4
4
「ちなみにアンデルセンは生涯独身で、その人生の最期を迎えるとき、初恋相手からの手紙を握りしめて亡くなったと言われているのよ。だから妹ちゃんが感じたように、ヤンデレなのだとすれば、それはマッチを売る少女を書いた、アンデルセン自身なのかもしれないね。てか妹いたの!?」
後日。放課後です。
読んだ感想は? って。
「はい。妹がひとりいますよ」
「……
軸梨先輩の目が怖いです。ダークファンタジーに出て来そうな眼色してます。
「……いえ、妹の写真は、さすがに保存しませんよ」
本当です。僕のスマホには、妹に
「……ショック。ショック過ぎて、希望が見えない……」
どれだけショックなんですか……。希望を失うほどの立派な妹じゃあないですのに。
「はーい。じゃあ活動を始めるわよお〜」
しょんぼりする軸梨先輩をよそに、
「活動といっても、なにをするのかしら」
と、
「そうねえ。部室がまだだから、今日は好きな本のお話でもしましょうかあ。熊猫ちゃんは、どんな本を読むのかしらあ?」
「わたしは、そうね。あまり本を読む習慣はないのだけど、
バリツ。それ、たしか護身術のことですよね。
シャーロックホームズのバリツが好き、ってことは、たぶん熊猫さん、ミステリとして読んでませんね。バトルアクションとして読んでますね。きっと。
「カッコイイわよねえ〜、バリツ」
静露先輩は、その一言で熊猫さんへの質問を終わりました。マイペースです。
「
「おらあ、本っちゅーよりかは、ウェブ小説を読むほうが好きだべなあ。本も読むには読むけんども、たまーにだっぺ」
「ウェブ小説ねえ。どんなジャンルなのお?」
「なろう系って呼ばれてるやつとかだっぺえ」
葉隠さんは、無双がお好きなのかもしれません。僕の妹と話が合うかも?
「斎姫ちゃんは〜?」
「僕は、その、ハードボイルドな主人公が活躍する本とか……です」
「なに? ひょっとして、ハードボイルドな主人公が活躍する小説を読めば、ハードボイルドに格好良くなれるとでも思っているわけ? ふっ。浅はか」
「うお、思ってません! 本当です! 僕は純粋に、物語としてハードボイルドを楽しんでるんです!」
「ムキになるってことは、嘘だと確信したわ。残念だったわね。わたしはお見通しよ。あと顔真っ赤よ。顔の色、絵具の赤みたいになっているわよ」
むう。
良いじゃないですか。憧れたって。
僕がハードボイルドに憧れたって良いじゃないですか。
熊猫さんは僕が喋ると、僕を傷つける宿命でも背負っているんでしょうか?
荷が重いでしょうし、なんなら降ろしてくれて良いんですけどね。本当に。
「まあまあ〜。ハードボイルドも良いじゃないのお。斎姫ちゃんがハードボイルドになったら、それはそれで絶対可愛いわよお、うふふ」
ハードボイルドになったら可愛い?
そんな馬鹿な……。ハードボイルドは格好良い存在であって、決して可愛いなどと呼ばれる存在ではないはずですのに……。
もし僕がハードボイルドになったら、ハードボイルド全体の、格好良い、という評価を下落させてしまいかねないのかもしれません。
じゃあ、僕はハードボイルドを目指してはいけないのでしょうか? そんなあ……。
しょんぼり。しょんぼりしょぼん。
しょぼお——————————ん。
「じゃあ次は、
しょんぼりしょぼんする僕は、華麗にスルーされました。
「あたしはなんでも読むよ。趣味嗜好を追求するなら、百合作品を好むけど、でも読書ということならば、オールジャンルなんでもござれ! まあ、たまーに、趣味嗜好が読書の邪魔をすることもあるけれど」
「趣味嗜好が読書の邪魔って。どんな邪魔をしてくるのよ、その趣味嗜好」
と、熊猫さん。
「それがねー。こないだ『赤毛のアン』を読み返していたら、百合小説にしか思えなくなったんだよね。あはは」
「気の毒ね。モンゴメリもそんな読まれかたをするとは、思ってもみなかったでしょうね」
「いやわからないよ? ひょっとしたら最初から、百合作品として書いた可能性もなくはないでしょう?」
「ないでしょう」
すっぱり切り捨てた熊猫さんです。
「熊猫さん、『赤毛のアン』読んだことあるです? どんなお話なんですか?」
名前は知っていますが、内容までは知らない僕は、熊猫さんに聞きました。本当なら軸梨先輩のほうが詳しいのかもしれませんが、でも軸梨先輩にお聞きしますと、軸梨先輩の趣味嗜好(百合思考)を盛られそうだったので、熊猫さんにお尋ねした、賢い僕です。
「そうね……設定的には悲劇かしらね」
「え? そうなんですか!?」
「そうよ。悲劇のなかで、健気に生きる少女のおはなし——とも言えるし、でもあえてライトノベル風に言ってみると、逆境に立たされているのに、それを全然気にしないアンのテンションがやたら高い、能天気系主人公のギャグ作品とも言えるわ」
「あえてライトノベル風に言う意味あります?」
ライトノベル風に言われると、台無し感が否めないんですが……。
「補足すると、海外と日本では、シリーズが発売された順番が違うんだよ。なんなら、日本で発売されたアンブックスでは、モンゴメリ的にアンブックスじゃないものまで含んでいるの」
と、軸梨先輩。
「え、そんなことってあるんですか!?」
「まー、モンゴメリの作家人生って、奥が深いと同時に、闇も深いからねー」
「闇……」
一体、どんな闇なのでしょうか。気にはなりますが、聞くのが怖くなりますね。
だから聞かなくても良いや——という結論に至った僕でした。そんなことを思い至っていると、
「ところで
と。軸梨先輩が、なぜかワクワクした声で質問。
「そうねえ。部室は来週になるみたいだから、今週はお休みにしようかと思っていたけれどお、なにかやりたいことがあるの〜?」
「じゃあ提案! あたしからの冴えた提案っ! 斎姫ちゃんのお家で、議論を深めるのはどうでしょう!?」
え? なんですその冴えていない提案?
「どうして僕のお家なんですか!?」
「だって、斎姫ちゃんの妹ちゃん見たい!」
「そんなこと言われましても……」
急に言われましても。困りました。
ですが、軸梨先輩の『妹』と発したワードは、ほかの皆さんも食いついてしまいました。
「え? 妹いるのお!?」
「はえー。んだらきっと、すんげえべっぴんさんなんだべなあ」
「わたしのほうが美少女だけれど、あなたの妹なら、それなりの美少女のようね」
一人だけ、熊猫さんだけ、ちょっと発言の意味がわかりませんが、皆さんの興味は、僕の妹に移行したようです。
すっごい僕の応えを持ってます。
皆さんの目が『わかるよね?』って無言で言ってきます。目がキラキラしてます。
ここで断ったら、きっと僕の評価は皆さんのなかで、期待外れ——と、なるのでしょう。男の中の男を目指し、今もなお、そのロードを
否です。否否否です。
男なら、期待に応えてこそ。そうです。背中で語る、格好良いハードボイルドな男を目指す僕は、期待に応えねばならないのです。
なんのため——己のため。
僕は、決めました。皆さんの視線のキラキラが眩しいので、後ろを向き背中を見せ、右手を軽く持ち上げ——サムズアップ!
親指をグッと立てて、そして言います。
渋く。渋く渋く——言いました。
「仕方ない……ねえですね」
決まった。決まってしまいました。今の僕は、背中で語る系の男です。
ふっ。夕陽が眩しいぜ。です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます