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「ちょまっ! み、みなさん落ち着いてください、冷静に考えてください、僕に主役なんて無理ですってえ!」


 慌てふためく僕は、慌てふためくアクション(両手両足バタバタ)で、これでもか、って言うくらい、全力で無理をアピールしました。


 ですが——僕のバタバタもといドタバタを見た皆さんは、なにやら集合してひそひそ話し始めました。


 野球の円陣えんじんみたいです。


 僕だけ、その集まりに不参加ですが。


 なにを話しているのでしょうか——と。少し近寄ってみましたら、


「ここから先は、女のフィールドよ」


 と。熊猫さんに睨まれながら言われましたので、ストップです。眼光、怖かったです……。


 怖さ抜きにしても、女フィールドに踏み込むには、僕はあまりにも男子過ぎました(異論とか辞めてくださいね?)。


 十分ほど蚊帳かやの外に置かれた僕は、どうやって主演を辞退するかを模索しましたが、果たしてなにをどう伝えれば、僕は辞退ができるのでしょうか?


 そもそもかぐや姫って、女の子じゃないですか。


 僕、男子なんです。いつも念入りにそう言ってるはずなのですが、それでも伝わらないのでしょうか。


 じゃあどうすれば良いんですかー。


 これでも僕は、男子をまっとうしているはずですのに、これ以上男子アピールするなんて、一体どのような手段をもちいれば可能なのです?


 ズボン脱ぐとか、そういうやつ以外で。


 どう男子を証明すればいいんですかね。


「斎姫ちゃ〜ん」


 と。僕が僕の証明に頭を抱えていると、どうやら密会が終わったらしく、静露先輩が僕を向き言いました。


「ふふ。は〜あ……。どこかにお姫様役ができる、男のなかの男はいないかしらあ?」


「……………………」


 そ、その手には乗りませんよ!


 ちょっぴり、男のなかの男って言われて、反射的にピクってしちゃいましたけど、乗りませんよー。


「そういえばあれよね。女性を演じる男性って、とても魅力に溢れているわよね。たとえば歌舞伎でもそうじゃない。女形おんながたの役者さん、ってとても人気があるわよね」


 と。熊猫さん。しらじらしい!


「んだべなー。女っ子をやれる男っつたらよ、えれえ綺麗ええーな顔した美男子くれえなもんだっぺなあ」


 葉隠さん。僕は騙されませんよお。


 騙されませんとも!


「そだね。あたしもそう思うかな。女性役を演じる以前の問題で、まずもって任せられることが凄いよね。男役者さんは、歌舞伎の女形だけにとどまらず、特に女性人気が高いもんね」


「え? それってモテモテってことじゃない。なんてことなの。女性役を任せれ、見事に演じきる男役者さんは、ひょっとして、この世の女を取っ替え引っ替えできるってことじゃあないの。困ってしまうわ。きっとわたしたちもメロメロにされてしまうのかもしれないわね。我が部のかぐや姫に。おーまいがー」


「く、熊猫さん、ちょっと笑ってません?」


「そうね。頬が緩んでしまうわ。だって、このわたしがあなたの演技でメロメロにされたあと、取っ替え引っ替えされてヘロヘロにされてしまうのでしょう。女としては屈辱だけれど、それでもあらがえない魅力に取り憑かれてしまい、おーまいがーになってしまったわたしに、あなたはピロートークで微笑みながら、さらっと嘘を言うのね。oh my girl——と。そう考えたら、不思議と笑んでしまったわね。うふふ」


 小馬鹿にしてません? 熊猫さんの笑い方、僕を見下してニヤニヤしてるようにしか見えないんですけど……。


「……あ、あの、僕は取っ替え引っ替えなんてしませんからね!?」


 健全な僕はそんなことしませんとも!


 誓います。誓いますとも!


「取っ替え引っ替えはしなくても、それができる可能性は高いってことよ、斎姫ちゃん。あたしは、それをまじまじ眺めたい」


「見せませんし!」


 なに見ようとしてるんですか。プライベートですよ。


「まあまあ。まじまじ眺めたい人生だった、って感じで、妄想でも喜べるからあたしは」


 軸梨先輩の趣味嗜好って、いわゆる百合じゃあなかったんですか……。僕は男子です。男子です。


 ……男子なんです。


「それにね〜、斎姫ちゃーん。取っ替え引っ替えは言い過ぎだけれど、男の子なら——ほらあ。やっぱり欲しいでしょ〜?」


「な、なにをですか……?」


「うふふ。彼女よ〜。斎姫ちゃんが男って言うのなら、恋人の一人くらい欲しいわよねえ? 男のなかの男、って。当然それは、一人の女性を愛する誠実な男性を指すのよねえ?」


「う……うう……」


「男の子なら、ラブコメしたいわよねえ?」


「…………うっ」


 まずいです。反論できません!


 別にラブコメをしたいわけじゃあないんです。いえ、本音を言えばしたいですけど、でも、もっと本音を言えば、ラブコメじゃなくて、ラブロマンスをしたいわけですが……うう!


 嘘をつくことが苦手です。だから反論する言葉が見当たりません。


「なにを悩んでいるのよ。男なら男らしく、エロいことをしたい、って宣言してしまえば良いじゃない。それとも、男なのにエロいことに興味がないのかしら。そっちのほうが気持ち悪いわ」


「きもっ——?!」


「キモいわよ。男子って、エロとエロで構成されているのでしょう? ならあなたはなんなのよ。なにで構成されているのよ。エロとエロがなかったら、あなたはなに。ふーあーゆー?」


「それは男子に失礼ですよっ!」


 僕にはもっと失礼ですよっ!


「なら男子には謝るわ。あなたが男子なら、このわたしが謝ってあげるわよ」


「ぐっ……くう……っ!」


「ほら、早く言いなさい。『僕は女の子とエッチをしたい普通の男子です』って。正直になれば良いじゃない。誰も責めないわよ。人間なら当然の心理でしょう」


「ううううう…………」


「ほら早く言ってごらんなさい。あなたがそう言うのなら、さっきの言葉に対してわたしはきちんと謝罪するわ。なんなら土下座してもいいわよ」


 土下座? 本当ですか?


 普通にして欲しいんですけど。


「ぼぼぼ、僕は……」


「聞こえなーい。もっとお腹から声を出しなさい。わたしの土下座、見たいのでしょう?」


 心やっぱり読んでませんか?


 いえ、今はそれよりも、といいますか、それも含めて土下座して欲しいって思いが強いです。


「ぼ……ぼぼぼ、ぼ……ぼくは……ぁぁ……」


「聞こえないわよ。それだとわたしは土下座できないわ」


「ぼ、僕は——っ!」


「うんあなたは?」


「男子です!」


「だからなんなの?」


「ですからあ! そのぉ……」


「その?」


「僕は男子ですので……普通に女の子とエッチをしたいですうううううう——っ!」


「ごめんなさい」


 やけくそになってやぶれかぶれで叫んだら、土下座されました。


 これ、僕がただ恥ずかしいこと言わされて、生き恥を晒しただけなんじゃ……。


「てかこれ、なんのコント?」


 軸梨先輩。僕もそう思います。


 あと、皆さん、笑いこらえるのやめてくれません?


 深い傷を負ったんですけど。僕。


 泣いていいです? いいですよね?


「うわああああん!」


「あら号泣じゃない。演技派ね」


「演技じゃらいれふう!」


「らいれふー」


「馬鹿にしないでくださいよー! もー!」


「ならわたしを演技で見返してみせなさい」


「わかりましたよお! やりますう! やれば良いんですね、かぐや姫!!!」


「はい録音」


 言質げんちを撮ったわよ——と。熊猫さんは胸ポケットからスマホを取り出しました。


「言ったことは最後までやる。それが男のなかの男よね」


「くう……わかりましたあ……」


 やられました……。巧妙な手口に見事やられちゃいました……。


「こっちも録音されてるわよ」


「ぎゃー!!!!!!!!!」


 僕の男子宣言は消してえええええ!


「お願いします消去希望ですこの通りです」


 土下座です。土下座するしかありませんでした。ぐすん。ぴえん。


「考えてあげるわ。あーあ。なんだかコーラ飲みたくなったわね」


「かしこまです! すぐに!」


 僕はコーラを買いに走りました。


 廊下を激走です。たぶん音速こえました。ぴえんもこえました。ぱおん。


 うわあああああん! こんなはずじゃあなかったのにいいいいいいい!


 流した涙を置き去りにする、爆走爆速の僕でした。


 ぐすんぴえんぱおん。


 ぱおん…………。


 ぱおんの次はなんなんでしょうか。


 あおん? わおん? 


 まあ……なんでも良いや……。


 今の切なさに比べたら、ぱおんの次とかなんでもいいですよーだ……。


 音速をこえて、ぴえんをこえて、ぱおんすらこえた僕は、いつか立派な男なかの男になるんですもん!


 音速、ぴえん、ぱおん。それらを超えた先にあるのは、立派な男子に成長した僕の姿——そう信じて、今はただ無心に、コーラを求めるのです。


 これが、男のつらさなのかもしれません。


 男はつれえぜ。です。

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