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「ほへえ〜お洋服がいっぱいです」


 案内された場所には、お洋服がたくさんありました。そりゃあ、貸衣装屋さんなので当然のことなのでしょうけども、こんなにもお洋服に囲まれる体験は、僕の人生で初めてです。


「ここは使わなくなった衣装の保管庫なのよ〜」


「これ、全部使わなくなっちゃったんです?」


 もったいないです。ぱっと見ですけど、まだまだ着れそうなお洋服や、あるいは個性的な衣装まで、幅広くございますのに。


「こういうデザインにも、流行はあるからねえ」


「でも廃棄するわけじゃあないんです?」


「ここにあるのは、まだそこまでじゃあないのよお。傷みが酷くなってきたらそうなっちゃうけれど、まだまだ着れるものねえ。だから、駆け出しの劇団さんとかに、格安で貸したりしてるのよ〜」


「ウィンウィンですね」


 でしょ〜、と。言いながら静露先輩は、数ある服から一着を手に取り、僕に向けました。


「これ着てみる〜?」


「着ません!」


 水着じゃないですか。きわどいじゃないですか!


 そのデザインでは、僕は男子ですので包めません! 僕のだって包めません!


「似合うと思うのに〜」


「思い直してください」


 たくもー。


 発言を見つめ直して欲しいくらいですよ。


「……あれ? そういえば葉隠さんは?」


 いつのまにか、葉隠さんの姿がありませんでした。あの巨大な葉隠さんを見失うほど、この倉庫にはお洋服がたくさんあるのですが、葉隠さんはどちらに消えてしまったのでしょうか。


「ここに居んべさ」


 あ、いました。


 服と服をかき分けて、葉隠さんが登場しました。なぜかマントつけてます。


「こん中から、かぐや姫に使える衣装を探すんだっぺ? こりゃあ、骨が折れちまうくらい大変な作業になりそうだっぺさー」


 自身のマント姿は、セルフスルーのようです。


 そのマント、僕がつけたらきっと地面を引きっちゃいますね。いいなー、葉隠さん。


 マント格好良いなー。


「とりあえず、和服をピックアップして、そこから使えそうな衣装を決める、ってどうかしら〜」


「んだべな。ひとまず、そっから始めんのが無難だっぺな」


「じゃあ、各自でとりあえず和服をピックアップしてねえ〜」


 と。僕が密かにマントに憧れていると、今後の方針が決まったようです。


 この方針に反逆する要素もありませんし、僕は反逆心旺盛なレジスタンスではありませんので、大人しく、言われたように和服をピックアップしていきます。


 ハンガーに吊るされたお洋服をシャッシャ、ってして、約一時間を使い、それぞれ和服をピックアップしました。


 悲しいことなので、できれば言いたくないのですが、僕サイズの和服、どれも子供サイズなんですよね……。


 お二人とも、しっかりと子供サイズをピックアップしてくれてるんですよ。そこがなんと言いますか、地味に悲しいというか、切ないというか。


 牛乳たくさんぐびぐび飲もう、って。


 決意を固めるきっかけになりました。


「ん〜。とりあえず、こんなところかしら〜」


「んだっぺな。んでも、これサイズは平気なんだべか? おら、小っ恥ずかしいくらいでっけえからよお、着れっぺか」


「そこは心配しなくても良いわよ〜。サイズの微調整は、私ができるから〜」


 どうやら静露先輩は、多彩なスキルを持っているようです。さすが貸衣装屋さんの娘さん!


「あ、でも〜」


 内心で静露先輩を褒めていたら、僕に視線を向けられてしまいました。なぜかニヤニヤ、あるいはおもちゃを見つけた子供のような表情で。


「な、なんです……?」


「他のみんなは、細かいサイズとかは、あとで女の子同士で話し合うとして〜、斎姫ちゃん?」


「は、はい」


「脱ごっか〜?」


「ひいっ!」


 やっぱり!


 だと思ったんですよ! 


「いやですよ! 恥ずかしいです!」


「大丈夫よ〜。痛くしないから〜。うふふ」


「ひいっ!!!」


 魔手が。魔手が伸びてきます!


 魔手が僕を脱がそうとしてきます!


「いやですってえええ!」


 僕は逃げました。素早く回れ右をして、一目散に逃げ出しました——が。


「逃さねえべ」


「ぎゃー!」


 残念ながら、魔手の使い手は、二人いたのです。


 僕は葉隠さんにあっけなく捕まり、全日本中学女子ボクシング元チャンピオンに、悲しくも拘束されてしまいました。


「ふふふ〜。さあ、斎姫ちゃん。脱ぎ脱ぎしようねえ〜」


「ぎゃー!」


「暴れても無駄だっぺ。わりいけんども、大人しくしててくんろ」


「は〜い、斎姫ちゃん、ばんざ〜い」


「ぎゃー!」


「ジタバタしても、おらには効かねえべ。ばんざいさしてやんべ、ほれ」


「ぎゃー!」


「ひと〜つ。ふた〜つ。うふふ。ボタンを外していきましょうね〜」


「ぎゃー!」


「おお。おめさ、ずいぶんと肌白かんね。たまごみてえなお腹の色してんべさ」


「ワイシャツは、ぽい、ってしちゃおうね〜」


「ぎゃー!」


「ベルトも〜カチャカチャ」


「ぎゃーぎゃー!」


「はえー。可愛らしいトランクス穿いてんだっぺなー」


「なんか女子のルームウェアみたいなデザインね〜。うふふかわいい」


「……………………」


 力尽きました。


 暴れても暴れても、葉隠さんの腕力はびくともしませんでした……。


 よって僕は力尽きました。ちーん。


「あら〜。ちゃんと付いてるのね〜。でもかわいいサイズね〜」


 静露先輩は、さも当然のことのように、僕のトランクスのゴムを引っ張って、中を覗きコメントしました。


 そのコメントに対するコメントが出てきません。


「もう……好きにしてくらしゃい……」


 しくしく。


 しくしくしくしくしくしくしくしく。


 ぐすん。

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