第3話 洗礼
公爵家の豪華な馬車が王都の道を進んで行く。
ガタゴトと揺れる馬車の座席にはフカフカのクッションが備え付けられており、その揺れを完璧に抑えていた。
転生してから初めて公爵家の屋敷の外に出た。
青い空には所々に雲が浮かんでおり、地球にいた頃と何ら変わらない空をしていた。
しかしよく見ると、月のようなものが2つ浮かんでおり、改めてここが異世界なのだと実感した。夢ではない現実世界。そこに確かに生きている。何とも不思議な気分になった。
しばらくすると馬車はとても大きな建物の前で停止した。
その建物は真っ白の壁面に青く尖った尖塔をいくつも連ねており、お城と言われても違和感がなかった。
しかしそこは教会であり、その優雅な佇まいと豪華さ、敷地の広さから教会の権力の強さが計り知れた。
何せ洗礼は教会でしか受けられず、洗礼を受けなければ魔法を使うことができない。国になくてはならない大変重要な施設なのだ。
両親と訪れたそこは教会の総本山。この国で一番大きな教会だった。
予め予約を入れていたこともあり、すぐに洗礼の運びとなった。
「もうすぐ洗礼が始まるわ。あら?シリウス、もしかして緊張してるのかしら?」
「べ、べ、別に緊張してませんし」
強張った顔の俺を見たお母様が少し揶揄うような声で聞いてきた。
緊張しないわけなかろう。何せ魔王になる可能性を秘めた身なのだ。どんな結果が出るのかとても怖い。
事前に調べた所によると、どうやら魔法のオーブに触れることで魔法使いとして覚醒するらしい。そして、その時に魔法のオーブが輝き、自分の得意な属性が判明する。
この世界では全員が全ての属性を使うことができる。しかし、当然のことながら得意・不得意が存在する。不得意な属性よりも得意な属性を伸ばすのが今の主流であり、不得意な属性はほとんど役に立たなかった。
怖れているのはこの属性判断。魔法のオーブがどす黒い光を放ったらどうしよう。魔王と判断されて幽閉、もしくは殺されるかもしれない。
本当は今すぐにでも逃げ出したかったが、公爵家の嫡男として逃げ出す訳にはいかなかった。
「閣下、お待たせ致しましたかな?」
明らかに他の神官とは違う豪華な法衣をまとった老齢の男性が数人の神官を引き連れてやって来た。真っ白い髭に丸縁の眼鏡。絵に描いたような魔法使いの風貌をしていた。
「教皇様、本日はお忙しいところに時間を割いていただき、ありがとうございます」
公爵たるお父様が頭を垂れて挨拶をした。
それに倣ってお母様と共に頭を垂れた。
教会最高峰はどうやら公爵家よりも位が上のようだ。
「それでは早速洗礼の儀を始めましょうか」
そう言うと奥の部屋へと案内された。お付きの神官はさっきの部屋で全員待機するようだ。
ステンドグラスによって照らされた部屋は幻想的な輝きを放っていた。室内の祭壇には丸いオーブ。何の変哲もないこの水晶玉のようなものが人々の運命を左右する力を秘めているとはとても思えなかった。
「ではこの魔法のオーブに手を触れてもらえますかな」
この部屋には両親と教皇様のみ。何かあっても大騒ぎにはならないだろう。粛々と処分されるかもしれないが。
貴族の洗礼ではこのように人払いをすることがほとんどだ。何故なら、魔法はその人の切り札となり得るからだ。ある意味ドロドロとした貴族社会の中では、手の内がバレているというのはよろしくない。
鬼が出るか蛇が出るか。意を決して魔法のオーブに触れた。
触れた手はオーブに吸い付いた。まるで何かを吸い取られているかのようだ。この吸いとられているものがきっと魔力なのだろう。
そうすること数秒、魔法のオーブが輝き出した。最初こそ淡い光を放っていたが、次第にその光度を増していき、金色の光を放ち始めた。
「な、なんと、黄金色とは!」
教皇様が驚嘆の声を上げた。
え?黄金?漆黒じゃなくて?取り敢えずヤバそうな色じゃなくてよかった。
ホッとしたのもつかの間、お母様がすっ飛んできて抱き締めた。
「黄金色だなんて、さすが私の自慢の息子だわ!」
ギュウギュウと顔が胸の谷間に押し込まれて行く。このままではまた窒息する!あわててタップすると今度は気が付いてくれたようだ。お母様の両腕の力が弱まった。
俺はお母様の胸の谷間の間から顔を出し尋ねた。
「黄金色はどの属性が得意なのですか?」
予め調べた本の中には黄金色なんて色はなかった。もちろん漆黒色もなかったが。
その答えは教皇様の口から出た。
「黄金色は王者の色。全ての属性を自在に操ることが出来ると言われております」
何故、教皇様の口調が畏まった口調になっているのだろうか。なんだか聞くのが怖い。
「言われている、ですか?」
首を傾げながら、幼い声で尋ねた。
「左様です。神話の時代に聖王様が洗礼の儀で黄金色を放ったと言われております。それ以来、黄金色を放った者は記録されておりません。その為、詳しいことはほとんど分かっておりません。しかし、聖王様が全ての属性を自在に操った、という伝承が残っておりますので、有識者の間では全属性を使いこなせるのではないかと言われております」
なるほど、この世界の創生の英雄、聖王様と同じ色か〜って、それはそれで問題なのでは!?主にバレるととても目立つという点において。漆黒色も不味いが、黄金色も不味い!
「あ、あの、この事は内密に処理してもらうとか出来ないですかね?」
恐る恐る聞いてみた。
「確かにそうだな。シリウスの身が危険に晒される恐れがある。個人ならまだしも、国が相手となれば少々厄介だからな」
思案げにお父様が呟いた。
国が相手でも少々って・・・どんだけガーネット公爵家は力を持っているんだよ。
「左様ですな。教会としては記録として残さねばなりませんが、個人の資質を公表することは御法度。こちらから公表することはないとお誓い致します」
教皇様がこちらを向いてキッパリと言った。
教皇様の英雄を見るかのような熱い視線が突き刺さる。たかが5歳児に向ける視線ではないと思うし、できれば止めて頂きたい。
「さてどうしたものか。さすがに国王には一言言わねばならないだろうな。得意な属性は・・・そうだな。シリウス、どの属性が好きだ?」
え、自分で決めるの!?
「え、ええと、お母様と同じ風属性がいいです」
これならお母様に魔法を教えてもらえる。身内に教えてもらえれば属性の件が外に漏れる心配も少ないだろう。
「ええ、ええ、それがいいわ!お母様が何でも教えてあげるわ」
お母様は興奮し、またギュウギュウと抱き締めてきたのだった。
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