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「さあ! 衣装も見つかりましたし、部室に戻りましょうそうしましょう!」
「ずいぶんと元気よく言ってるけんども、なんだべなあ。空元気って感じだっぺか」
「なにをおっしゃいますか葉隠さん! 空元気ではなく、元気なんですよ!」
「協力しちまったおらが言うのも変な話だっけよお、服ひん
「……………………」
言わないで! 本当は空元気、もとい恥ずかしさを誤魔化すためのハイテンションなのですから、そこには触れないでくれると助かります。
「ちらっと見ちまったけんども、うちの一番下の弟とおんなじくらいのサイズだったべなあ」
「……ちなみに、葉隠さんの一番下の弟さんは、おいくつで?」
「小三になったばっかだんべよ」
しょぼーん。
小三と同じくらいのサイズにしょぼーん。もしくはサイズがしょぼーん。
「ま、まあ逆に、その弟さんが育っていると考えてみれば、落ち込みませんけどね……」
「それがうちの家族、おら以外みんな身長ちっこいからよお」
おらがイレギュラーなんだっぺな——と。そう言った葉隠さんでしたが、僕は途中で耳を塞いで現実から逃げることにしたので、最後まで聞きませんでした。ときに逃げることは、男にも必要なのです。立ち向かうだけが男らしいとは言えませんので(言えませんよね!?)。
「撃沈、ってこういうことを言うのでしょうか……」
「ちんだけにけ?」
「……………………」
ノーコメントで。葉隠さんの発言には、ノーコメントでお願いします。
せっかく空元気を出して誤魔化そうとしましたのに、あっけなく失敗に終わってしまいました。
なので大人しく落ち込みます。
ずーん。
小三って。
ずーん……。
「さ〜てと。とりあえず目ぼしい衣装は紙袋に入れてきたわよ〜」
と。ずっと装備していたマントに別れを告げる葉隠さんと落ち込む僕に、静露先輩が言いました。静露先輩は目ぼしい衣装を紙袋に入れに行っていたのです。さっきご本人が言ってましたけど(落ち込んでるので二回言ってみました)。
とまあ、こんな感じで(僕だけが傷ついた感じで)衣装選びを終え、部室に戻ります。
だいたい一時間ちょっとの時間を使い、衣装を探していたのですが、果たして熊猫さんと軸梨先輩は、まだ居るのでしょうか——部室のドアを開きます。
「かぐや姫には、感動的な死を与えるっていうのはどうかしら?」
「んー。たとえばとんな感じの?」
「そうね。花婿候補がかぐや姫を
「あたしなら、お爺さんとお婆さんは、実はお婆さんとお婆さんで、二人は純愛関係。そこにかぐや姫という美女が現れて——みたいなトライアングル百合ラヴストーリーを所望するわ」
「誰得なのよそれ。実はお婆さんとお婆さんの百合を誰が観たいのよ」
「演じるのは結局JKだから、目には優しいと思うのよね。どう?」
「確かに一理あるけれど、そうなったらわたしは実はお婆さんだった役とか絶対に嫌よ」
「ならさならさ! もういっそのこと、登場人物全員女子にして、かぐや姫を奪い合う、異能バトルとかどう!? 花婿候補は全員女子で異能力者! 女の子が女の子を奪い合うサバイバル! ああ! ときめく……っ!」
「おはなしとしては面白そうね」
「でしょ! 戦っているうちに、花婿候補と花婿候補に愛が芽生える——とか、そういうサブ展開もありだしさー!」
「それでかぐや姫だけ売れ残ったら、失笑を禁じ得ないわね」
…………………………。
ちょっと立ち聞きしてしまいましたが、もはやそれは『竹取物語』の原型すら怪しいのではないでしょうか……。
異能力バトルとか言ってましたよ。
お爺さんとお婆さんが実はお婆さんとお婆さんとかも言ってましたよ。
いや、そもそもお婆さんとお婆さんを見抜けないかぐや姫の役とか、絶対難易度が高すぎますから。僕のちんけな演技力では足りませんから。
「あら、戻っていたのね」
今気づかれたみたいです。ドアを開けてから、三分くらい経っていますのに。
「ただいまです。なんか……恐ろしいくらいに原型を失ったストーリーを構成しようとしていませんでしたか?」
「竹を切って産まれた女が月に帰るバッドエンドをそのままやっても面白くないでしょう。わたしが脚本を手掛ける以上、爆笑と感動で客のメンタルをぐちゃぐちゃにしてやるつもりよ。期待していなさい」
「言い方! なんだか……公開する前に後悔しそうです……」
「失敗しなければ良いのよ。人生と一緒。簡単じゃない」
「熊猫さんは、人生に失敗したと思ったことがないのです?」
「失敗したらすぐ自殺するわ」
「凄い覚悟ですけど、メンタル弱過ぎません!?」
「失敗なんて耐えられないわ。だってわたし、生きているだけで成功なんだもの。ふふっ」
熊猫さんって、たぶん危ない人間だと思うんですよ。
まあそんなこと言ったら、僕が亡き者にさせられてしまうと確信しちゃいますので言いませんし、言えませんが。
「色星さん、良い感じの衣装あった?」
軸梨先輩が、紙袋を持つ静露先輩に言いました。
「あったわよ〜。この中から好きなの選んでちょ〜だい」
そう返した静露先輩は、部室の床に紙袋の中身を広げます。
「あ、これは斎姫ちゃんのやつだね」
「どうしてわかったんです? 軸梨先輩」
「だってほら、裏に『フォーキッズ』書いてあるもん。子供サイズってね」
悲しいです。見た感じのサイズではなく、裏に書いてある言葉で僕のサイズがバレたことが悲しいです。
「葉隠さん! 身長ってどうすれば伸びるんですか!?」
「ボクシングやってみっけ?」
「無理です!」
そもそもボクシングで身長が伸びる気がしません!
バレーボールとか伸びるって聞きますけど本当なのでしょうか?
もし本当なら、僕は入る部活を間違ったのかもしれません。
「大きく見せられるように、演技力を磨きなさい。魅せるように、見せるのよ」
なぜ僕は、同じずぶの素人であるはずの熊猫さんからアドバイスを頂戴しているのでしょうか。
「まあ、見た目どころかパンツの下までフォーキッズのあなたじゃあ、たどり着くことができないかもしれないけれど。ふふっ」
「……………………」
そういえば熊猫さん、僕の下半身を握り潰そうとした人間でしたね……。
やめてくれませんかね……。せっかく忘れていたのに、掘り起こすの勘弁してくださいよお。
「斎姫ちゃんのフォーキッズ見たことあるの?」
「ないわよ。握り潰そうとしたことはあるけれど」
「……なんで?」
軸梨先輩の質問が凄くまっとうな質問に聞こえますけれど、握り潰されそうになった僕的には、その話題を辞めて欲しいです。
辞めて欲しいですし、あと身長欲しいです。
「本当に男なのか、自称ではにわかに信じられなかったからよ。当人の弁なんて裁判ではなんの証拠にもならないのと一緒よ」
「いや……熊猫さん……。話のスケールが大きくなり過ぎですって……」
「あなたもそれくらい大きくなれればいいわね。無理でしょうけど」
「励ましてくれているのか、僕を見下しているのかどっちなんです?」
「どちらでもないわよ。勘違いしないでよね」
勘違いできる可能性がありませんね。
「さて。わたしたちはこれから、この広げられた和服のサイズを合わせるわけだけども、ずっとここにいるわけ?」
「…………いえ。外に出てます」
「覗いたら、わたしに二万円よ」
「の、覗きませんよ!」
僕は廊下で待機するため、退室しました。
覗きませんけれど、見たくないと言えば嘘になります。だって僕、男子ですもん。
こんな男らしさを、男らしい、って誇れるわけがありませんが。まあ覗いたら、なぜか熊猫さんだけに二万円らしいので、絶対に覗きませんけども。
部室からは、女子たちの楽しそうな声が聞こえてきます。なんか僕、こういう時だけはきちんと男子扱いされるんですね。それは当然なのですが、でもちょっぴり仲間外れ感があるので、贅沢を言えば、男子部員増えてくれたら良いのになー。
楽しそうな声を聞きながら、お着替えを妄想するのは、僕の目標とする『男のなかの男』ではありませんので、廊下で棒立ちしててもやることありませんし、自動販売機でも行って、飲み物でも買ってくるとしましょうかね。
んー。今ならブラックコーヒーを飲んでも、苦さを美味しいと思えるかもしれません。
でも結局、いちご牛乳を買ったんですけどね。
だって美味しいんですもん。いちご牛乳。
傷ついた心を癒やしてくれますもん。いちご牛乳。優しいなあ、いちご牛乳。
今日の帰りにかぼちゃプリン買って帰ろーう。
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