第13話 妖精の試練④

「お初にお目にかかります。シリウス・ガーネットと申します。ノックはしましたが返事がなかったので、勝手に扉を開けてしまいました。申し訳ありません」

 相手はおそらく妖精なのだろうが、どのくらいの強さを持っているのか分からないので、状況が分かるまでは下手に出ておくことにした。

 隣でクリスティアナ様も王族らしく美しい流れるような淑女の礼をとった。最近忘れがちだけど、れっきとしたお姫様なんだよな。今更だけど、こんなことに勝手に連れ出してよかったのだろうか。専属の使用人が何も言ってこなかったからいいのかな。

「ふ~ん、まあいいわ。ノックしてもこの部屋には聞こえないでしょうから。それよりも、どうやってこの部屋の扉を開けたの?物凄く頑丈な結界が張られていたはずなんだけど。このあたしでも破れないような強力なやつが。それを人間ごときが突破してくるなんて、あたしの妖精としてのプライドが許さないわ!」

 不機嫌なのはそのせいか。俺たちは顔を見合わせた。そんなものあったかしら?と互いに首を傾げる。

「なによあんた達!結界があるのも気が付かなかったの?あんた、一体どんな魔法を使ったのよ?」

 ビシッと俺を指差した。クリスティアナ様ではなく俺を。これは完全に犯人はお前だ!と気づいているのだろう。

「えっと、扉を開ける魔法です」

 しどろもどろになりながら、何とか誤魔化す方法はないかと考えた。これ以上妖精の怒りを買うのは不味い。

「なんて魔法?」

 妖精さんが半目でこちらを睨んだ。怖いよう。

「私のことはシリウスと呼んで下さい。貴方はもしかして妖精様ではありませんか!宜しければお名前を聞かせていただけませんか?大ファンなんですよ」

「見ての通り、私は妖精よ。名前はまだないわよっていうか、シリウス、誤魔化そうとするな!」

 飛び膝蹴りが飛んできた。そこそこ痛いぞこれ。チラリとクリスティアナ様を見ると、それもそうだ、という目でこちらを見ていた。その目は明らかに何か隠しておりますわね、と語っていた。クリスティアナ様、あなたもですか!

「妖精様、確か、オープンセサミという魔法でしたわ」

「オープンセサミィ~?聞いたことない魔法だわ。この世界の魔法を全て知り尽くしてる妖精の私が言うのだから、間違いないわ。断言する。そんな魔法はない!」

 ビシッとこちらを指差した。

 どうしよう、クリスティアナ様が余計な事を言ったので、誤魔化すのが益々難しくなった。

「妖精でも知らない魔法があるのではないですか?」

「それは無いわ。新しく魔法を創らない限りは、ね。もしかして、シリウスが創ったの?」

 まさか!という顔をして、口元に両手を当て、クリスティアナ様がこちらを向いた。

 これ以上黙っているのは難しそうだ。話した上で口止めした方が良さそうだ。どのみち妖精からは魔王の杖の情報を聞き出さなければならないのだ。少しでも好感度を上げておいた方がいいだろう。

「バレてしまっては仕方がないですね。他の人には秘密にしておいてもらいたいのですが、その魔法は私がさっき創ったどんな扉でも開ける魔法なんですよ」

 降参、とばかりに手を上げて言った。

「どんな扉も!?」

「さっき創った!?」

「まさか!」

 三人が同時に声をあげた。この件に関してはクリスティアナ様専属使用人にも釘を刺しておかねばならないだろう。喋ればガーネット公爵の名において、全力で潰す、と。

「貴方も、秘密にしておいて下さいね?」

 クリスティアナ様専属使用人に向けて真っ黒な笑顔を向けた。

 その途端、彼女の顔は真っ青になりコクコクと首を縦に振った。一先ずはこれでよし。

「シリウス、あんた、怖いわよ」

 どうやら使用人を脅しているのが妖精にはバレたらしい。そのままの表情で妖精に向き直った。

「ヒッ!い、言わないから!誰にも絶対言わないから!」

 妖精は必至だった。ちょっとやり過ぎたかな?


「それで、どうしてこの部屋に封印されているのですか?イタズラのし過ぎですか?」

「違うわよ!理由は3つあるわ。1つ目が、あたしの力が強大過ぎて人間が恐れをなしたこと、2つ目が、それでもあたしの力を利用しようとしていたこと、3つ目が、あたし達妖精は自分で魔力を産み出せないから、魔力の供給源がどこかに無いと存在できないから、そして最後に、あたしが可愛すぎるからよ」

 うん。3つじゃなくて4つになってるね。それに最後のは言ってみたかっただけだよね?胸を張ってどうだ!って顔してるし、華麗にスルーしよう。

「なるほど、だから妖精の姿を見なくなったのですね。昔に比べて、世界中に漂っている魔力が少なくなっているって本に書いてありましたからね。この部屋にいれば、城にいる人達から魔力を頂戴できるという訳ですね」

「その通り!シリウス、あんたなかなか賢いわね。ちなみに魔力が世界中から少なくなっているのは、生き物が誕生する時に少しずつ魔力を持っていっちゃうからよ。死ねば放出されるけど、今は生き物が多すぎてどんどん減る一方ね。パパーッと10分の1ぐらいに減ってくれないかしら。そしたらあたし達ももっと増えるのに」

 スルーされて涙目になっていたが、妖精の言いたいことを俺が理解したことに気がつくと、嬉しそうに腰に手を当てて言った。しかし、物騒なことを言う奴だな。まあ、冗談だと思うけどね。

「ところで、シリウス、あんた何しにここに来たの?」

「ああ、そうでした。ひとまずはお近づきの印にこれを」

 そう言って、キュウリの入った籠を妖精の前に差し出した。

「あら、気が利くわねって、何でキュウリなのよ!」

 妖精は両手でキュウリをムンズと抱えて、こちらに向かって投げつけてきた。妖精から投げつけられたキュウリを有難く受け取り、バリバリとそのまま食べた。シャキシャキして瑞々しくて、とても美味しい。マヨネーズがあれば最高だったのに、この世界ではまだ見たことがなかった。今度作ってみるかな。

 バリバリと美味しそうにキュウリを食べる俺の姿を見て、妖精も食べ始めた。

「いや、確かにあのカッパはあたしの幻覚魔法で造り出したけど、別にキュウリが欲しかった訳じゃないわよ」

「あの珍妙な生き物はカッパというのですね。キュウリが好物なのですか?シリウス様は本当に博識ですわね」

 クリスティアナ様がキュウリに手を出そうとしたので、あわてて止めた。

「クリスティアナ様、流石にお姫様が手掴みでキュウリをバリバリ食べるのはどうかと思いますよ。お菓子も持って来ていますのでそちらをどうぞ」

 残念そうにこちらを見るクリスティアナ様の前にお菓子を差し出した。

 ついでに使用人にお茶を淹れてもらう。

「初めからこっちを出しなさいよ!・・・何これ、極上の美味しさじゃない!」

 プリプリと怒った様子の妖精は、一瞬にしてとろけただらしない顔になった。ちなみにクリスティアナ様も同じ顔をしていた。女の子は本当に甘いものが大好きだ。

「あたし、決めたわ。シリウスの相棒になってあげる!」

 妖精は唐突にそう言い放った。もしかして、お菓子に釣られたのだろうか?だとしたら、随分とチョロいことで。

「何でそのような発想になったのかは分かりませんが、そんなに簡単に決めてしまっていいんですか?ここに閉じ込めた人達に許可を取らないと、問題になるのではないですか?」

「別にいいわよ。もう何年もここには誰も来なかったから」

 それはそれで寂しい思いをしたのではないだろうか。同情の視線を送っていると、

「ちょっと、そんな目で見ないでよ!ここから見える範囲ならイタズラし放題なんだからねっ。ピアノを鳴らしたり、机やいすを動かしたり、甲冑を走らせたり、耳元に囁いてみたり、雨や雪や雷を鳴らしたりとかもできるんだから。あとは男の子に憑依して女の子のスカートをめくったりしてさ、あれは面白かったな~。女の子が怒って男の子にマウントをとって殴りつけてたもんね~」

 七不思議の殆どはこの妖精が関与していたようであり、随分と楽しんでいた様子。同情して損した。クリスティアナ様も、犯人はお前か、という顔をしていた。

 妖精に声が聞こえない距離まで下がり、コソコソとクリスティアナ様に話かけた。

「この部屋をもう一度封印する方法も分かりませんし、イタズラ妖精が野に放たれると周りが迷惑しそうなので、監視も兼ねて私の相棒になってもらった方がいいかもしれませんね。王族はすでにこの部屋のことは知らないみたいですし、妖精を利用できる可能性があるなら私が監視する方を取るでしょう」

「そうですわね、断って妖精様の機嫌を損ねるわけにはいきませんし、妖精様がそうなされたいのであれば良いのではないでしょうか。それに、シリウス様は私の婚約者ですもの。この城の物は私の物、私の物はシリウス様のものですわ」

 何だか突拍子も無いことを言っている気がするが、あの親バカ国王陛下なら何でも喜んでクリスティアナ様に差し出しそうだ。ストッパー役と思われるクリスティアナ様のお母様に期待しよう。

「貴方の相棒になるのは良いのですが、魔力の供給はどうするのですか?」

 妖精が相棒になるのに異存はない。むしろ欲しい情報が手に入りそうなので僥倖だ。

「もちろん、相棒のシリウスから提供してもらうわよ」

「えっ、サキュバス的な奴ですか!?」

 まさか、あんなことやこんなことをやっちゃうの?体格さ、結構あるよ?

「違うわよ。あんな魔力を物質化して自分の中に取り込んで、また魔力に戻すなんて効率の悪いことしないわよ。そのまま駄々漏れになっているシリウスの魔力を直接もらうわ」 

 なんか生々しいのと驚きの事実が。駄々漏れだったのか、俺の魔力。そう聞いてみると、

「まあ、魔力が見えるのは私達妖精か魔眼持ちくらいだからね。漏れてるだなんて普通は気がつかないわよ。それで魔力を他からもらうには契約をする必要があって、その契約の方法が私に名前を付けることなわけよ。というわけで、私に名前を付けて頂戴。可愛くない名前だったら容赦なく蹴るからね」

 やけにバイオレンスな妖精だな・・・ヴァイオレット・・・はカラーが違うな。この子はすみれ色じゃなくて、青色だし。

「じゃあ、フェオで。今日から君はフェオ・ガーネットだ」

 ビシッと妖精を指差した。

「・・・え?フェオ・・・ガーネット?」

「うん。名前がフェオで家名がガーネットだよ。気に入らなかった?」

 何故かは分からないが、イタズラ妖精が真っ赤に染まった。文字通り、服まで全てが真っ赤だ。妖精はカメレオンみたいに色が変わるらしい。これは驚きの新事実!使える魔法も変わってきたりするのかな。

「し、シリウス様、家名まで与えるのですか!?」

 どういうわけだか、クリスティアナ様があわてて聞いてきた。

「うん?だって、家族の一員になるわけだよね。当然なのでは?」

 あれ?魔力を提供することになるので一緒に暮らすことになると思っているのだが、違うのかな?

「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いします!」

 フェオちゃんが殊勝に頭を下げてきた。

「だ、ダメー!!シリウス様は私の物ですわ。絶対に渡しませんわー!!!」

 クリスティアナ様がかつて無いほどの大音量で叫び声を上げた。

 何か、盛大に、勘違いされている予感がする。

 いや、ひょっとして俺の方が世間的にはやってはならないことをしているのかもしれない。

 ちらりとクリスティアナ様専属使用人に目を向けると、貴族だけでなく、庶民においても家名を与えるということは夫婦になることを意味しているらしい。そしてどうやらイタズラ妖精のフェオちゃんはそのことを知っていたようだ。

 それであの反応からのあの反応。フェオは赤くなってもじもじしているし、今更やっぱり今のは無しとは言い難い。しかしクリスティアナ様は半泣きになっている。完全に板挟み状態だ。どうしてこうなった・・・

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