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 かぼちゃプリンってすごいですよね。まずもって、かぼちゃをプリンにしようと思いついたその発想がすごいです。


 たしかにかぼちゃはもともと甘いですけれど、煮付けとかにしていた食材をプリンにしたんですよ。すごくないですか?


 醤油とか天つゆみたいな味付けじゃなくて、プリンにしちゃったんですよ。天才です。紛れもなく天才だと確信しちゃいますとも。ええ。


「ぱくり。にへえ〜」


 天才の生み出したかぼちゃプリンを食べると、必然と頬が緩んでしまいます。僕が食べているのは、職人が手間暇かけて作ったかぼちゃプリンじゃなくて、普通にコンビニで買ってきたやつなのですが、しかしかぼちゃプリンってハズレがないんじゃないです?


 どこで買っても美味しいです。


 どこで買っても頬が緩みます。


「すげえ疲れてるっぽい顔で帰ってきたくせに、プリン食い出しただけでなんでそんなに回復した感じ出してんだ、兄貴ちゃん? そのプリン、ベホマでもかかってんのか?」


「ベホマって……そんなわけないでしょ、軌柞きいすちゃん」


「でもよ兄貴ちゃん。その回復の仕方はベホイミじゃ足りねえだろ」


「いや、そんなこと言われても僕、ベホイミとベホマの回復の違いを身をもって体験したことないからわからないよ」


「その言い方だと兄貴ちゃん。まるで兄貴ちゃんは、ベホイミとベホマじゃなくて、ケアルラとケアルガなら知ってると言うことか?」


「どういうことなの? どうやってそういうこと、って考えたら、僕がケアルラとケアルガの違いを知ってるって思えるの?」


「さあ? 知らねえな! あっはは!」


「……………………」


 なんて内容のない会話なんだろう。


 せっかくかぼちゃプリンのハーモニーに癒されていましたのに、追撃を食らった気分です。


 とはいえ、かぼちゃプリンの甘さは僕を癒やし続けてくださるので、軌柞ちゃんから食らったダメージは徐々に回復しますが。まるでリジェネのように!


「ところで兄貴ちゃん。俺のぶんは?」


「……食べる? いいよ二個買ってきたから」


 本当は寝る前のおやつにしようとしていましたが、まあこれでも僕はお兄ちゃんですし、妹が欲しがっているのなら、優しい兄としての対応をする——それが僕、それが兄の姿なのです。


 リビングのソファに座り、手元のエコバッグからかぼちゃプリンを取り出し、軌柞ちゃんに渡します。


「サンキュー兄貴ちゃん。やったぜタダプリンだいえーい!」


 その喜び方は、なんか嫌だなあ——と思いつつ、スプーンを渡しました。


「てか兄貴ちゃん、エコバッグとか持ち歩いてんの?」


「え、普通じゃないの? だってコンビニ袋有料化したじゃん」


「したけどよー。でも、学生で持ち歩いてるやついなくねえか? しかも学校にまで持ち歩くやつ、兄貴ちゃんしか存在してないんじゃねえか?」


「そんなわけないでしょ。僕以外にもいるよ」


「へー。見たことあるん?」


「……な、ないけど」


「ほらー。兄貴ちゃんしかいねえじゃん!」


「だ、だって僕、帰りにスーパー寄る日もあるし、そのとき用に常に持ち歩いてるんだもん」


「女みてえだなっ!」


「なんでさー!?」


「だって、男で学校帰りにスーパー寄るやついる? 一人暮らしでもねえのに。実家暮らしなのに」


「い、いるよー! 生粋の料理男子なら僕なんかよりスーパーに通ってるよきっと!」


「生粋の料理男子。それすら俺は見たことねえぞ。いや、厳密に言えば漫画で見たことはあるけど、んなもん食戟しょくげきのソーマでしか見たことねえよ。もっと言えば、食戟のソーマですら、主人公の創真そうまくんくらいしかスーパーに行ってねえだろ」


「だってあそこ、エリート校じゃん」


「おいおい、聞き捨てならねえな、兄貴ちゃん。それじゃあまるで創真くんがエリートじゃないって聞こえるぜ?」


「いや、エリートではなかったでしょ。下から努力で上がってきた系の主人公だったでしょ」


「定食屋を舐めるなよ?」


「舐めてないよ。え、軌柞ちゃん、そんなに食戟のソーマ好きだったの……?」


「当たりめえだろー。あんないやらしく飯を食う漫画、大好きだよ!」


「料理漫画として読もうね?」


「審査員すら調理してるもんなー」


「だから料理漫画として読もう?」


「食戟のソーマのテーマは、審査員も食材ってことだろ? まさか違うのか!?」


「におくぱーせんと違うと思うよ……」


 いや……どうなんだろう。


 作画クオリティ的に、あながち軌柞ちゃんの言い分も……自信を持って否定できないかなあ。におくぱーせんと、とか言っておきながらですが。


「つーか兄貴ちゃん、なんであんなに疲れたフェイスで帰宅したんだ?」


「え、いや……衣装とか選んだり」


 あとはおもに突っ込み疲れかなあ。


 こうして軌柞ちゃんとトークしてても、突っ込み疲れは癒されませんし。ま、僕にはかぼちゃプリンがありますけどね。ぱくり。


 んー。おいしー!


「あ、そうだそうだ」


 僕がかぼちゃプリンをちびちび味わって食べていると、妹は味わうなんて文化を知らないのか、一気にプリンをかき込んでから、ポケットからスマホを取り出してそう言いました。


「なんかさー、ひづめさんからライン来てたんだよなー」


「……い、いつのまに交換してたの?」


「え、ああ、なんかグループラインに招待されたんだよ。演劇部の」


 ほら——と、画面を見せてくれました。たしかにそこには、『演劇部(女部員)』と表示されています。


「いや、どうして演劇部じゃない軌柞ちゃんが、さも当然のように演劇部の一員みたいになってるの?」


 演劇部のグループライン、もう一個あったんだ……。僕を含めたやつと、僕を省いたやつ。


 だからどうして、こういうときだけ僕は男子扱いされるんです?


 嬉しいはずなのに、なかなかに切ない気持ちになってしまいます。


 若干の落ち込み(?)を隠せずに、僕が画面から目を伏せると、軌柞ちゃんは画面を操作して、


「これ、ひづめさんから来たメッセージ」


 と。再度画面を見せてきました。


 画面には、


「えーっと……『兄妹で仲良く視聴しなさい』」


 というメッセージと、音声ファイルが。


「なにこれ? 兄妹で仲良く?」


「とりあえず聞いてみようぜ?」


 あまり気が進まないのですが、しかし軌柞ちゃんは聞くつもりのようです。仕方ないので渋々ですが頷き——あっ!


「まってまってまってまった軌柞ちゃん!」


 思い出した嫌な記憶。脳内再生された自分の声を思い出し、僕は軌柞ちゃんを止めるため、立ち上がりました。が、時すでに遅し……。


 脳内再生された音声と全く同じ音声が、軌柞ちゃんのスマホから聞こえてきます。


『僕は男子ですので……普通に女の子とエッチをしたいですうううううう——っ!』


「ぎゃー! わー! わー! わーわーわー!」


 慌てて音声をかき消そうと声を上げる僕。


「うお! あっははははは! なにこれチョー面白れえ! 兄貴ちゃんなにいってんの? ひょっとしてこれがお芝居? だとしたら演劇に可能性しか感じねえよ! 超ウケんぜっ!」


 はい、無意味でしたー。声を上げた意味ゼロでしてー。


「……………………」


 熊猫くまねこさんめえ…………。


 絶対明日文句言ってやるんです。びしっと。


 ヘナヘナとソファに座り直した僕は、かぼちゃプリンを噛み締めながら熊猫さんに絶対文句言ってやるぞ、っと。心に決めたのです。


「……おいしいなあ」


 かぼちゃプリン美味しいなあ。悔しいなあ。


 悔しいのに、頬が緩んじゃうの悔しいなあ。

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