6


 ピンポーン——と。


 ちょうど僕がパンケーキを焼き始めた頃、家内にインターホンのチャイムが鳴り響きました。


軌柞きいすちゃん、出てくれるー?」


 パンケーキは、焼き目が命です。がすなんてことは、あってはなりません。


 僕のお願いに軌柞ちゃんは、あいよー、と。素直に応じてくれまして、玄関に向かって行きます。


 しばらくすると、玄関から話し声が聞こえてきました。


「どちらさんなんだあ?」


「国産よ」


「あはは! ウケるぜ!」


 どうやら声の感じ(と返した言葉で)熊猫くまねこさんのようです。


「あなたが妹さんかしら?」


「そうだぜー。国産の妹さんなんだぜー」


「そう。全然似ていないわね。というより、あべこべね」


「よく言われるんだよなあ、それ。まあ兄貴ちゃん、女みてえだからなあ」


「ところで、すごく甘い香りがするのだけれど」


「あー、今兄貴ちゃんが女みてえなことしてて、パンケーキ焼いてるんだぜ」


「ふっ。たしかにそれは、女みたいなことをしているわね。わたし女なのに焼いたことないけれど」


「だよなー! 女みてえなことって、女あんまりやんねえよな! わかるぜー、それ。えーと、誰さんなんだ?」


「熊猫よ。熊猫ひづめ」


「おー! なんか強そうなネーミングだ! 俺は軌柞ってネーミングなんで、よろしくお願いしますだぜー、ひづめさん」


「ええ。テンション高いのね、あなた」


「はっはー! ひづめさんは、眼光が鋭いよな! かっけえ!」


「ありがとう。一応お礼を言っておくわ」


「どういたしましてだぜ。上がってくれよ、ひづめさん」


「お邪魔するわ」


「どうぞなんだぜ」


 結構長い会話を玄関でしましたね、妹と熊猫さん。その時間でパンケーキ四枚目に突入しましたよ。軌柞ちゃんいわく『女みてえなこと』らしいですが、たぶんお店とかでパンケーキ焼いてる人って、男性が多いと思うんですよ。てか、そういう職人さん、パティシエやシェフ、って、案外女性よりも男性の方が多いイメージです。だから料理男子を目指し、目指した結果、今に至る僕なのですが——と、『女みてえなこと』と言われた僕は、男だからこそパンケーキを焼いたりお料理をしたりしているんです、ってことを自分に言い聞かせて、メンタルを保つことにしました。


「お邪魔するわよ……って。なにそのパンケーキ。焼き目が綺麗すぎるでしょう。驚きを禁じ得ないわ」


 キッチンに入ってきた熊猫さんは、僕が焼いたパンケーキを見て、すぐにそう言いました。


「なんなの、あなたのそのスキル。ちょっとした天才じゃない」


「え……えへへ」


 天才とか言われたら、嬉しいじゃないですかー。えへへ。


「ところで、わたしが一番なの? ああ、わたしがあなたの中で一番って質問じゃあないわよ。わたしが一番乗りなの? って質問だから。勘違いしないで」


 そんな勘違いをするほど、僕の脳みそはおめでたくありませんので、言われるまでもないです。人類でその勘違いをこのシチュエーションでできる人、たぶん存在しないと思います。


 まあ、言いませんけどね。キッチンには包丁がありますから。視線ならまだしも、包丁で刺されたら死んでしまいます。


 なので熊猫さんの質問に当たりさわりなく、ですよー、と。応えまして、熊猫さんにはリビングに向かってもらいました。


「ところでひづめさん。兄貴ちゃんの部屋とか見るか?」


 パンケーキにクリームをしぼっていたら、妹が妹のしていい提案から逸脱した提案をしています。


「ちょっ、軌柞ちゃん!? なに言ってんの!」


 さすがに突っ込みをビシッと。ここは兄として、妹の逸脱行為を見逃す僕ではありません。


「え……、なに……。ひょっとしてあなた、妹のことをちゃん付けで呼んでいるの? 稀有けうね……」


 引かれました——え?


 妹をちゃん付けで呼んでいると、引かれるんですか?


「まあ姉妹なら珍しいことじゃあないのかもしれないけれど、一応兄妹よね? 兄妹でそう呼ぶなんて、半生を振り返っても、人生を見つめ直しても、わたしは一度も見たことはなかったわ」


「まあ兄貴ちゃん、シスコンだからな!」


「あらそうなの。危篤なお兄ちゃんを持ってしまったのね、妹さん」


「違うよ!? 違いますよ!?」


 僕をシスコンにしないでください。


「僕は妹の洗濯物とか見ても、無感情ですからね!?」


「シスコンの捉え方が、イコール変態なのね」


「……違うんですか?」


「その捉え方をしていることが、わたし的にはすでに変態と言わざるを得ないわね」


「まーまー、ひづめさん。兄貴ちゃんはこう見えて、というか見たまんまかもだけど、エロ本の一冊も持ってないんだぜ?」


「ふうん。でもそれ、妹をエロく見ていれば、エロ本の必要はない——ともとれるわね。やばいわねそれ。危険だわ」


「た、確かに! 兄貴ちゃん、俺のことをエロい目で見てたのかよ。んだよ言ってくれれば、ブラくらいプレゼントしてやるのに」


「いらないよ!」


 変なこと言うから、クリーム搾りすぎました。これは軌柞ちゃんのパンケーキにしよう。


「仲良し兄妹も、外から見れば相思相愛にしか見えないのね……」


 熊猫さんが呟きました。


 なんか酷い誤解をされていますが、そんな誤解をされていたら、どうやら他の皆さんも来たようで、チャイムが鳴ります。


「軌柞ちゃん……出てくれる?」


「おう」


 なんかその誤解が嫌で、でも今更呼び捨てにするのも気恥ずかしい僕は、地味に落ち込みながら、パンケーキを仕上げるのでした。


 パンケーキの上にクッキーのせて、完成です。

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