9


 午前の終業チャイムがきんこんかんこんしまして、お昼になりました。


 お昼はいつも通り屋上です——が。


「なに? まだ膨れているの?」


「べつに膨れてませんですー」


「膨れているじゃない。なに構って欲しいの? 子供過ぎるでしょう、そういう態度」


「うっ……だって……」


「だってなによ? あ、でもごめんなさいね。わたし、あなたに構っている暇はないのよ。いま階段をのぼるのに忙しいから、なにか言いたいことがあるなら死後にしてくれないかしら?」


「もう逃げる気まんまんじゃないですか……死後って、聞く気さらさらないじゃないですか」


「さらさら? ああわたしの髪のこと? そうねサラサラね。うふふ」


「なんで都合の良い部分だけ切り取るんです?」


「都合の悪い部分に聞き耳を立てて、わたしになんの得があるっていうのよ」


 もう何を言っても無駄なのかもしれません。


 ここは大人しく階段をわっせわっせした方が精神的ダメージが無いように思えます。


「ちょっと。あまりわたしの後ろを歩かないでよ。あなたすこぶる小さいんだから、わたしのパンツが見えてしまうでしょう」


「あ、はい」


 小さいって言われました。すこぶる小さいって言われました。


 なにも言わなくてもダメージを受けました。


 ダメージは受けましたが、階段はクリアしましたので、ようやく屋上に到着です。屋上への扉を開けると、既に静露先輩、軸梨先輩、葉隠さんが揃っていました。


「あ、斎姫ちゃーん、ごめんねえ〜」


 と。僕が屋上に姿を見せると、なぜか静露先輩から謝罪をされちゃいました。


 一体なにに対する謝罪なのか——と、僕が首を傾げますと、静露先輩は、


「昨日の音声、欲しがったの私なの〜。でも斎姫ちゃんが知ったら嫌がるだろうし、女子メンバーのグループで送ってもらったんだけど〜、ふふ、軌柞ちゃんを招待してたの忘れてて〜。ごめんねえ?」


 両手を合わせて、僕に頭を下げてきました。


「え、あの……えっと……は、はい」


 なんですかね。この感じ。


 年上の先輩から謝られると、ぷんすかしていた僕の感情は迷子になってしまいます。なにも言えないと言いますか、怒るに怒れないといった感じになって、ぷんすか感情(略してぷんす感情)は完全にどこかに飛んでしまったのです。


 でも、ひとつ言いたいことはあるので言わせてもらいますかね。


「あのお、静露先輩……あんな音声を欲しがらないでください……」


 本当に欲しがらないで。いつ聞くんですか。


 いつ聞くんですか、って質問はどうやって聞くんですか、って感じになってしまいました。もし知っている方がいらっしゃいましたら、ぜひこの僕にアドバイスを送って欲しいくらいです。


「ほんとーにごめんねえ〜。あとでいいことしてあげるから、許して。ね?」


「……い、いいこと……?」


「そ。い、い、こ、と」


「そ、それはど、どのような……こ、ことなので、しょうかっ……?」


「んー? 知りたいのお?」


「は、は……はひ」


「うふ。それはねえ? とーってもいいことよ。おとこの娘ならきもちいこと、かもしれないわあ〜」


 お、おお……う。そ、それって、どんなことなのでしょうか?


 僕は男子ですし、年上の先輩——それも大人っぽい雰囲気があるおっとりお姉さん系の先輩からそのような意味深なことを言われましたら、僕は男子すぎるくらいにどこからどう見ても男子ですので、はっきりと言っちゃいますと、すごーい期待してしまうんですが。


「放課後——ね?」


 ふふ——と。ウインクされてしまいました。


 ドキッとしました。ウインクされたとき、静露先輩の胸元をチラチラ見てしまったことは内緒です。僕の胸に秘めておきます。


 どのようなことなのか興味津々な僕ですが、でもそれを顔に出してしまうと僕のイメージ——誠実な男子イメージ——が破綻してしまいますので、ここは冷静と平静を装って、


「ほーかご……ほーかご」


 と、忘れないように繰り返し呟き、約束は守る男子アピールをすることにしました。


 僕のそんな態度に、他のみなさんは黙々とお弁当を食べています。なぜかその様子を見るとちょっぴり不安になりますが、しかし今はお昼ですし、僕もお弁当を食べることにしましょう。


 今日はオムライスのおにぎりと定番のタコさんウインナー。サラダはコールスロー。


 デザートは手作りみかんとぶどうのゼリーです。


 本当はリンゴもいれたかったのですが、買っておいたリンゴは昨夜軌柞ちゃんに丸かじりされたので、リンゴを入れる願いは叶いませんでした。


 でもおいしー、ですよ? えへへ。


「あ、そうそう」


 僕が脳内でランチメニューを紹介していると、僕のタコさんウインナーをさらっと盗み食いしながら熊猫さんが言いました。


「ストーリーをざっくり書いて来たのだけれど、食べながら確認してくれるかしら」


 タコさんウインナーを盗んだことに対して、なんのコメントもありませんでしたが、熊猫はそう言ってスマホを取り出し、画像データにした文章をグループメッセージ(男女混同)に何枚かを貼り付けました。


 それぞれ食べながら、その文章を確認します。


 突っ込みたいこと、あるいは文句と言っても過言ではないことが、まず一枚目の画像から判明します——だって……。


 タイトル——『貧困かぐやと富裕層』って。


 突っ込みどころ満載なタイトルだと思いませんか!?

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