第2話 ここはどこ、私は誰

 ふと、ベッドの上から豪華な机の方を見た。

 そこには立派な本棚があり、分厚い本、何かの冊子のような薄い本、背表紙がやたら豪華な本などがギュウギュウと詰まっていた。

「何でもいいから本を取ってもらえないかな?」

 側につかえているメイドさんに声をかけた。

 一瞬、目を見開き驚いた表情をしたが、すぐに何冊かの本を取ってきてくれた。

 今の驚いた反応は言葉使いに対してだろうか、それとも、俺が本を読むことに対してだろうか。

 持って来てくれた本は、どれもとても綺麗で読んだ形跡は見られなかった。

 メイドの反応がどっちなのかを考えても答えは出そうになかったので、手に取った本に目を通した。

 日本語ではなく、アルファベットのようなミミズがのたうち回ったような文字だったが、どうやら読むことはできるようだ。

 なになに、ジュエル王国の歴史?それとこっちは魔法全集に魔法の杖図鑑。それと動物図鑑に植物図鑑か。どれも子供向けの本のようで絵が沢山描いてあったが、写真ではなかった。

 ジュエル王国とは今いるこの国の名前のようだ。

 この本によると、ジュエル王国はムー大陸の大半を支配しており、残りの国もほとんどが属国となっている。社会制度は国王を頂点とする典型的な封建制度のようである。

 国王の次に力を持っているのは公爵家であり、公爵家にはどれも宝石の名前がついているらしい。

 そして、我が家はどうやら公爵家らしいのだ。

 何故分かったかというと、本に名前が書いてあったからだ。

 シリウス・ガーネット

 どうやらこれが自分の名前のようだ。

 シリウス・ガーネットか、どこかで聞いたことがある名前のような気がする。

 何だったかなぁと首を捻っていると、ようやく思い出した。

「アーッ!」

 あまりのショックに思わず声が出てしまった。

「シリウス様、大丈夫ですか!?すぐにお医者様をお呼びします!」

 そう言うと止める間もなくメイドさんは部屋から飛び出していった。

 思い出した。思い出したぞ。妹がハマっていた恋愛ゲームの「ジュエル王国の魔王の杖」に出てくるラスボスの魔王がシリウス・ガーネットという名前だった。

 ラスボスなのでどのルートを通っても必ず主人公達の前に立ち塞がり、最後は主人公達に倒される運命だ。

 しかしながら、ゲームとは微妙に違う点があった。ゲームに出てくるシリウスはポッチャリ体型の傲慢令息だったはずだが、どうみても今の自分はスリムな体型だ。小さい頃は痩せていたという設定だったのかな?

 もっとしっかりと妹がやっているゲームを見ておくべきだった。

 自分はゲームよりも外で運動する方が好きだったので、その方面はからっきしであり、持っている情報も断片的なものしかない。これはもう南無三としか言いようがない。

 ん?まてよ、これってもしや異世界転生!?

 妹がこのゲームの世界に転生したいと常々言っていたが、まさか自分が転生することになるとは。

 4月から新社会人となるはずだったスポーツ馬鹿には、今さらゲームの中のファンタジーな世界はちょっと、いや、かなり厳しいのではないだろうか。

 自分の置かれた状況を整理し、理解し、その結末に震えているとお母様が飛んできた。例えではなく、実際に飛んできた。魔法で。

「シリウス!もう大丈夫よ!お母様が来たわ!!」

 ガバッと力強く抱き締められたのはいいのだが、場所が悪かった。

 豊満なお母様の胸の間にスッポリと収まってしまい、息ができない。

 急いでお母様の腕をポムポムと必死にタップしたが、どうやらこの世界では通じないらしく、全く気がつく様子がない。

 あわや窒息死寸前のところでようやくやって来た医者が慌てて引き剥がしてくれた。

 その後、あちらこちらを診断したが、異常なし、と結論付けられた。

 それはそうだ。異常があるのは頭の中なのだから。

 しかしお母様はその結果に納得しなかったのか、しばらくの間、寝るまで側についていた。


 貴族であって本当によかった。

 何故なら、本が沢山あるから。

 現代日本とは違い、こういった世界では紙は貴重であり、本となるとさらに貴重なはずだ。

 この世界の事をもっとよく知るには、本の存在は非常に有り難かった。そんな訳で、ベッドの上にいる間も、動けるようになってからも、時間の許す限り本を読み続けた。

 その結果、家人からは「シリウス様は将来すごい学者様になるのでは?」と噂されていたが、現在のところ魔王フラグを折らなければ魔王になる予定だ。いや、この場合、折るべきものは魔王の杖か。見つけ次第、容赦なくへし折る。絶対に。

 何とか魔王フラグを回避すべく情報収集に勤しんでいたが、思うようにはいかなかった。

 何せ、判断基準となるゲームの知識がほとんど無いのだ。それはまるで雲を掴むようなものだった。

 本では得られない情報も、もちろん出来る限り収集した。片っ端から使用人に話しかけ、あれやこれやと聞き回った。お陰で屋敷の人達とは随分と仲良くなった。

 シリウス君は現在5歳の男の子。兄弟は他におらず一人っ子の甘やかされっ子だ。それで、お父様もお母様もお祖父様もお祖母様も親戚もみんな甘やかしてくる。

 そして、毎度毎度、高価で美味しそうなお菓子を沢山持ってくる。

 そりゃポッチャリ体型にもなるわ・・・。

 以前の俺は勉強嫌いで逃げ回っていたらしく、何とか勉強に興味を引くために子供が好きそうな図鑑や魔法の本などを与えていたようだ。それらの本に手をつけた様子は見られなかったが、それゆえに今の本に興味のある姿勢はとても喜ばれている。当の本人は命がかかっているので必死なだけなのだが。

 5歳児だったことが幸いし、雷に撃たれる前と後との多少の違和感は、首を傾げるか、目を見開かれるか、で済んだ。

 だが、問題もある。

 5歳児ゆえに、まだお母様と一緒にお風呂に入るのだ。

 惜しげもなく晒されるお母様の全裸は、それはもう迫力があった。

 お母様は自分の息子なので全く気にして無いが、こちらはお母様を女性として見てしまっている。

 すると当然、男の面子が起つことになる。そしてそれを見たお母様が「あらあら」と言ってからかってくるのだ。

 もう少し年齢がいっていたら色々と不味いところだった。危ない危ない。

 ちなみにお母様はただいま24歳。その年で5歳の子がいるということは、19歳の時に俺を産んだことになるのだが、この世界では普通らしい。ちなみにお父様も同じ年。俺がいるせいでお母様と一緒に風呂に入れないと拗ねている。

「シリウス、魔法に興味があるみたいね」

 お風呂の浴槽内で僕を抱き抱えた状態でお母様が聞いてきた。背中には柔らかな感触があり、シリウス君の豆芝が牙を剥いている状態では振り返ることが出来なかった。

 確かに魔法関連の本を沢山読んではいるが、それは杖のヒントを探すためであり、別に魔法を使いたいという訳ではなかった。

「そ、そんなことはないですよ?」

 何故疑問系にしてしまったのかと思いつつも、動揺を隠せなかった。

「ウフフ、隠さなくてもいいのに。シリウスくらいの年齢の子供はみんな魔法に興味を持つものよ。明日、洗礼を受けに行くわよ」

 洗礼、それは魔法を使えるようにするための儀式だ。この洗礼を受けることで大なり小なり魔法が使えるようになるのだ。

 本来なら10歳の時に教会で洗礼を受けるのだが、貴族となると少し事情が変わってくる。

 お布施をすることで10歳未満でも洗礼を受けることができるのだ。当然、お布施の金額は安くはない。だが、他の子供よりも先に魔法を覚えているというのは一種のステータスであり、柔軟な発想のできる小さい頃から魔法を嗜んでおくと非常に有利になるらしい。

 そういった事情もあり、小さい頃に洗礼を受ける貴族の子供は多い。

 それと同時に、まだ善悪の判断が乏しい子供が魔法を使うことで、器物破損や怪我人、死者が出る場合もあり、それで家名が傾いた貴族も多い。

「お母様、僕にはまだ早すぎます」

 魔王フラグに直結しそうな魔法の習得はできれば避けたいところだ。まだ子供の僕には理解出来ない、これで押し切ろう。

「あら、シリウスなら大丈夫よ。あれだけ沢山の本を読んで理解しているし、お話もとても上手だってみんな言っているわ。とても5歳児とは思えないって評判よ。お母様も鼻が高いわ」

 なんてこった!情報収集が裏目に出た形だ。普通の5歳児の行動パターンなど分かるはずもなく、ちょっとやり過ぎたらしい。

「でも・・・」

「大丈夫よ、お母様が魔法を教えてあげるわ」

 やさしくそう言うとグルンと僕の体を強引にお母様の方に向けた。目の前には豊満で、柔らかい、何かが。俺の豆柴が本日最高潮に牙を剥いた。

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