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「ちなみにアンデルセンは生涯独身で、その人生の最期を迎えるとき、初恋相手からの手紙を握りしめて亡くなったと言われているのよ。だから妹ちゃんが感じたように、ヤンデレなのだとすれば、それはマッチを売る少女を書いた、アンデルセン自身なのかもしれないね。てか妹いたの!?」


 後日。放課後です。


 読んだ感想は? って。軸梨じくなし先輩に聞かれたので、感動に感動を百倍したくらい感動しました——という感想を吐露とろしたついでに、昨晩の妹のことをすこーしお話して、アンデルセンの詳細を教えてもらったあとの、軸梨先輩の驚きでした。


「はい。妹がひとりいますよ」


「……斎姫さいきちゃんの妹……、それもう、美少女確定だと思うのだけど、ねーねー。写真ないのかな? 先輩に妹ちゃんの写真を見せてくれないかな?」


 軸梨先輩の目が怖いです。ダークファンタジーに出て来そうな眼色してます。


「……いえ、妹の写真は、さすがに保存しませんよ」


 本当です。僕のスマホには、妹にくフォルダも容量もありません。僕のスマホ、容量もフォルダも、すっかすかなんですけどね。料理のレシピとかお菓子のレシピくらいしか入ってません。


「……ショック。ショック過ぎて、希望が見えない……」


 どれだけショックなんですか……。希望を失うほどの立派な妹じゃあないですのに。


「はーい。じゃあ活動を始めるわよお〜」


 しょんぼりする軸梨先輩をよそに、静露せいろ先輩が言いました。


「活動といっても、なにをするのかしら」


 と、熊猫くまねこさん。先輩相手にも口調を正さない熊猫さんです。


「そうねえ。部室がまだだから、今日は好きな本のお話でもしましょうかあ。熊猫ちゃんは、どんな本を読むのかしらあ?」


「わたしは、そうね。あまり本を読む習慣はないのだけど、いてあげるなら、ミステリ系かしら。シャーロックホームズのバリツが好きよ」


 バリツ。それ、たしか護身術のことですよね。


 シャーロックホームズのバリツが好き、ってことは、たぶん熊猫さん、ミステリとして読んでませんね。バトルアクションとして読んでますね。きっと。


「カッコイイわよねえ〜、バリツ」


 静露先輩は、その一言で熊猫さんへの質問を終わりました。マイペースです。


葉隠はがくれちゃんは? どんな本を読むの〜?」


「おらあ、本っちゅーよりかは、ウェブ小説を読むほうが好きだべなあ。本も読むには読むけんども、たまーにだっぺ」


「ウェブ小説ねえ。どんなジャンルなのお?」


「なろう系って呼ばれてるやつとかだっぺえ」


 葉隠さんは、無双がお好きなのかもしれません。僕の妹と話が合うかも?


「斎姫ちゃんは〜?」


「僕は、その、ハードボイルドな主人公が活躍する本とか……です」


「なに? ひょっとして、ハードボイルドな主人公が活躍する小説を読めば、ハードボイルドに格好良くなれるとでも思っているわけ? ふっ。浅はか」


「うお、思ってません! 本当です! 僕は純粋に、物語としてハードボイルドを楽しんでるんです!」


「ムキになるってことは、嘘だと確信したわ。残念だったわね。わたしはお見通しよ。あと顔真っ赤よ。顔の色、絵具の赤みたいになっているわよ」


 むう。


 良いじゃないですか。憧れたって。


 僕がハードボイルドに憧れたって良いじゃないですか。


 熊猫さんは僕が喋ると、僕を傷つける宿命でも背負っているんでしょうか?


 荷が重いでしょうし、なんなら降ろしてくれて良いんですけどね。本当に。


「まあまあ〜。ハードボイルドも良いじゃないのお。斎姫ちゃんがハードボイルドになったら、それはそれで絶対可愛いわよお、うふふ」


 ハードボイルドになったら可愛い?


 そんな馬鹿な……。ハードボイルドは格好良い存在であって、決して可愛いなどと呼ばれる存在ではないはずですのに……。


 もし僕がハードボイルドになったら、ハードボイルド全体の、格好良い、という評価を下落させてしまいかねないのかもしれません。


 じゃあ、僕はハードボイルドを目指してはいけないのでしょうか? そんなあ……。


 しょんぼり。しょんぼりしょぼん。


 しょぼお——————————ん。


「じゃあ次は、駿戯するぎちゃんね。私はほとんど知っているけれど、ど〜ぞ」


 しょんぼりしょぼんする僕は、華麗にスルーされました。


「あたしはなんでも読むよ。趣味嗜好を追求するなら、百合作品を好むけど、でも読書ということならば、オールジャンルなんでもござれ! まあ、たまーに、趣味嗜好が読書の邪魔をすることもあるけれど」


「趣味嗜好が読書の邪魔って。どんな邪魔をしてくるのよ、その趣味嗜好」


 と、熊猫さん。


「それがねー。こないだ『赤毛のアン』を読み返していたら、百合小説にしか思えなくなったんだよね。あはは」


「気の毒ね。モンゴメリもそんな読まれかたをするとは、思ってもみなかったでしょうね」


「いやわからないよ? ひょっとしたら最初から、百合作品として書いた可能性もなくはないでしょう?」


「ないでしょう」


 すっぱり切り捨てた熊猫さんです。


「熊猫さん、『赤毛のアン』読んだことあるです? どんなお話なんですか?」


 名前は知っていますが、内容までは知らない僕は、熊猫さんに聞きました。本当なら軸梨先輩のほうが詳しいのかもしれませんが、でも軸梨先輩にお聞きしますと、軸梨先輩の趣味嗜好(百合思考)を盛られそうだったので、熊猫さんにお尋ねした、賢い僕です。


「そうね……設定的には悲劇かしらね」


「え? そうなんですか!?」


「そうよ。悲劇のなかで、健気に生きる少女のおはなし——とも言えるし、でもあえてライトノベル風に言ってみると、逆境に立たされているのに、それを全然気にしないアンのテンションがやたら高い、能天気系主人公のギャグ作品とも言えるわ」


「あえてライトノベル風に言う意味あります?」


 ライトノベル風に言われると、台無し感が否めないんですが……。


「補足すると、海外と日本では、シリーズが発売された順番が違うんだよ。なんなら、日本で発売されたアンブックスでは、モンゴメリ的にアンブックスじゃないものまで含んでいるの」


 と、軸梨先輩。


「え、そんなことってあるんですか!?」


「まー、モンゴメリの作家人生って、奥が深いと同時に、闇も深いからねー」


「闇……」


 一体、どんな闇なのでしょうか。気にはなりますが、聞くのが怖くなりますね。


 だから聞かなくても良いや——という結論に至った僕でした。そんなことを思い至っていると、


「ところで色星いろせさん。明日からの土日の部活予定は決まってるー?」


 と。軸梨先輩が、なぜかワクワクした声で質問。


「そうねえ。部室は来週になるみたいだから、今週はお休みにしようかと思っていたけれどお、なにかやりたいことがあるの〜?」


「じゃあ提案! あたしからの冴えた提案っ! 斎姫ちゃんのお家で、議論を深めるのはどうでしょう!?」


 え? なんですその冴えていない提案?


「どうして僕のお家なんですか!?」


「だって、斎姫ちゃんの妹ちゃん見たい!」


「そんなこと言われましても……」


 急に言われましても。困りました。


 ですが、軸梨先輩の『妹』と発したワードは、ほかの皆さんも食いついてしまいました。


「え? 妹いるのお!?」


「はえー。んだらきっと、すんげえべっぴんさんなんだべなあ」


「わたしのほうが美少女だけれど、あなたの妹なら、それなりの美少女のようね」


 一人だけ、熊猫さんだけ、ちょっと発言の意味がわかりませんが、皆さんの興味は、僕の妹に移行したようです。


 すっごい僕の応えを持ってます。


 皆さんの目が『わかるよね?』って無言で言ってきます。目がキラキラしてます。


 ここで断ったら、きっと僕の評価は皆さんのなかで、期待外れ——と、なるのでしょう。男の中の男を目指し、今もなお、そのロードをいっしん邁進まいしんし、そして毎秒毎秒、確実に男らしく成長している(はず)の僕が、皆さんの期待を裏切り、期待外れのレッテルを貼られることが、果たして正解と言えるのでしょうか?


 否です。否否否です。


 男なら、期待に応えてこそ。そうです。背中で語る、格好良いハードボイルドな男を目指す僕は、期待に応えねばならないのです。


 なんのため——己のため。


 僕は、決めました。皆さんの視線のキラキラが眩しいので、後ろを向き背中を見せ、右手を軽く持ち上げ——サムズアップ!


 親指をグッと立てて、そして言います。


 渋く。渋く渋く——言いました。


「仕方ない……ねえですね」


 決まった。決まってしまいました。今の僕は、背中で語る系の男です。


 ふっ。夕陽が眩しいぜ。です。

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