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「ところで、脚本はどうするのかしら?」
僕が音速とぴえんとぱおんを超えた速度で買ってきたコーラをぐびっとやりながら、熊猫さんが言いました。
「そうねえ。誰か書きたい人いるかしらあ?」
と、静露先輩。
しーん。誰も立候補しません。
「脚本ったってよお、おらたち一年はずぶの素人だっぺっから、いきなりそんなん無理があんべよー」
「失礼ね。わたしをあなたたちレベルで語らないでもらおうかしら」
「んだって、熊猫さんは脚本なんて書けんだっぺか?」
「書いたことはないわよ。でも、書けないこともないわ。だって天才だもの。うふふ」
「おら、おめさのその自信の出どころが、さっぱりわかんねえんだべ」
「わかるわけないじゃない。わたしの気持ちを理解できるのは、この世でわたしだけよ」
「正論なんだろうけんども、納得しにくいべなあ」
「正論に納得は不要よ。正しさに納得はしなくても良いのよ。正しさに必要なのは、理解だけ。正しさに全人類が納得したなら、核兵器なんてとっくに滅んでいるでしょう。そういうことよ」
どういうことなんでしょうか。ちょっと僕にはわからないトークテーマですし、話題がズレまくり感も否めませんので、傍観者に徹してしまいましたが、正しい判断だと思います。
ズレまくったトークテーマを修正したのは、軸梨先輩でした。
「んー。脚本って言っても、そんな難しいものじゃないよ。小説と違って、特に細かい描写は必要ないし、ざっくり言っちゃえば、台詞の台本、みたいな感じよ」
「台詞の台本、ですか?」
「そうだよ斎姫ちゃん。たとえば、斎姫ちゃんが読んだ『マッチ売りの少女』を脚本にするなら、マッチを売る少女の台詞を書くのよ。こんな感じに——」
と、軸梨先輩はスマホを取り出して、メモアプリを開きました。そしてそこに、慣れた手つきでフリック入力で、文字を打ち込んでいきました。
こんな感じだよ——と。僕たち一年ズに見せてくれたのは、次のようなものです。
少女「マッチ、マッチは要りませんかー?」
通行人「……………………」
少女「マッチおひとついかがですかー?」
通行人(拒否の仕草)。
「と、こんな感じにざっくりと書いていって、稽古しながらどう演じるかを書き足していったりするのよ」
「ほへえ……なんか難しそーです」
「最初は難しいかもね。でも慣れてくると、演者さんに言わせたい台詞とかも追加できるし、楽しいよ」
「え、台詞を勝手に追加しても良いんです?」
「うん。そりゃあストーリーを壊すような台詞は控えるべきだけれど、壊さない程度にね。ほら、通行人の心理描写とか、役者さんのアドリブみたいなものでしょ。それを心じゃなくて、言葉にしてみたり——とか、小説を読んだ人も楽しめるように、そういったところの工夫が楽しかったりするのよ」
「……なるほど。でも僕には難しいです」
「斎姫ちゃんは、主演だしね。主演やりながら脚本も書くのは、いきなりじゃあ難しいよね」
「ですー」
ついでに主演も、出来ることなら降りたいです。
まあ巧みな話術にやられてしまった僕の失態ですし、自業自得なので、なにも言えませんが(ぐくぬ……)。
「どうする? 誰もやらないなら、あたしか色星さんがやるけど、やってみたいひといない?」
軸梨先輩の言葉に誰も挙手はしません——と、思っていたのですが、
「やるわ」
天才がやるわ——と。まさか熊猫さんが手を挙げました。
く、熊猫さんが……!?
思わず顔に出してしまいました。まさか熊猫さんが、こんな面倒くさそうなことを率先してやりたいと手を挙げるなんて……っ!
「そんな顔されると、主演の台詞を書くのにも気合いが入ってしまうわね。うふふ」
「ちょっ! 僕になに言わせるつもりですか!?」
「舞台上で、さっきの台詞をお腹から声を出して言ってもらおうかしら」
「ぎゃー! ストーリーぶち壊しじゃあないですか!」
「大丈夫よ。そこから修正する能力があるイコール天才、イコールわたしよ」
「やめてくださいませよ!」
「語尾くちゃくちゃね。うーけーるー」
「笑ってないじゃないですかっ!?」
冷めた表情でウケないでください。
それ絶対、ウケてないですし!
「まあまあ、じゃあ熊猫ちゃん、やってみる?」
「ええ。でも書き方とか教えてもらえるかしら」
「いいよー。じゃあ熊猫ちゃんは、あたしと脚本作りしよっか」
まさか。
まさか熊猫さんが脚本なんて……。
軸梨先輩がついているとはいえ、安心はできません。というより、危機感が増した気がします。
本当にかぐや姫になるのかすら、不安です。
完全オリジナルストーリーが完成しちゃう気がバリバリします。
「じゃあ熊猫さんと駿戯ちゃんは、脚本チームね。残った私たち三人は、衣装の打ち合わせをしましょうねえ」
と。静露先輩。
「そういえば衣装って、どうするんです?」
「うふふ〜。とりあえず、行くわよ〜」
「行く? どこにです?」
「ついてくればわかるわよ〜。ささ、斎姫ちゃんも、葉隠ちゃんも、行きましょ〜う」
言いながら、部室を出た静露先輩に着いていく流れになりました。
仕方ないので、僕と葉隠さんはそのまま案内さらるがまま、静露先輩に着いていきますと、昇降口に来ちゃいました。
「え、校外なんです?」
「そうよ〜。これから私の家に案内するわね〜」
静露先輩のおうち?
なんででしょうか?
きょとーん、ってしちゃいました。ひょっとして、前に使った衣装がたくさんある、とかなのですかね、なんて思ったのですが、徒歩十数分。
学校から近い距離を歩き、静露先輩のおうちに到着してみると、ついてくればわかるわよ、という言葉に納得してしまいます。
「うち、貸衣装屋なのよ〜」
ほらね。納得です。
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