクリスティアナ様をチラリと見た。警備兵の顔色が益々悪くなった。

「申し訳ございません。いくらクリスティアナ王女殿下の許可があっても、国王の許可がなければ中に入れる訳にはいきません」

 冷や汗を流しつつ、それでも仕事を全うすべく勇敢に応えた。

「ほら~、やっぱり正攻法じゃ無理じゃん。じゃあ、プランBでいこうよ!」

 一瞬、フェオが頬を膨らませたが、すぐにいい考えを思いついたのか、満面の悪いことを考えている笑顔になった。

「プ、プランBとは、どのようなもので?」

 クリスティアナ様が恐る恐る聞いた。俺も何のことなのかさっぱり分からないのだが。

「フッフッフッ、爆破よ、爆破!」

 ヒェッ、とクリスティアナ様と警備兵が声をあげた。フェオはテロリストとして指名手配されたいのだろうか。まあ、物語の中の怪盗もおそらく賞金首が掛かっているだろうから、賞金首になることに憧れがあるのかもしれない。

「流石に爆破はまずいんじゃないかな。警備兵の皆さんには眠ってもらって、その間に侵入しますか。寝ているところが見つかったらお咎めを受けるかもしれませんがね」

 ニヤリと悪い事を考えている顔で笑った。

「鬼」

「鬼ですわ」

 フェオとクリスティアナ様から批判の声が上がった。

 フェオに言われるのは心外だ。爆破よりはスマートな方法なのに。

「わ、分かりました。今日だけ、今日だけですからね!絶対に中の物には触れないで下さいね!」

 どうやら警備兵の心が折れたようだ。触れない約束だけは守ろうと思う。

 魔法で解錠しようかと思っていたが、警備兵が開けてくれた。

「鍵、持っているんですね」

「ええ、万が一の場合には直ぐに中に入る必要がありますからね。」

 この人が盗みを働く可能性があるのでは?と思ったが、中に入って置かれている品々を良く見ると、全てのアイテムに警報の魔法がかけられており、触るだけでけたたましいサイレンが鳴る仕組みになっていた。

 宝物庫の中には窓がなく、天井に設置された魔道具のランプからもれる薄暗い光がボンヤリと部屋の中を照していた。

 棚や床は埃だらけで、長い間、人の出入りがなかったことを物語っていた。

 部屋に置かれていた物は、そのほとんどが何なのか良くわからない物ばかりであり、剣や杖などの実用性のあるものはなかった。宝物庫に仕舞うのではなく、実際に使っているのだろう。ちょっと残念。

「なにこれ、ゴミばっかじゃん」

 フェオが素直な感想を述べた。古い書物などもあるにはあったが、読み取れない物やすでに失われた言語で書かれていたりして全く読めなかった。

「フェオはこの文字を読むことは出来ないのですか?」

 クリスティアナ様が期待を寄せてフェオに聞いた。もし解読出来れば、新たな発見があるに違い無い。

「う~ん、流石の天才フェオちゃんでも、全ての言語が分かる訳じゃないからね~」

 それもそうだ。ついこの間まで、文学に興味がなかったからね。もっと早くに本の面白さに気がついていれば読めていたかも知れない。

 当然、都合良く日本語や英語で書かれた書物もなかった。

 もちろん魔王の杖は無かった。よかったのか悪かったのか。

 結局、特に発見が有るわけでもなく、宝物庫探険は終了した。

 何事もなく出てきたことに安堵の表情を浮かべ、警備兵は宝物庫の鍵を閉めた。

「その様子だと、面白くはなかったようですね」

 苦笑いを浮かべていたが、きっと中の様子を知っていたのだろう。そして、中に入ってもつまらないことも知っていたはずだ。

「全然面白くなかったわ。次はもっと何か面白い物を入れておきなさい」

 フェオが偉そうに言っていたが、宝物庫に面白い物が入る日は当分先のことになりそうだ。ハハハ、善処しますよと警備兵が乾いた笑みを返していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る