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「バッドエンドです!」


 バッドエンドでした。『竹取物語』は、バッドエンドでした!


「今風で言うと、確かにそうだね」


「ですよね軸梨先輩! ヒロインが月に帰るって、残されたおじいちゃんおばあちゃんが寂しくなっちゃいます……」


「だね。でもね斎姫ちゃん。昔話、もとい物語を読んだ読者の特権、いわゆる個人的解釈でいくらでもハッピーエンドにできるのよ」


「個人的解釈ですか? でも……」


 ヒロインが月に帰るエンドから、どうやって解釈すれば、ハッピーに繋がるのでしょうか。


「そうだ〜」


 と。静露先輩。なにか閃いたかのようなアクションとともに言った静露先輩は、柔らかいにっこりで続けました。


「じゃあみんなで、『竹取物語』のエンディングから、どのようにすればハッピーになるか、それを考えてみましょう」


 はいシンキングタイムスタ〜ト——と。唐突に静露先輩がそう言ったので、シンキングタイムに突入しました。


 んー。難しいです。そもそも、かぐや姫にとって、どうなれば幸せだったのでしょうか。


 かぐや姫はどのような幸せを望んでいたのでしょうか?


 お嫁に行くことがかぐや姫にとって幸せなのか——そこから考えてみますと、必ずしもそうとは言えないと思います。


 そりゃあ、かぐや姫の旦那さん候補は、お金には困らなそうな人たちでしたが、お金で買えないモノこそが、幸せというのでしょうし……。


 僕的な考えですと、お金がある場合、不幸な人はいなくとも、幸せな人も少ない気がします。なんかお金持ちって、いろいろと忙しそうですし。


 ごはんが美味しければそれでいいです。僕の場合。


 と——すこし考えかたがズレてしまいましたが、そうこうしてるうちに、葉隠はがくれさんが挙手してから言いました。


「おらは、なんつーんだべかなあ、残されたじっちゃんばっちゃんは、なんだかんだ、旦那さん候補と繋がりを持てたって思ったっけ、だからよお、寂しく暮らした、ってよりも、たまーにその旦那さん候補が遊び来たって思うべなー。結構賑やかな余生を送ったんじゃねえべか?」


 なるほど。たしかに、そうなのかもしれません。


 縁談がまとまることはなくとも、縁が切れたわけではありません。その解釈ならば、おじいちゃんおばあちゃんも、寂しくなることはないのかもしれませんね。


 おお。なんか言われてみると、そうかもしれないって思っちゃいます。


「そうだったら素敵よねえ〜」


「でも縁談が上手くいかなかった老人を相手にするかしら。いくら縁があったとは言え、その縁は切れたも同然でしょう? まとまらなかった縁談の責任を追及されたりしたんじゃない?」


 幸せクラッシャー熊猫あらわる。です。


 こうも簡単に、幸せをぶっ壊してしまえる熊猫さんの想像力、ある意味才能とさえ思えてしまいます。褒められる感じの才能じゃない気もしますが……。


 クラッシャーですし。壊して褒められるのなんて、解体屋さんくらいでしょう。


「んだら、熊猫さんはどうなったらハッピーになると思うんだっぺ?」


「そうね。わたし的には、わざわざハッピーエンドにしなくてもいいと思うけれど、でもあえてハッピーエンドにするのなら……」


「すんなら? どうすんだっぺ?」


「おじいちゃんおばあちゃんが異世界転生すれば丸くおさまると思うわ」


 一度死んで転生できたらハッピーでしょう——と。熊猫さん。それがハッピーなのかわからな過ぎます。


「それ、ハッピーなんですか……?」


「ハッピーよ。ふたりとも転生したら若返るし、竹を切って生活していたよりかは、よっぽど良い仕事を選べるわよ。魔法とか使えるかもしれないし。いいことばっかりよ」


「じゃあ魔物とか……いますよね?」


「いるわね。でも前世で竹を切っていたのだから、魔物くらい斬れるでしょう。ワンチャン魔王とか倒すんじゃないの?」


 なんですかね……。それがハッピーなのかアンハッピーなのかは別として、ライトノベルでそんな物語があったら、買っちゃいそうなストーリーです。


「タイトルは『竹を切って数十年の翁が異世界転生して無双しながら元ばーさんとスローライフを送るだけの小説』とかかしら」


 詰め込み過ぎ感!


 しかも無双してスローライフなんですか! 異世界転生しても結局スローライフなんですか!?


「慣れた生活が一番なのよ、きっと」


 雑にまとめた熊猫さん。雑なのにまとめちゃうところは、悔しいですがさすがです。


「そう言うあなたはどうなのよ? わたしの解釈を遥かに超える、スーパーハッピーエンド案があるのでしょう? さあ聞かせなさい」


「ハードル上げないでくださいよ……」


「嫌よ。ガンガン上げるわ。早く言わないと自動的にハードルは上がるものよ」


「あう……」


 まだ思いつきません、って言えない空気です。


 なぜか、僕の番、みたいになっちゃいました。


「僕は……僕はですね……えーと」


「ハードルもうすぐ月に到達しちゃうわよ。あと三秒で銀河からはみ出すわ」


「早すぎません!? そのハードルの建設!?」


「はい銀河超えたー。楽しみだわ、あなたの解釈。銀河超えたハードルを飛び越えるストーリーに、ワクワクを禁じ得ないわ。うふふ」


 そのハードルを下からくぐることになりそうな解釈しか出来てませんから、やめてください本当に!


「僕は、かぐや姫が帰ったあと、桃拾った……とか」


「なにそれ。竹取の老夫婦は、桃太郎の老夫婦とイコールってこと?」


「はい」


「ふっ。ハードルを上げまくったのに、そのハードルをシカトしたのね。やるじゃない」


「上げまくったのは熊猫さんじゃないですか!」


「ちょっとやめてよ。滑った責任をわたしに押し付けるのはやめなさい。月に帰すわよ」


「土に還されそうです……」


「ゴー、トゥー、ムーン?」


「ノー! ムーン!」


「ふーん」


 遊ばれてます。確実に僕、遊ばれています。


 ぐすん。


「でもそのストーリー、あたしは結構好きだよ、斎姫ちゃん」


「軸梨先輩……」


 良い人です。さすが軸梨先輩、いつも飴をくれるだけのことはあります(結構もらってます)。


「そんな軸梨先輩は、どんなふうに解釈したんです?」


「あたしはねー、ふっふっふ」


 あ、なんか嫌な予感がしました。


 たぶんろくな感じじゃあないんだろうなあ、って。そう思わせる笑みだったので。


「あたしは、おじいさんがTSして——っ!」


「は〜い。駿戯ちゃんの解釈は、そっち方面になるからおしま〜い」


「な、なんてこった……部長から終了宣言されるほど、あたしの解釈は百合に希望を与えるものだったのか……っ!? ばーさんとばーさんの枯れた花はそれでも花——という名言まで準備していたのに、くそうっ!」


 軸梨先輩がなんか言ってますが、スルーしておくのがベストだと思います。誰も声を掛けないので、間違っていないと思います。


「静露先輩は、どんなふうに考えたんです?」


「ん〜? 私はねえ。考えていないわよ」


「え……?」


「だって、ヒロインが月に帰る、って言ったら、それはたしかにバッドエンドっぽいけれど、月に帰ったかぐや姫も、残されたおじいちゃんおばあちゃんも、想いは残るでしょう。なら、三人はいつまでも一緒、って。私は最初っからそうやってとらえているのだもん」


「おお……大人です!」


「ふふ。そうかしらあ」


 僕には出来ない解釈。


 しかしこうして、ひとつの物語でも想像を広げられるというのは、なんだか素敵だと思えます。


 日本最古の物語『竹取物語』——果たして何人のかたが、こうして物語を思って語ったのか、と。


 いまもなお、語り継がれる作品に、偉大さを感じた僕でした。


「かぐや姫、深いです……」


「じゃあ斎姫ちゃ〜ん。ふふふ。かぐや姫に決定ね〜」


「えっ!?!?」


「意義ある人は、きょ〜しゅ!」


「ないよ」


「ねえべ」


「構わないわ」


「えっ?!?!」


「主演決定ねえ、斎姫ちゃん。うふふ。着物を着せるの楽しみだわ〜」


 ええええ——っ!?!?!?!?!?


 ええええっ——?!?!?!?!?!

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